世界文学全集のためのメモ 11 『伊勢物語』

日本語編 4

『伊勢物語』
10世紀

原文・口語訳
『新編日本古典文学全集12 』(小学館、1994年) pp. 113-226

フランス語訳
Contes d’Ise (traduit par Gaston Renondeau, Paris: Gallimard, 1969)

第4段

 むかし、ひんがしの五条に、大后おほきさいみやおはしましける西にしたいに、すむ人ありけり。それを、本意ほいにはあらで、心ざしふかかりける人、ゆきとぶらひけるを、正月むつきの十日ばかりのほどに、ほかにかくれにけり。あり所は聞けど、人のいき通ふべき所にもあらざりければ、なほしと思ひつつなむありける。またの年の正月むつきに、梅の花ざかりに、去年こぞを恋ひていきて、立ちて見、ゐて見、見れど、去年に似るべくもあらず。うち泣きて、あばらなる板敷いたじきに、月のかたぶくまでふせりて、去年を思ひいでてよめる。

  月やあらぬ春やむかしの春ならぬわが身ひとつはもとの身にして

とよみて、のほのぼのと明くるに、泣く泣くかへりにけり。

 昔、東の京の五条に、大后おおきさいみやがおられたおやしきの西のたいに住む女人があった。その人を、本心からというふうではなかったが、じつは深く思い慕っていた男が、訪れてはいたのだが、正月十日あたりのころに、その女人は、よそに姿を隠してしまった。どこそこにいる、とは聞き知ったが、それは特別な人でないかぎり行き通うことができる所でもなかったので、男はそのまま憂鬱ゆううつな気持で、過ごしていたというわけだった。翌年の正月がめぐってきて、梅の花が盛りと咲いている、そうした時に、男は去年を恋しく思い、五条ごじようの西のたいに行って、立って見たり、すわって見たりなどして、あたりを見まわしたが、去年眺めた感じとはまるでちがう。男はさめざめと泣いて、住む人もなく、几帳きちようや敷物など取り払ってがらんとした板敷に、月が西の方に傾くまでじっとせって、わいてくる去年の思い出を歌にした。

月やあらぬ……(月は昔の月ではないのだろうか、春は昔の春ではないのだろうか、みな移ろい行ったようだ。私の身一つはもとのままなのに、あの人もいないのだ)

男はこう詠んで、夜がほのぼのと明けるころに、涙ながらに帰っていった。(pp. 115-116)

Jadis, dans Gojô de l’Est, une personne habitait dans le pavillon de l’Ouest du Palais de l’impératrice-douairière. Sans y voir le but essentiel de sa vie, un certain homme la fréquenta assidûment. Vers le 10 de la première lune elle disparut subtement. Il apprit où elle était, mais comme c’était un endroit qu’il lui était impossible de fréquenter, il vécut dans des pensées pénibles. A la première lune de l’année suivante, les pruniers étant en pleine fleur, l’homme retourna à Gojô pour y retrouver les souvenirs chers de l’année passée. Il regarda debout, il regarda assis : rien ne ressemblait à ce qui était l’an passé. Pleutant à chaudes larmes il se coucha sur le plancher grossier jusqu’à ce que la lune descendît sur l’horizon et, se remémorant le passé, il composa [ce poème] :

 

La lune n’est plus la même

Le printemps n’est plus

Le printemps d'autrefois

Moi seul

N'ai pas changé.

 

Tels sont les vers qu’il écrivit. Lorsque l’aurore parut, pleurant, pleurant, il s’en retourna. (pp. 21-22)

第21段

 むかし、男女をとこをんな、いとかしこく思ひかはして、ことごころなかりけり。さるを、いかなることかありけむ、いささかなることにつけて、世の中をしと思ひて、いでていなむと思ひて、かかる歌をなむよみて、物に書きつけける。

  いでていなば心かるしといひやせむ世のありさまを人はしらねば

とよみ置きて、いでていにけり。この女、かく書き置きたるを、けしう、心置くべきこともおぼえぬを、なにによりてか、かからむと、いといたう泣きて、いづかたに求めゆかむと、かどにいでて、と見かう見、見けれど、いづこをはかりともおぼえざりければ、かへり入りて、

  思ふかひなき世なりけり年月としつきをあだにちぎりてわれやすまひし

といひてながめをり。

  人はいさ思ひやすらむ玉かづらおもかげにのみいとど見えつつ

 この女、いと久しくありて、ねんじわびてにやありけむ、いひおこせたる。

  いまはとて忘るる草のたねをだに人の心にまかせずもがな

返し、

  忘れ草うとだに聞くものならば思ひけりとはしりもしなまし

またまた、ありしよりけにいひかはして、男、

  忘るらむと思ふ心のうたがひにありしよりけにものぞ悲しき

返し、

  中空なかぞらにたちゐる雲のあともなく身のはかなくもなりにけるかな

とはいひけれど、おのが世々よよになりにければ、うとくなりにけり。

 昔、男と女とが、たいそう深く愛しあって、他の人に心を移すことがなかった。それなのに、どんなことがあったのだろう、ちょっとしたことにつけて、女は夫婦の仲をいものに思って、出て行こうと思って、こんな歌を詠んで、物に書きつけた。

いでていなば……(ここを出て行ったなら、心の浅い女よと、世間の人は言うでしょうか。私たちの夫婦の仲のさまを知らないから)

と詠み置いて、去ってしまった。この女が、こう書き残していったのを見て、男は、どうもわからない、自分にへだごころをいだくようなことも思いあたらぬのに、どうしてこうなのだろうど、たいそうひどく泣いて、どこに探し求めに行こうかと、門に出て、あちこち見渡したが、どのあたりとも思いあたらなかったので、家の中にもどってきて、

思ふかひ……(いくらいとしく思っても甲斐かいのない仲であったなあ。いままでの年月を、むだな約束固めをして、私は縁を結んでいたのだろうか)

と詠んで、物思いに沈んでいる。男はまた詠んだ。

人はいさ……(あの人は私を思っているのだろうか、えないからわからない。でも、私にはあの人の姿が、幻となってありありと見えるのだが)

 この女は、たいそう久しくたって、こらえきれなくなってであろうか、歌を詠んでよこした。

いまはとて……(いまはもうこれかぎりといって、私を忘れてしまう、そんな忘れ草の種だけでも、あなたの心にかせたくないものです)

返しの歌、

忘れ草……(せめて、私が人忘れの忘れ草を植えている、とだけでもお聞きになったなら、それであなたを思っていたのだということが、おわかりにもなるでしょうよ)

その後、二人は、またまた以前にもまして語らいあって、男が、

忘るらむと……(あなたが私を忘れているだろうと、あなたの心が疑わしく思われるので、以前にもまして悲しい気持になります)

と詠むと、女は返しの歌に、

中空なかぞらに……(中空に浮びただよっている雲が、あとかたもなく消えるように。わが身も、はかなくよりどころもないものになってしまいました)

とは詠んだけれど、それぞれ別に愛人を得て暮すようになってしまったので、二人の間はうとくなってしまった。(pp. 132-134)

Jadis, un homme et une femme étaient profondément épris l’un de l’autre et n’avaient que leur amour en tête. Que se passa-t-il ? Une chose insignifiante lui ayant fait prendre leur existence en aversion, [la femme] partit laissant ce poème écrit sur un objet :

 

Si je m’en vais

[C’est que] mon cœur est volage,

dira-t-on.

[Mais] c’est parce que l’état d’esprit des époux,

Le monde ne le connaît.

 

Ayant écrit ces vers, elle partit. L’homme, voyant ces mots [laissés par sa femme], ne se rappelait pas ce qui avait pu la blesser tellement. Il pleura beaucoup. Cherchant quelle direction elle avait prise, il alla au portail, regarda à droite, à gauche, mais ne l’apercevant pas, il rentra et composa ces vers :

 

Sans valeur

Était notre liaison.

Des mois et des ans

Ai-je vécu

Dans de vains engagements ?

 

Il demeura les yeux perdus dans le vague [puis écrivit] :

 

Ma femme… eh bien…

Pense-t-elle-à [sic] moi ?

Quant à moi

Son image si belle

Ne quitte pas mes yeux.

 

La femme, longtemps après cela, pensait [au passé] et était malheureuse; elle lui envoya ceci :

 

Maintenant [il est tard]

Mais des graines

De l’herbe d’oubli

En votre cœur

Je voudrais n’avoir pas semé.

 

Il répondit :

 

Si, du moins, j’apprenais

Que tu fais pousser [en ton cœur]

L’herbe d’oubli,

Je saurais que tu m’aimais.

 

Alors leurs relations furent encore meilleures que dans le passé. L’homme :

 

Ne m’oubliera-t-elle pas ?

Pense mon cœur

En proie au doute.

Plus que jadis

J'en suis attristé.

 

Elle répondit :

 

Les nuages

Qui s’élèvent dans le ciel

Ne laissent pas de trace.

Comme eux je suis

Devenue éphémère.

 

Ainsi parlèrent-ils ; toutefois comme chacun d’eux s’était lié de son côté avec quelqu’un d’autre, ils se redevinrent mutuellement étrangers. (pp. 45-47)