ひよこのるるの自由研究

日本語で読める世界の文学作品と、外国語に翻訳されている日本語の文学作品を、対訳で引用しています。日本語訳が複数あるものは、読みやすさ重視で比較しておすすめを紹介しています。世界中の言語で書かれたもの・訳されたもののコレクションを目指しています。

世界文学全集のためのメモ 17 『深い河』 遠藤周作

日本語編 6

遠藤周作
1923-1996

深い河ディープ・リバー
1993

原文
深い河ディープ・リバー(講談社文庫、1996年)

中国語訳
遠藤周作《深河》(林水福譯,新北:立緒文化,2014)

三章 美津子の場合

 大津の横顔は煙突のついた古い褐色の屋根屋根に向けられていた。それらの家の塊りのなかからリヨン名所の一つであるサンジャン大聖堂の黒ずんだ尖塔が巨人のように突ったっていた。負け惜しみで大津が過去を弁解しているとは思えなかった。ただ神など信じぬ美津子には彼の述懐は無理矢理に辻褄をあわせたようにしか思えなかった。理解できたのは、このみすぼらしい男が、今の美津子やかつての旧友や美津子の夫たちの世界とはまったく隔絶した次元の世界に入った、ということだった。

「あなた、変ったわね」

「そうかもしれません。しかしぼくが……変ったのじゃなく、手品師の神に変えさせられたのでしょう」

「ねえ、その神という言葉やめてくれない。いらいらするし実感がないの。わたくしには実体がないんですもの。大学の時から外人神父たちの使うあの神という言葉に縁遠かったの」

「すみません。その言葉が嫌なら、他の名に変えてもいいんです。トマトでもいい、玉ねぎでもいい」

「じゃ、あなたにとって、玉ねぎって何。昔はよく自分にもわからない、と言っていたけど。神は存在するのかと誰かがあなたにきいた時」

「すみません。正直、あの頃は、よくわからなかった。でも今はぼくなりにわかっています」

「言って」

「神は存在というより、働きです。玉ねぎは愛の働く塊りなんです」

「なお気持わるいわ、真面目な顔をして愛なんて恥ずかしい言葉を使われると。働きって何よ」

「だって玉ねぎはある場所で棄てられたぼくをいつの間にか別の場所で生かしてくれました」

「そんなこと」と美津子はせせら笑った。「別に玉ねぎの力じゃないわ。あなたの気持が自分をそう仕向けたんじゃないの」

「いいえ、ちがいます。あれはぼくの意志など越えて玉ねぎが働いてくれたんです」

 この時だけは大津は断平とした口調になり、それまでそらせていた眼を美津子に向けた。彼は彼女が知っていたどこか弱気の、善良だけがただ一つの取柄だった男とは違っていた。

「いつまで、わたくしをここに立たせておく気」

 彼女は話を変えた。

「もうお昼をとっくに廻っているのよ。折角、リヨンに来たんですもの、どこかで食事をしましょうよ」

「すみません。ぼく、神学生ですから、そんなところを知らないんです」

「わかっているわよ。わたくしが御馳走するから。もう一気飲みはさせないから」

 彼は散歩に連れていかれる犬のような無邪気な嬉しそうな顔をした。

 ベルクール広場まで戻ったのは、ルイ十四世の銅像のある広場の一角に手頃なレストランのあるのを彼女がホテルの窓から見ていたからだった。鏡をはった朱色の壁にかこまれ小さなピラミッドのように置かれたテーブルナプキン。その前に座った汚れた修道服姿の日本人の神学生を、ボーイたちは戸惑った眼で遠くから見ていた。

 そのすりきれた修道服を大津はスープの滴りで一、二度、よごしながら吐息をついた。

「おいしいなあ。何年ぶりだろう」

「今みたいな人生を選ばねばよかったのに。東京にだってこれくらいのものを食べさせる店はいくらでもできているのよ。悪いけど、自分をそんな生活に追いこんだのも玉ねぎの働きなの」

 大津は子供のようにスプーンをしっかり握りしめ、笑いをうかべた。

「おかしな人。日本人でしょ、あなたは。日本人のあなたがヨーロッパの基督教を信じるなんて、わたくしにはむしろ歯の浮く感じがするわ」

「変ってないんですね、成瀬さんは」

「そう、でも本心よ」

「ぼくはヨーロッパの基督教を信じているんじゃありません、ぼくは……」

 スープの滴りがまた彼の服をよごした。スプーンを握りしめて大津は美津子に子供のように訴えた。

「成瀬さん、仏蘭西に来てみて……違和感、感じませんでしたか」

「違和感? わたくしまだこの国に来て十日しかたっていないのよ」

「ぼくはね、三年目です。三年間、ここに住んで、ぼくはここの国の考え方に疲れました。彼等が手でこね、彼等の心に合うように作った考え方が……東洋人のぼくには重いんです。溶けこめないんです。それで……毎日、困っています。仏蘭西人の上級生や先生たちにうち明けると、真理にはヨーロッパも東洋もないって戒められました。すべてはお前のノイローゼかコンプレックスだろうって。玉ねぎについての考え方も……」

「相変らずあなたって野暮ね。女の前で、折角の食事の間も、そんな辛気くさい話しか、できないの、あなたは」

「すみません。でも……久しぶりに会った成瀬さんに三年間、心に鬱積していたものをしゃべりたいものだから」

「じゃあ、お話しなさいよ、好きなだけあなたの玉ねぎについて」

「ぼくはここの人たちのように善と悪とを、あまりにはっきり区別できません。善のなかにも悪がひそみ、悪のなかにも良いことが潜在していると思います。だからこそ神は手品を使えるんです。ぼくの罪さえ活用して、救いに向けてくださった」

 フォークとナイフとを両手で握りしめながら、かれたようにしゃべっている大津。学生運動に参加していた連中が愚にもつかぬ議論を飲屋でやっているのと同じ表情だ。そういう連中を大学時代、美津子たちはどんなに馬鹿にしただろう。

「でも、ぼくの考えは教会では異端的なんです。ぼくは叱られました。お前は何事も区別しない。はっきりと識別しない。神はそんなものじゃない。玉ねぎはそんなものじゃないって」

「じゃ、棄てちゃえばいいじゃないの、そんなややこしいもの」

「そう簡単にいかないんです」

「話してばかりいないで、召し上がれよ。ボーイが次の皿を運びかねて困っているわ」

「すみません」

 素直に大津は口を動かし、彼をじっと観察している美津子に子供のように笑いかえした。

「この玉ねぎオニオンのスープは……おいしいです」

 この男と結婚していれば、幸福だったろうか、それとも矢野以上に退屈だったろうか、と美津子は思う。

「それに、ぼくは玉ねぎを信頼しています。信仰じゃないんです」

「あなたは……破門にならないの」と彼女はからかった。

「今でも破門ってあるんでしょ」

「修道会からは、ぼくには異端的な傾向があると言われますが、まだ追い出されません。でもぼくは自分に噓をつくことができないし、やがて日本に戻ったら……」彼はしゃぶるようにスプーンを口に入れた。「日本人の心にあう基督教を考えたいんです」

「わかったわ。それより早く食事をすませてよ」

 正直いって美津子は彼の終りのない話にうんざりしていた。まるで一人よがりの作曲を聞かされているようだった。役にもたたぬ幻影のために人生を無駄にしている男。彼女には縁遠すぎる世界。美津子にわかるのはあの「テレーズ・デスケルウ」の妻が善良な夫に抱いた言いようのない疲れやかすかな憎しみだった。その疲れや憎しみは胸の奥にしまいこみ、今後はベルナールに似た矢野のそばで生きていこう。レストランを出ると彼女は仏蘭西人のように大津の手を握った。

「さようなら、日本でまたお会いしましょうね」

「すみません」と大津はうなずいて、「御馳走さまでした」

「破門にならないでね、大津さん」と美津子はからかった。「少しは上手にお生きなさいよ」

 夕暮、巴里に戻り、駅からタクシーに乗ってホテルの名を告げた時、彼女はまるで遠くから故郷にかえったような気さえした。灯のうるむセーヌ河の岸も照明に浮かびあがるノートルダム教会も、黒々とした陰気なコンシェルジュリーも何だか長年、見なれたもののようだった。

(仏蘭西に来てみて……違和感を感じませんでしたか)

 不意に大津の訴えが頭に蘇ったが、

「ちっとも、違和感なんかないわ。できれば日本なんかに戻りたくはないぐらい」

 ちびた煙草メゴを口にくわえた運転手がこちらをふりむくほどの声で彼女はひとりごちた。(pp. 103-108)

  大津的側臉轉向有煙团的舊褐色屋頂。群屋之中,黑色尖塔如巨人聳立的聖讓大教堂已成為里昻名勝之一。大津不認為他只是為過去的失敗而辯解,但對不相信神的美津子而言,卻覺得他的說明過於牽強。可以理解的是,這個寒憶的男人已進入與現在的美津子、舊友、美津子的丈夫等完全隔絕的不同次元的世界。

  「你變了!」

  「或許。不過,不是我變了,是如魔術師的神改變了我。」

  「好了,不要再提神了,讓人感到焦躁,又沒有實際的感覺。對我來說是沒有實體的東西,從大學時代起對外國神父所說的神,感覺距離相當遙遠。」

  「對不起。妳不喜歡這名稱,改為其他名稱也沒關係。叫番茄或洋葱都行。」

  「那麼,對你來說,洋葱是什麼?以前有人問你真的有神的時候,你曾說過自己也不太了解。」

  「對不起。老實說,我那時候不了解;不過,現在我明白了。」

  「說看看。」

  「與其說神的存在,不如說作用較為適當。洋葱是愛的作用的集合。」

  「你又來了,滿臉正經,說什麼愛啦讓人慚愧的話。作用,是什麼?」

  「洋葱把在某處被拋棄的我,有一天在另一個地方又讓我活過來。」

  「這哪裏是洋葱的力量,」美津子吃吃地笑。「是你自己改變了自己!」

  「不,不是的。那是洋葱的作用超越我的意志。」

  大津只有這時候語氣堅定,把眼光移向美津子;跟她認識的有些懦弱,只有善良是唯一優點的男子不同。

  「你要讓我在這裏站到什麼時候?」

  她改變話題。

  「一下子就中午了,難得到里昻來,我們找個地方用餐吧!」

  「對不起!我是神學院學生,不知道哪裏適合。」

  「放心啦!我請你吃飯,不會再灌你酒了!」

  他像被帶出去散步的狗,露出天真喜悦的臉。

  她們回到貝勒古廣場,因為她從飯店的窗戶看到矗立著路易十四銅像廣場的一角,有一家價位適當的餐廳。在四周貼有鏡子的米色牆壁內,餐巾折成小金字塔狀,侍者以迷惑的眼光,遠遠看著桌前穿著舊修道服的日本神學院學生。

  有一、兩滴湯滴到已磨破的修道服上,大津讚嘆:

  「好好吃呀!我好幾年沒吃過這麼好吃的食物。」

  「你要是不選擇像現在的人生;東京像這樣的餐廳多得是。這樣問有點失禮,不過把你逼向這樣的生活也是洋葱的作用?」

  大津像小孩子把湯匙握得緊緊地,笑了。

  「怪人!你是日本人吧⁉日本人卻相信歐洲的天主教,連我都感到肉麻。」

  「成瀨小姐,你還是老樣子!」

  「是,不過這就我。」

  「我並不是相信歐洲的天主教。我……」

  一滴湯又滴到他的衣服。大津緊握湯匙像小孩子似地對美津子說:

  「成瀨小姐,妳到法國來,有沒有覺得有什麼不對勁?」

  「不對勁?我到這個國家來還不到十天耶!」

  「我現在是第三年,三年來,住在這裏,我對這個國家的思考模式已疲倦了。他們配合他們內心的想法……對東洋人的我來說太沈重,我無法跟他們打成一片……所以,每天都過得很痛苦。坦白跟法國人的學長、老師們說,還被告誡真理是沒有歐洲、東洋之分,這都是因為你神經衰弱或自卑感的關係!對洋葱的想法也一樣……。」

  「你還是老土一個。在女人面前,尤其是吃飯的時候,就只能說些讓人消化不良的話題嗎?」

  「對不起。我只是……想對好久才見面的成瀨小姐……說說三年來的鬱悶而已!」

  「那就說吧!說說你喜歡的洋葱。」

  「我沒辦法像這裏的人那樣明確區分善與惡。我想善裏頭隱藏著惡,惡之中也有善的存在。因此,神才能變魔術,甚至於應用我的罪,導向救贖。」

  大津雙手緊握刀叉,有如神靈附體,表情就跟搞學生運動的傢伙在大眾酒吧裏發表愚不可及的議題時一樣;美津子在大學時代非常瞧不起那樣的傢伙。

  「不過,我的想法在教會裏被認為是異端,也挨過罵――你什麼都分不清,要明確的分辨,神不是那樣的,洋葱不是那樣的東西。」

  「那,扔掉不就行了,那麼麻煩的東西。」

  「那有這麼簡單的。」

  「不要只顧說話,也要吃東西呀!要不然,服務生不好送下一道菜呀!」

  「對不起!」

  大津老實地大吃起來,對一直看著他的美津子報以像小孩般的笑容。

  「這道洋葱湯……好吃。」

  美津子心想:要是和這個男人結婚,會幸福呢?或者比矢野更無趣?

  「而且,我相信洋葱,但那不是信仰。」

  「你不會被開除?」她嘲諷。「現在還有開除制度吧⁉」

  「修道會說我有異端的傾向;不過,還不致於被趕出去。我不會對自己撒謊,將來,回到日本之後……」他像吸奶一樣把湯送入口。「我想思考適合日本人心靈的天主教。」

  「我了解!不過,還是趕快把這一餐解決吧!」

  老實說,美津子對他沒完沒了的話題感到不耐煩。好像被迫聽自以為好聽的曲子,為毫無用處的幻影浪費人生的男人,對她而言是太遙遠的世界。美津子明白的是那個《提列茲‧蒂斯凱爾》裏太太對丈夫產生無可言喻的疲勞與輕微的憎恨;今後她也會把疲倦和憎恨深埋心中,生活在像貝爾那爾的矢野身旁。

  走出餐廳,她像法國人那樣握一下大津的手。

  「再見!在日本再會吧!」

  「謝謝!」大津點點頭「讓妳破費了。」

  「大津!不要被開除呀!」美津子挪揄他。「要活得高竿一點呀!」

  傍晚,回到巴黎,在火車站搭計程車告訴司機飯店名字時,她甚至有一種從遠方返鄉的感覺,在燈光朦朧底下的塞納河岸、在燈光下浮現的聖母院、黝黑陰暗的巴黎法院附屬監獄,不知怎的,仿佛多年來熟悉的事物。

  (到法國來……沒什麼異樣的感覺嗎?)

  大津的問題突然浮現腦海。

  「一點也沒有異樣的感覺。可以的話,甚至不想回日本。」

  口中著香煙的司機聽到她的自言自語轉過頭來。

  回到飯店,正如所料矢野外出未回,她洗澡、化妝,等待丈夫回來。在床上看電視,不知什麼時候疲倦得睡著了。

  開門聲把她吵醒,帶酒味的矢野進來。(第79~83頁)

七章 女神

 朝は爽やかだった大気が、昼すぎ湿気を帯びたじわっとした暑さに変ってきた。

 江波は午前中、わざとガンジス河のガートに行くことを避けたが、それは日本人観光客たちにたんなる好奇心でこの聖なる河、聖なる儀式、聖なる死の場所を見物させたくなかったからである。日本人たちが沐浴しているヒンズー教徒を舟上から見て必ず言う言葉は決っていた。

「死体の灰を川に流すなんて」

「よく病気にならないね、印度人たち」

「たまらんな、この臭い……印度人、平気なんだろうか」

 今度もいずれは軽蔑󠄀と偏見とのまじった観光客のそんな声をきかねばならぬが、それは夕暮で結構だ。

 そのかわり彼は日本人の眼には、とりわけ「印度的」に見えるヴィシュワナート寺院の狭い門前町に連れていった。闇市のように両側にぎっしり並んだ小さな店にはさまざまに珍しいものがある。砂糖きびをバケツで洗い、ローラーに入れてしぼりとったジュースを飲ませる店、椰子の果実を大きな包丁で叩き割り、そのなかにストローを入れて味う椰子屋。ビンロウ樹や香料を入れた木の葉をまいた煙草屋。

「嚙み煙草ですよ。一寸、にがいですが土産話に如何です」

 江波の連れて行く店も、犬の寝ている店先で口にする説明も、何時も決っている。笑いながら愛想いい声をだし、

「ここじゃパーンと言うんです。少し口の中が赤くなりますがね」

 面白がって嚙み煙草を口中に入れ、その苦さに顔をしかめる男の客。女性たちがそれを見て笑う。カメラのシャッターの音。彼等のすぐそばを天秤をかついで半裸の男が通りすぎる。

「あれはヨーグルト屋です」

「印度シルクを買いたいんですけど、ここに店はないかしら」

 日ざしが次第に強くなる。江波は客たちのなかで、美津子に軽い関心を持った。ひさしの広い帽子をかぶり、サングラスをかけた横顔は江波をひきつけた。女性客にあり勝ちな我儘やさし出がましさがなく、頰に微笑をうかべている。

(この女……寝てみたら)と彼はその横顔に眼をやってそっと想像する。(どういう表情をするだろうか)

 今日まで添乗員のアルバイトをしながら江波は二人の女性観光客と寝たことがある。二人とも中年のどこにでもいる主婦だった。湿気のこもった印度の熱気には、人間の性を刺激する何かがひそんでいる。ヒンズー教の持つ怪しげな雰囲気にもそれがある。美津子を時折、観察しながら、彼は彼女がどんな男性関係を持ったのかとふと思う。

 早目の昼食。終ったのが一時。そのあとバスは客をのせてナクサール・バガヴァティ寺に向う。日本人たちの大半にとっては、退屈で、ごく僅かな者だけに興味をそそるこの寺は普通の印度旅行プランには加えられておらず、江波だけが特別に案内する場所である。

「この寺は恵みをたれる女性という意味です」

 と彼はうす暗い、一歩足をふみ入れただけでもねっとりとした気のこもった石灰の臭いのする地下に皆を集めた。そう、ここには印度のもつ淫猥なじっとりとした空気がこもっていた。

「バガヴァティのバガは女性性器のことです」

 江波はわざと素知らぬ顔で説明した。

「バガか」と男の声が戻ってきた。「しかし、バカに暑いな、むし風呂だ」

 二、三人がこの駄洒落に笑ったが、美津子の表情には反応がなかった。

「ここに御案内したのは、ヒンズー教の一端を感じて頂きたかったからです。ぼくの説明などよりも、壁に彫られたさまざまの女神像から印度のすべての呻きや悲惨さや恐怖をお感じになるでしょう。声をかけてくだされば御説明しますから」

 何人かの男女が内部のむし暑さに耐えかねて、それ以上、足をふみ入れようとはしなかった。日本人たちには仏像とちがうヒンズー教の神々などは興味も関心もなかったし、それらは無縁なうすぎたない彫刻にすぎなかった。

 ねっとりとした空気。うす暗い地下の内部。気味の悪い彫像が浮かびあがっている。像の気味の悪さには、人間がおのれの意識下にうごめくもの、意識下にかくれているものをまともに眼にする嫌悪感があった。

 すりへった石段をおりる。美津子は瞬間に自分が今から心の奥に入っていくような気がした。内視鏡で心の奥を覗くような不安と快感とがまじっている。

 背後に磯辺の荒い息が聞えた。とにかく暑いのだ。沼田たちがそれに続く。

「気をつけてください、足もとに」

 暗い電気がすすけた壁という壁を洞穴のように見せた。黒ずみ、木の根のように淫猥に絡みあったものが浮かびあがっていた。日本人たちは沈黙し、それらの像は微動だにしなかった。

 眼が馴れてくる。男女のように絡みあったものが何本かの手や脚だとわかった。その手に持っているものも人間の頭蓋骨や首だと少しずつ判別できた。異様な冠をかむり、虎や獅子や野猪や水牛のような獣にのっている女神たち。

「みんな、これ、同じ女神ですの」

 美津子の質問に、江波がそばに寄ってくると、半袖からむき出た脂肪質の彼の体から強い汗の臭気がして、

「いや、ひとつ、ひとつ違います。名前を知りたいですか」

「教えて頂いても、とても憶えられません。わたくしにはみんな同じに見えるんですもの」

「印度の女神は柔和な姿だけでなく、怖しい姿をとることが多いんです。それは彼女が誕生と同時に死をも含む生命の全体の動きを象徴しているからでしょう」

「同じ女神でも聖母マリアと随分、違うのね」

「ちがいますね。マリアは母の象徴ですが、印度の女神は烈しく死や血に酔う自然の動きのシンボルでもあるんです」

 男たちは美津子と江波の会話を黙って聞いていた。彼等はわけのわからぬ不合理で醜悪な女神像のどこにも心ひかれなかった。女神という言葉から、男たちは「優しいもの」「母なるもの」を期待していたのだ。それにこの地下室のうだるようなむし暑さのために顔も首もべっとり汗だらけになってきた。

「何だかここじゃ生きる楽しみや望みがなくなるな」

 と沼田が疲れた声でひとりごとのように呟いた。彼が今日まで童話のなかで考えてきた自然はこんな荒々しい怖しいものではなかった。それは人間をやさしく包含してくれる自然だった。

 磯辺も、壁を埋めたこれら女神のなかにひとつとしてやさしさを見つけることができなかった。たとえその肉体が豊満な乳房や、大地の豊穣を示すゆたかな腰を見せていても、そのどこにも死んだ妻の微笑に似たものはなかった。

 木口はすすけた醜悪な群像の全体にビルマの死の街道を歩いていた日本兵たちの亡霊のような姿を重ねあわせ手首にかけた数珠をまさぐり、阿弥陀経の一節を唱えた。「一切世間、天人阿修羅等、聞仏所説、歓喜信受」

「どうも暑い。外に出ましょうか」

 と沼田がたまりかねたように言うと、

「もうあとひとつ」と江波はそれを遮ぎって、「ぼくの好きな女神像を見てください」と一米にもみたぬ樹木の精のようなものを指さした。

「灯が暗いから近よってください。この女神はチャームンダーと言います。チャームンダーは墓場に住んでいます。だから彼女の足もとには鳥に啄まれたり、ジャッカルに食べられている人間の死体があるでしょう」

 江波の大きな汗の粒がまるで酒のように蠟燭の残骸が点々と残っている床に落ちていく。

「彼女の乳房はもう老婆のように萎びています。でもその萎びた乳房から乳を出して、並んでいる子供たちに与えています。彼女の右足はハンセン氏病のため、ただれているのがわかりますか。腹部も飢えでへこみにへこみ、しかもそこにはさそりが嚙みついているでしょう。彼女はそんな病苦や痛みに耐えながらも、萎びた乳房から人間に乳を与えているんです」

 一時間前までは愛想よく冗談を言っていた江波がこの時、突然、顔をゆがめた。彼の頰を流れ落ちる汗はまるで泪のようにみえた。美津子も沼田も木口も磯辺も呆気にとられると同時にこの男が、ねじれた根のような女神像にどんな思いこみをしているかを感じざるをえなかった。

「ぼくはこのチャームンダー像が大好きです。この町に来るたび、この像の前に立たなかった時はありません」

「気に入ったね、私も」と思いがけなく木口が実感のこもった声を出した。「私はね、ビルマ戦線で死ぬ思いをしたが、この瘦せこけた像を見ると、雨のなかで死んでいった兵隊を思い出す。あの戦争は……辛かった。そして兵隊の姿は……みな、こんなだった」

「彼女は……印度人の苦しみのすべてを表わしているんです。長い間、印度人が味わわねばならなかった病苦や死や飢えがこの像に出てます。長い間、彼等が苦しんできたすべての病気にこの女神はかかっています。コブラや蠍の毒にも耐えています。それなのに彼女は……喘ぎながら、萎びた乳房で乳を人間に与えている。これが印度です。この印度を皆さんにお見せしたかった」

 江波は自分の感情を恥じるように、よごれた大きなハンカチで汗に濡れた顔を強くふいた。彼は印度に托して観光客たちにこの受難の女神を説明してきたが、実は彼自身の個人生活のなかで、夫に捨てられながら色々な苦しみに耐えて彼を育ててくれた母のことを思い出していた。

「じゃ、これは、ほかの女神たちとちがって……印度の聖母マリアのようなものですか」

「そうお考えになって結構です。でも彼女は聖母マリアのように清純でも優雅でもない、美しい衣裳もまとっていません。逆に醜く老い果て、苦しみに喘ぎ、それに耐えています。このつりあがった苦痛に充ちた眼を見てやってください。彼女は印度人と共に苦しんでいる。像が作られたのは十二世紀ですが、その苦しみは現在でも変っていません。ヨーロッパの聖母マリアとちがった印度の母なるチャームンダーなんです」

 みんな黙って江波の話を聞いていた。そしてそれぞれが心のなかでそれぞれの思いにふけった。

「出ましょうか」

 江波はあっさりと皆を促した。

「ほかの方たちが待ちくたびれていますから」

 彼が歩きだすと磯辺と木口とがそのそばに寄り礼を言った。

「有難う、いいものを見せてもらった」

 木口は更に一語つけ加えた。

「この地下室をおりて……私には、はじめてこの国になぜ釈迦が現われたか……、わかった気がするが」

「そうですか」

 と江波はこの時、本心から嬉しそうな顔をした。

「そうおっしゃって頂くと、明日、仏陀が修行の後に最初の弟子に姿をあらわした場所を見て頂く意味があります」

 外に一歩出ると強い光が額にぶつかった。洞穴の内部に入らなかった三條夫妻や女性たちは冷房のきいた観光バスのなかで冷えたコカ・コーラや椰子の実ジュースを買って飲んでいる。

「どうでした」と三條がたずねた。

「この通りの汗ですよ」と江波は元に戻って愛想よく答えた。三條は笑いながら、

「だから、ぼくは入らなかったんですよ。どうせ、埃まみれの仏像でしょ」

「仏像じゃなくて女神の像です」

「同じようなもんです。これから何処に行くんですか」

「聖なるガンジス河です」

「ライン河に行きたかったのに」と三條の新妻は無邪気に言った。「第一あそこは、こんなに暑くないわ」(pp. 219-228)

  早上天氣清爽,過午之後轉為含濕氣、黏答答的酷暑。

  江波早上故意不帶他們到印度河的渡口,因為他不想讓日本人單以好奇心來看這條聖河,看神聖的儀式,看神聖的死亡場所。日本人從船上看沐浴的印度教徒一定會說:「把屍灰撒入河中呢!」

  「印度人這樣也不會生病?」

  「真受不了!這麼臭……印度人覺得沒什麼?」

  這一次也一定會聽到含輕蔑和偏見的批評,所以選擇黃昏時參觀較妥當。

  他帶他們到日本人眼中印度氣氛濃厚的維修瓦那特寺院狹窄的門前街道,那兒宛如黑市一般,兩側排列擁擠的小店,有各種「好」東西:有用水桶洗甘蔗,將甘蔗放進滾軸裏一擠就有果汁可喝的店;有用大菜刀敲開椰子,再用吸管插進去享受椰汁的椰子店;有用檳榔葉或添加香料的樹葉包起來的香煙店。

  「這種香煙用嚼的,有一點點苦,回去當話題怎麼樣?」

  江波帶去的商店,在有狗躺著睡覺的店頭所做的說明,都一成不變。先做出笑容,然後以討好的聲音說:「在這裏叫這個東西「麵包」,嘴會稍微變紅。」

  有男性旅客覺得有趣,把嚼的香煙放入口中,對著那苦味螺眉,女性們看到這樣子都笑出來。扛著扁擔的半裸男子經過他們身旁,只聽到照相機按快門的聲音。

  「那是養樂多店。」

  「我想買印度絲,這裏有商店在賣嗎?」

  陽光逐漸強烈。客人當中江波對美津子稍微感興趣,戴著寬帽緣、太陽眼鏡的側臉吸引住江波,沒有一般女性常見的任性或厚臉皮的舉止,臉上浮現微笑。

  (要是和這個女的上床,)他瞄著她的側臉偷偷地想像。(她會是什麼表情?)

  江波兼差當導遊,到目前為止曾經和二位女觀光客發生關係。二個都是一般的家庭主婦。在印度濕氣重的酷熱下,潛伏著某種刺激人類性慾的東西,印度教詭異的氣氛中也會產生這種作用。他觀察美津子有時會突然浮現「她的男性關係怎麼樣」的念頭。

  提早吃午飯,用完餐時是一點鐘。之後,巴士載大家到納克撒爾‧巴格凡蒂寺。對大半日本人而言會覺得這座寺廟無聊,只有極少數人會感興趣,通常不會排入印度之旅的行程,這是江波特別安排的。

  「這座寺廟的意思是給女性恩惠。」

  一腳踏入陰暗的寺中,馬上聞到濕黏的熱氣裏混合著石灰的臭味,江波把大家集合到地下室的房間。這裏彌漫著淫猥的空氣。

  「巴格凡蒂的巴格指的是女性性器官。」

  江波故意若無其事地說明。

  「巴格(和日文『王八蛋』音相近)」有一個男的馬上回嘴。「好熱呀!真受不了,像土耳其浴。」

  二、三個人在打諢,發出笑聲;美津子的表情毫無反應。

  「安排大家來這裏是希望能感受到印度教的一部分,不必等我說明,我想各位從刻在壁上的各種女神像就可以感受到印度所有的呻吟、悲慘或恐怖吧!有需要我說明的地方請不要客氣。」

  有幾個男女受不了內部的悶熱,就不願深入寺中。日本人對跟佛像不同的印度教各種神明既無興趣也不想去了解,那些東西不過是無緣的骯髒雕刻。

  濕黏的空氣。陰暗的地下室。浮現讓人覺得不舒服的雕像。從雕像的醜惡,讓人正眼看到隱藏在意識下蠢動的東西而產生厭惡感。

  走下磨損的石階,那一瞬間美津子感覺自己從現在起進入內心深處,有如用內視鏡窺視內心深處的不安與快感的混合。

  背後傳來磯邊粗重的鼻息。實在太熱了!沼田他們跟在後面。

  「請小心地上!」

  被微弱的燈光燻黑的牆壁,看來有如洞穴,浮現出像黑炭、樹根淫猥交纏的東西。日本人沈默,那些佛像紋風不動。

  眼睛適應之後,才看出像男女交纏的東西是幾隻手或腳,也逐漸看清手上拿的是人頭蓋骨或頭部。那是眾多女神,頭戴異樣的冠,騎在老虎、獅子、野豬、水牛之類的獸類上。

  「這些都是同一個女神嗎?」

  美津子發問。江波靠過來,從他短袖露出肥胖身體所發出刺鼻的汗臭味。

  「不!每一尊都不一樣。想知道她們的名字嗎?」

  「告訴我,我也記不了那麼多。在我看來,每一尊都一樣。」

  「印度女神有看來溫柔的造型,但以恐怖的占大多數。這是象徵她誕生的同時,也包含死亡的生命的整體律動。」

  「同樣是女神,和聖母瑪麗亞差別很大耶!」

  「是不一樣。瑪麗亞是母親的象徵;但印度女神同時也是強烈陶醉在死亡和鮮血的自然律動的象徵。」

  男士們靜靜地聽美津子和江波的對話。他們對造型奇異、醜陋的女神像毫無興趣。從「女神」的名稱,男士們期待的是「溫柔的」、「母性的」東西;更何況,在像蒸爐的地下室,大家的臉上、脖子已熱得滿是汗珠。

  「總覺得這裏會喪失生的樂趣和希望!」沼田自言自語似地說,聲音皮卷。以往他在童話中想到的自然不是這麼粗暴、恐怖,那是溫柔地包容人的自然。

  磯邊從刻在壁上的這些女神像實在也找不到一絲絲的溫柔。即使那肉體上有豐滿的乳房,有象徵大地豐饒的粗腰,可是找不到像死去妻的微笑。

  木口把所有燻黑的醜惡群像和走在緬甸死亡街道的日本兵的亡靈重疊在一起,數著戴在手上的念珠,唸一段阿彌陀經。「一切世間、天人阿修羅等,聞佛所說,歡喜信受」。

  「好熱啊,到外面去吧!」沼田受不了似地說。

  「請參觀另一座,」江波打斷他的話,「我喜歡的女神像。」指著不到一米處像樹精的東西。

  「這裏燈光很暗,請儘量靠過來。這座女神名叫查姆達。查姆達住在墓地,所以她的腳下有被鳥啄、被豹吃的人的屍體。」

  江波粗大的汗珠如眼淚般掉落在留有點點蠟燭殘骸的地板上。

  「雖然她的乳房萎縮得像老太婆,但是她還從萎縮的乳房硬擠出乳汁餵成排的小孩。你看她的右腳因麻瘋病而腐爛?腹部也因饑餓而凹陷,還被一隻蠍子咬著。她忍受疾病和疼痛,還要以萎縮的乳房餵小孩。」

  一小時之前,還談笑風生、開玩笑的江波,這時,臉部突然扭曲。汗珠如眼淚般從他的臉頰上掉落。剎時,美津子、沼田、木口、磯邊都楞住了,他們知道江波對像樹根纏繞的女神像一定有特別的感觸。

  「我好喜歡這座查姆達像,每次到這裏來,我一定參觀這座像。」

  「我也很喜歡!」沒想到木口也以誠摯的聲音說。「我啊,想起緬甸戰區的生死戰;看到這座瘦巴巴的雕像,想起雨中逝世的同袍。那次戰爭……真令人太難過!每一個士兵的樣子,都像這樣子。」

  「她表現出印度人的一切痛苦。這座雕像表現出長久以來,印度人體驗到的病痛、死亡、饑餓。這座女神身上有他們身受其苦的所有疾病,如眼鏡蛇、毒蠍之毒。儘管如此,她喘著氣還要以萎縮的乳房餵小孩;這就是印度,我想讓各位看的就是這樣的印度。」

  江波對自己的情緒感到羞恥似地用辦了的手帕大力擦拭汗濕的臉。他藉著印度向觀光客說明這些受難的女神;其實,他想起個人生活中,遭到丈夫拋棄忍受種種痛苦養育他的母親。

  「那麼,這座女神跟其他女神不一樣……就好像是印度的聖母瑪麗亞嗎?」

  「這麼想也行。不過,她不如聖母瑪麗亞的清純、優雅,也沒穿著美麗的衣裳,反而又老又醜,痛苦得喘息。請看她因充滿痛苦而往上吊的眼睛。她和印度人一起受苦。這是十二世紀製作的,她的痛苦現在並未減緩,和歐洲的聖母瑪麗亞不一樣,是印度之母查姆達。」

  大家靜靜地聽江波說,各自內心裏陷入不同的思緒。

  「出去吧!其他的人大概等累了吧!」

  江波斷然催促大家。

  他開始移動,磯邊和木口靠到他身旁說:

  「謝謝你,讓我們看到好東西。」

  木口又加上一句話。

  「走入這地下室,我第一次了解到這個國家為什麼會有釋迦出現!」

  「哦!」

  那時江波打從內心浮現喜悅的表情。

  「您這麼說,明天我帶您們參觀佛陀修行之後,最初的弟子出現的場所就有意義了。」

  走出外頭一步,強烈的陽光照射額頭。三條夫婦和其他沒有進入洞穴內的女性們在開著冷氣的觀光巴士內喝著冰涼的可口可樂、帶果肉的椰子汁。

  「怎麼樣?」三條問。

  「汗流得像這樣子。」江波又恢復原先的俏皮回答。三條笑著說:「所以呀,我才不進去嘛。反正都是些沾滿塵埃的佛像。」

  「不是佛像,是女神像。」

  「還不是一樣?現在要去那裏?」

  「神聖的恆河。」

  「本來想去萊茵河的。」三條的新婚太太天真地說:「第一,那裏不會熱得這樣子嘛!」(第175~182頁)

十章 大津の場合

 磯辺は酒屋を探した。昨夜と同じように飲まずにはいられない気持だった。もう彼はあの大学教師のような顔をした占師を恨んではいなかった。この国に来て、人々の貧しさを目撃するにつれ、彼は彼等が物乞いだけでなく、体の欠陥や病気の手足まで利用して生きる糧を得ているのを見た。あの占師もその一人で「印度の不可解な神秘」を利用して食べねばならぬことは磯辺にはわかった。ただ何とも言えぬやりきれなさが胸に拡がっている。

 そのやりきれなさに酒が飲みたいのだ。予感していた通り不潔そのものの露路をさまよったが、ラジニという名の女は何人もいて彼女たちはそれぞれ怯えたような眼つきで磯辺を見あげ、手をさし出して「バーブージー、バクシーシ」と金を乞うた。

 当てもなしに磯辺は歩きに歩いた。表通りには決して店を出さぬ酒屋をやっと裏通りで見つけた。埃だらけの得体の知れぬ缶詰や雑穀を売っているこの店で彼が「ウィスキー」と言うと首をふり、代りに印度の酒だという瓶を出してくれた。主人は瓶を指さし「チャン、チャン」と名を教えた。

 磯辺は瓶を口にあてラッパ飲みをしながら方角も考えず路をさまよった。酔いが早く頭脳を痺れさせ、このやりきれなさを消してくれることだけを望んだ。

 路で印度人たちが喧嘩をしていた。何人かの男たちが走り出し、一軒の家から壮年の男を引きずり出して、撲っている。鼻血で顔を血まみれにした男は大声で叫び、やがて警官が来ると、加害者の男たちは風のように逃げ去った。

 見物していた青年の一人が聞きもしないのに、磯辺に弁解するように説明した。

「彼はシーク教徒のリーダーです。あなたはシーク教徒が今朝、ガンジー首相を殺害した事を知っていますか」

 そして彼は大仰に手で顔をおおってみせて、「シーク教徒が我等の母を殺す理由はありません。首相はシーク教徒であるザイル・シンを印度の大統領にした方ですから」

 磯辺は青年の弁解から逃れようとして、英語がよくわからぬふりをした。歩きだす磯辺のうしろから青年は忠告した。

「早くホテルに戻ったほうがいいですよ。幾つかの町では夜間外出禁止令が出ています。この町もデリーと同じように争いが始まれば、外人の方は危険です」

 今の磯辺はそんな宗教上の争いには関心がなかった。日本人の彼はこの国でヒンズー教徒やシーク教徒が争う背景も事情も全く知らぬ。結局は宗教でさえ憎みあい、対立して人を殺しあうのだ。そんなものを信頼することはできなかった。今の彼にはこの世のなかで妻への思い出だけが最も価値あるものに思えた。そして失ってみて初めて妻の価値、妻の意味がわかった気がしたのだ。男としての仕事や業績がすべてだと思って生きてきたが、それがすべてではなかった。彼は自分がどれほどエゴイストだったかに気づき、妻にたいするうしろめたさを強く強く感じた。

 酔いがまわり、方角を見失い、ただくたびれるためだけに足を動かした。疲労して酔いつぶれたい。「サー」「サー」とリクシャーの運転手たちが左右から声をかけてくる。磯辺は左に花屋と銅の壺を売る露店が店を閉じかけているのを見て、河のそばまで来ていることに気づいた。

 ガートにのぼる石段にまだ何人かの物乞いが寝ていた。磯辺を見つけて声を出した。小銭を放り投げ、ガートを駆けのぼって、川原に干してあるわずかな洗濯物の陰に身をかくした。

 眼前は巨大な河。月光が銀箔のような川面に反射している。沐浴客の影もなければ昼間の喧騒もない。舟一隻も出ていない。

 洗濯物を叩く岩の一つに腰をおろし、磯辺は南から北へ黙々と流れつづける錫色の河を眺めた。時々、黒い浮遊物が川面を動いていく。すべてに、無心のまま河は浮遊物と共に、去っていく。

 手にした酒瓶を川面に投げた。あまたのヒンズー教徒たちが、この大きな流れによって浄められ、より良き再生につながると信じている河。妻も何かによって運ばれていったのか。

「お前」

 と彼は呼びかけた。

「どこに行ったのだ」

 かつて妻が生きていた時、これほど生々しい気持で妻を呼んだことはない。妻が死ぬまで彼は多くの男たちと同じように仕事に熱中し、家庭を無視することが多かった。愛情がないわけではない。人生というものはまず仕事であり、懸命に働くことであり、そういう夫を女もまた悦ぶと考えてきた。そして妻のなかに自分にたいする情愛がどれほど潜んでいるか、一度も考えなかった。同時にそんな安心感のなかに彼女への結びつきがどれほど強くひそんでいたかも、自覚していなかった。

 だが臨終の時、妻が発した言を耳にしてから、磯辺は人間にとってかけがえのない結びつきが何であったかを知った。

 時折、喧騒が町から伝わってくる。ヒンズー教徒がまたシーク教徒を襲っているのかもしれぬ。それぞれにおのれが正しいと信じ、自分たちと違ったものを憎んでいるのだ。

 復讐や憎しみは政治の世界だけではなく、宗教の世界でさえ同じだった。この世は集団ができると、対立が生じ、争いが作られ、相手をおとしめるための謀略が生れる。戦争と戦後の日本のなかで生きてきた磯辺はそういう人間や集団を嫌というほど見た。正義という言葉も聞きあきるほど耳にした。そしていつか心の底で、何も信じられぬという漠然とした気分がいつも残った。だから会社のなかで彼は愛想よく誰ともつき合ったが、その一人をも心の底から信じていなかった。それぞれの底にはそれぞれのエゴイズムがあり、そのエゴイズムを糊塗するために、善意だの正しい方向だのと主張していることを実生活を通して承知していた。彼自身もそれを認めた上で波風のたたぬ人生を送ってきたのだ。

 だが、一人ぽっちになった今、磯辺は生活と人生とが根本的に違うことがやっとわかってきた。そして自分には生活のために交わった他人は多かったが、人生のなかで本当にふれあった人間はたった二人、母親と妻しかいなかったことを認めざるをえなかった。

「お前」

 と彼はふたたび河に呼びかけた。

「どこに行った」

 河は彼の叫びを受けとめたまま黙々と流れていく。だがその銀色の沈黙には、ある力があった。河は今日まであまたの人間の死を包みながら、それを次の世に運んだように、川原の岩に腰かけた男の人生の声も運んでいった。(pp. 304-308)

  磯邊尋找酒館,心情跟昨晚一樣不喝不行。他對像大學教師的算命師已經不再懷恨。來到這個國家,他目擊到人的貧窮,看到他們不只是乞討,還利用身體的缺陷、有疾病的手腳去獲取生存的糧食。磯邊了解那個算命師也是其中之一,利用「印度不可解的神秘」而活下去。只是有一種鬱悶充塞胸中。

  那種鬱悶讓他想喝酒。他去逛如他預料的不潔的攤販。好多位名叫拉茲妮的女人,她們都以怯怯的眼光仰望磯邊,伸出手乞討。

  磯邊沒有特定目標,隨意亂逛。好不容易找到不開在大馬路而是在後巷的酒館,這家店賣些不知是什麼的罐頭和雜糧,滿是灰塵。他說:「威士忌!」店主人搖搖頭,拿出一瓶印度酒來,指著瓶子說酒名「強!強!」

  磯邊把酒瓶倒豎著灌,也沒注意方向地亂逛。只希望趕快醉,讓頭腦麻痺,鬱悶消除。

  路上有印度人吵架。幾個男人跑出來,從一戶人家裏揪出壯年男人,猛打一頓。男人滿臉鼻血大聲喊叫,不久警察來了,揍人的男子一溜煙全跑光了。

  旁邊一個看熱鬧的青年,也沒人問就主動地向磯邊說明、辯解。

  「他是錫克教的領袖。你知道今天早上錫克教徒殺害甘地總理的事?」

  他誇張地用手遮著臉,「錫克教徒沒有理由殺我們的母親。因為是總理擁護錫克教徒的扎爾辛當印度總統的。」

  磯邊想躲開青年的辯解,裝作不懂英語。青年從準備走開的磯邊後面提出忠告。

  「你還是趕快回到飯店比較好。有好幾個城市已實施宵禁,這個城市和德里一樣只要争端一開始,外國人是很危險的。」。

  現在的磯邊對宗教上的争端沒有興趣。日本人的他,完全不清楚這個國家印度教徒和錫克教徒的對立背景及緣由。結果,連宗教也彼此對立憎恨而殺人,無法相信這樣的東西。現在他認為在這世上最有價值的是對妻子的懷念,而且,也覺得現在才真正了解到妻的價值、妻的意義。他一直認為對男人而言,工作或績效就是一切,其實不是。他發現自己是多麼自私,強烈覺得對不起妻子。

  磯邊的醉意加深,已分辨不清方向,只是很疲倦地移動腳步,希望利用疲倦消除酒醉。「撒!」「撒!」人力車的車夫從左右向他招呼。磯邊看到左邊的花店和銅壺的攤販打烊了,才察覺到已來到河邊。

  要登上渡口的石階上躺著幾個乞丐,看到磯邊就出聲;磯邊丟下零錢,爬上渡口,躲到幾件曬於河岸的衣服後邊。

  眼前是一條巨大河流。月光反射在像銀箔的河面。不見沐浴客的影子,也沒有白天的喧鬧,連一艘船都沒有。

  磯邊往敲打衣服的一塊岩石坐下,眺望默默從南往北流的錫色河流。有時會有黑色浮遊物在河面上移動。無心的河和浮遊物一起流逝。

  磯邊把手中的酒瓶扔向河面。眾多的印度教徒,因這條大河而洗淨,他們相信這條河通住更好的來世。是什麼送妻去的呢?

  「你到哪裏去了呢?」他呼喚著。

  妻生前,他從未這麼親暱呼喚過她。她到妻逝世為止,跟許多男人一樣熱衷工作,常常忽略了家庭。倒不是對妻沒有愛情,而是認為人生最重要的是工作,要努力工作,女人喜歡這樣的丈夫,從未想過妻心中對自己的愛情有多少,也沒察覺到在這樣的安全感背後,她付出了多少心力。

  然而臨終時,磯邊聽到妻的廖語,才了解到對人而言無可替代的結合是什麼。

  偶爾從街上傳來喧囂聲,或許是印度教徒又攻擊錫克教徒,彼此都認為自己才是對的,憎恨與自己不同的人。

  復仇、憎恨不只存在於政治世界,即使在宗教世界也一樣。這個世界只要有團體,就會有對立、鬥爭,來貶抑對方的謀略。經歷過戰時和戰後的磯邊對這樣的人或團體可說已看得煩透了,對正義這個詞也聽膩了,不知何時內心深處總有什麼都不能相信的念頭。因此,在公司裏他和每個人都處得不錯,其實心裏沒相信過任何人。透過現實生活,他了解到各人各有打算,為了模糊自私的焦點所以提出善意啦、正確的方向啦等等的主張。他自己也承認這些,所以才能度過無波亦無浪的人生。

  然而,現在孤零零的一人,磯邊總算明白生活和人生根本是截然不同的。自己為了生活和許多人來往,其實,在他的生命真正接觸的,不能不承認只有母親和妻子二人。

  「你,到哪裏去了呢?」

  他又向河裏呼喚。

  河流接受他的呼喚,仍默默地流著。在銀色的沈默中,具有某種力量。如河流至今為止包容許多人的死、將它送到來世那樣,也傳送了坐在河床岩石上男子的人生聲音。(第247~250頁)