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世界のある意味の狭さ

三好達治「数人の詩人に就て」1950年

 立原の詩は、それまでのいろんな詩人がきり開いた世界から、敏感な彼が彼の好みで選りすぐつて身につけた、さういふ語彙と語法とに、彼の若々しい青春をうちこんだ、そんな珍らしい出会ひの上に成立つてゐる。ここでは詩語の一つ一つが、これまでの日本語には見られなかつた小ささに、――といふのはそんな繊細な詩的単位に、うち砕かれた上で、それらが一つの強い(弱々しげに見えはしてもとにかく強い)みづみづしく新しい精神の上に、蝶の翼を彩る鱗粉のやうに配列されてゐる。詩語の単位が変化したことは、即ち彼の詩が全く新らしい発声を得たことであつた。この時代の詩人で、彼ほど語感に鋭敏な詩人は、他にゐなかつたと私は信ずる。彼の世界のある意味の狭さは、そこからまた由来するが、そんな世界の広狭などは、本来詩人にとつてどうでもいい二次的の問題にすぎない、そのことをもまた立原の詩自身がはつきり語つてきかせるだらう。深く深く、鋭く、純粋に、強く、そのうへ美しく、一つの心情を隈なく歌ふことができるなら、詩人の能事は了る。その狭さは、恐らくはその永遠性に外なるまい。立原の詩には、さういふ無比の強みがある。

(『三好達治全集第六巻』筑摩書房、1965年、p. 337)

北園克衛?(無署名)、1951年

 ひとびとがそのあまりの稀薄さのためにみすててしまつたもの、またはその構造の緻密さのために壊してしまうことしかできなかつたものについてぼくたちは考える。フルウトをよくすることができないものにとっては、その微妙なキイのメカニズムがなんの意味もないように、つねにポエジィをもとめながら、しかもポエジィの微妙を誹謗することに慣れたひとびとにたいしても、ぼくたちはたえず前進していかなければならない。ぼくたちのこんにちの実験の主題は明晰な稀薄さの世界を創造することである。

(『VOU』第35号、1951年8月、p. 2)

立原道造 実現はいつも僕らをうらぎる

立原道造(1914-1939)

①ノート 1933年5月

 よいものを読んだ後、何も書くな、何も言ふな、お前は、その美しい恍惚を、お前の汚れた言葉で汚す 恥知らずを敢てするな。……

(全集第3巻、p. 461)*1

②丸山薫宛書簡 1935年3月

 うたふといふことが小鳥であり気まぐれであるだけならばうたひたくありません。うたふといふことが湧いて来る源が自分自身だとつきとめてからうたひたいと思つて居ります。自分だけのものをうたひたいのです。

(全集第5巻、p. 119)

③生田勉宛書簡 1935年10月

 何か、たのしいこと――それは出来さうなのだ。しかし、可能と実行の間に深い溝があつた。僕は可能を信じることこそ人間にとつて希望であらうとも思つたが、それはさうではないらしいのだ。けれど僕にはたのしくない、これが人生であり、現実だと、そのままに肯定したくない気持がある。可能、(たのしくなる可能)と実行の溝に橋を架けること、それがいりようだといひたかつた。

 だが、多くの人は たのしくなる欲望を捨ててゐる。僕はそれを多く見た、また聞いた。これは、僕の心をなぜか重く苦しくする。

 如何にしても、僕はよろこびを、あがいてさへ、求めなければならない。

(全集第5巻、p. 178)

④「火山灰」(手記) 1935年8月?

 ここでは、私は何もしてゐない。けれどたつたひとつ、私は、生きてゐる! これは今まで私が思つてゐたよりずつとよいことなのだ。私は生きてゐる!

(全集第3巻、p. 39)

⑤「夏の旅」より「Ⅳ やすらひ――I・Tへの私信」 1935年11月

 昔むかし僕が夢を美しいと信じた頃、夢よりも美しいものは世になかつた。しかし夢よりも美しいものが今日僕をとりかこむでゐるといつたなら、それはどんなしあはせだらうか。信濃高原は澄んだ大気のなかにそばが花咲き、をすすきの穂がなびき、遠い山肌の皺が算へられ、そのうへ青い青い空には、信じられないやうな白い美しい雲のたたずまひがある。わづかな風のひびきに耳をすましても、それがこの世の正しい言葉をささやいてゐる。さうして僕は、心に感じてゐることを僕の言葉で言ひあらはさうとはもう思はない。何のために、ものを言ひ、なぜ訊くのだらう。あんなことを一しよう懸命に考へることが、どこにあるのだらう。Tよ、かうしてゐるのはいい気持。はかり知れない程、高い空。僕はこんなにも小さい、さうしてこんなにも大きい。

(全文。全集第1巻、p. 126)

⑥「火山灰」(手記) 1938年?

 夢がほんとうに美しい、そして実現はいつも僕らをうらぎる。計画だけを信じよう、ついえてしまふいろいろなこころみだけを。

(全集第3巻、p. 65)

⑦深沢紅子宛書簡 1938年9月

僕は眠つてゐるときにする顔をいましてゐるでせう。その顔はどんな顔だか知らないけれど、そんな僕を僕は心から愛します。それが僕のほんとうなのでせう。おしやべりのうそつきの僕はうそなのです。しかし僕はひとのまへにゐると、とめどなくうその僕をつくり出してしまひます。そして僕はそのかげにかくれてしまひます。そんな僕でなくなりたい。ほんとうの僕が気持のいい僕になりたいとおもひます。うそは十分に美しくなることが出来る、そして僕はそんないつはりを信じないわけではないけれど、いつはりのきづいた美しさよりもちがつたものがいまは欲しいのです。僕の今までの歌は何としやれてゐて美しいいつはりの花だつたかと、ひとのもののやうにそのまへに僕は立つてゐます。しかし、あれには僕が大切な僕がゐない。今の僕はもつとちがつた歌をうたひたいとおもひます。

 宮沢賢治をよんでゐたら、宮沢賢治もかなしいうそつきです。僕がいま欲しいのはあんないつはりの花ではありません。あれは美しい。しかし、あれにも大切な大切なものが欠けてゐる。なんだかわからない。しかしあれを僕は信じられない。何かほんとうのもの、僕たちのいつはりをさへほんとうにかへてしまふことの出来る不思議なもの、僕たちの内部にながれてゐるもの、それがうたひ出したらとおもひます。僕の欲しいのはそれだけです。宮沢賢治だつてその深みではうたつてゐないとおもふのは僕の歪みでせうか。

 もとは宮沢賢治にはあのイメージの氾濫でだけ反撥した。しかし今はもつとふかく反撥します。大切な大切なもののために。

(全集第5巻、pp. 443-444)

*1:引用はすべて筑摩書房の『立原道造全集』(第1巻 2006年、第3巻 2007年、第5巻 2010年)による。