世界文学全集のためのメモ 5 『猟銃』 井上靖

日本語編 2

井上靖
1907-1991

『猟銃』
1949

原文
①『文學界』第3巻第8号(1949年10月) pp. 8-36(初出)
②『井上靖全集第一巻』(新潮社、1995年) pp. 457-494

フランス語訳
Yasushi Inoué, Le Fusil de chasse (traduit par Sadamichi Yokoo, Sanford Goldstein et Gisèle Bernier, Paris: Librairie Générale Française, 1992)

恐ろしいのでも、怖いのでもありません。ただ悲しいのです。悲しみで、舌がしびれて仕舞ふのです。おぢさまが悲しいのでも、母さんが悲しいのでも、私自身が悲しいのでもありません。何もかもが、私を取り卷いてゐる靑い空󠄁も、十月の陽の光りも、百日紅の木の肌も、風で動く竹の葉も、そして水も石も土も、目に見える自然のすべてが、口を開かうとする瞬間に、悲しい色に塗りかへられて仕舞ふのです。私は母さんの日記を讀んだあの日から、私を取卷く自然と言ふものが、一日二三回、多い時は五六回も、陽のかげるやうに、忽ち悲しい色に塗りかへられる事を知りました。おぢさまと母さんの事をふと思ひ浮󠄁べただけで、忽ち私を取卷く世界は、全󠄁く變つたものになつて仕舞ふのです。赤とか靑とかの繪具󠄁箱の三十何色の色のほかに、悲しい色と言ふものが、しかもはつきりと人間の目に見える、悲しい色と言ふものがある事を、おぢさまは御存じでせうか。

 私はおぢさまと母さんの事で、誰にも祝󠄀福󠄁されない、祝󠄀福󠄁されてはならない愛情󠄁と言ふもののある事を知りました。おぢさまと母さんの愛情󠄁は、おぢさまと母さんだけが知つていらつしやる事で、他の誰も知らないのです。みどりおばさまも知らない、私も知らない、親戚の誰も知らない。お隣りの人も、お向ひの人も、どんな親しいお友達󠄁も絕對に知らない、又知つてはならないものでした。母さんが亡くなると、おぢさまだけが知つていらつしやる。そしてそのおぢさまも亡くなつて仕舞ふと、もうこの地球上では、さうした愛情󠄁と言ふものが存在してゐた事さへ、想像する人は誰一人ゐないのです。私は今まで愛と言ふものは、太陽のやうに明るく、輝しく、神󠄀にも人にも、永遠󠄁に祝󠄀福󠄁されるべきものだと信じてゐたのです。淸らかな小川のやうに、陽の光りに美しく輝き、風に吹かれると無數の優しい小波を立て、岸の澤山の草や木や花にやさしく緣どられ、絕えず淸らかな音󠄁樂を奏でながら、それ自身次󠄁第に大きく育つて行く、さうしたものをこそ、愛であると思ひ込󠄁んでゐたのです。どうして陽の光りも射さず、何處から何處へ流れて行くかも知られない、地中深くひそかに橫たはつてゐる、一筋の暗󠄁渠のやうな愛と言ふものを想像できたでせう。(pp.  12-13)

恐ろしいのでも、怖いのでもありません。ただ悲しいのです。悲しみで、舌がしびれて仕舞うのです。おじさまが悲しいのでも、母さんが悲しいのでも、私自身が悲しいのでもありません。何もかもが、私を取り巻いている青い空も、十月の陽の光も、百日紅さるすべりの木の肌も、風で動く竹の葉も、そして水も石も土も、目に見える自然のすべてが、口を開こうとする瞬間に、悲しい色に塗りかえられて仕舞うのです。私は母さんの日記を読んだあの日から、私を取り巻く自然と言うものが、一日二、三回、多い時は五、六回も、陽のかげるように、忽ち悲しい色に塗りかえられる事を知りました。おじさまと母さんの事をふと思い浮べただけで、忽ち私を取り巻く世界は、全く変ったものになって仕舞うのです。赤とか青とかの絵具箱の三十何色の色のほかに、悲しい色と言うものが、しかもはっきりと人間の目に見える、悲しい色と言うものがある事を、おじさまは御存じでしょうか。

 私はおじさまと母さんの事で、誰にも祝福されない、祝福されてはならない愛情と言うもののある事を知りました。おじさまと母さんの愛情は、おじさまと母さんだけが知っていらっしゃる事で、他の誰も知らないのです。みどりおばさまも知らない、私も知らない、親戚の誰も知らない。お隣の人も、お向いの人も、どんな親しいお友達も絶対に知らない、又知ってはならないものでした。母さんが亡くなると、おじさまだけが知っていらっしゃる。そしてそのおじさまも亡くなって仕舞うと、もうこの地球上では、そうした愛情と言うものが存在していた事さえ、想像する人は誰一人いないのです。私は今まで愛と言うものは、太陽のように明るく、輝かしく、神にも人にも、永遠に祝福されるべきものだと信じていたのです。清らかな小川のように陽の光に美しく輝き、風に吹かれると無数の優しい小波を立て、岸の沢山の草や木や花にやさしく縁どられ、絶えず清らかな音楽を奏でながら、それ自身次第に大きく育って行く、そうしたものをこそ、愛であると思い込んでいたのです。どうして陽の光も射さず、何処から何処へ流れて行くかも知られない、地中深くひそかに横たわっている、一筋の暗渠あんきよのような愛と言うものを想像できたでしょう。(pp. 462-463)

Non que je sois remplie d’effroi ou d’horreur : je ne le suis que de tristesse. Ma langue est paralysée par le chagrin, par un chagrin qui ne concerne pas seulement Mère, ou vous, ou moi, mais qui embrasse toutes choses : le ciel bleu au-dessus de moi, le soleil d’octobre, l’écorce sombre des myrtes, les tiges de bambou balancées par le vent, même l’eau, les pierres et la terre. Tout ce qui dans la nature frappe mon regard se colore de tristesse quand j’essaie de parler. Depuis le jour où j’ai lu le Journal de Mère, j’ai remarqué que la Nature changeait de couleur plusieurs fois par jour, et qu’elle en change soudainement, comme à l’instant où le soleil disparaît, caché par des nuages. Dès que ma pensée se porte vers vous et Mère, tout ce qui m’entoure devient autre. Le saviez-vous ? En plus des trente couleurs au moins que contient une boîte de peinture, il en existe une, qui est propre à la tristesse et que l’œil humain peut fort bien percevoir.

Ce que je sais de vos relations avec Mère montre qu’il s’agissait d’un amour que nul n’approuve et que nul ne saurait approuver. Vous seul et Mère savez quel fut cet amour partagé,   et personne d’autre. Votre femme Midori n’en sait rien. Je n’en sais rien moi-même. Aucun de nos parents ne le sait. Nos plus proches voisins et ceux qui habitent de l’autre côté de la rue, même nos amis les plus chers, n’en savent rien. Maintenant que Mère est morte, vous êtes seul à savoir. Et le jour où vous quitterez ce monde, nul être sur cette terre n’imaginera qu’un tel amour ait jamais existé. Jusqu’à présent, je croyais que l’amour était semblable au soleil, éclatant et victorieux, à jamais béni de Dieu et des hommes. Je croyais que l’amour gagnait peu à peu en puissance, tel un cours d’eau limpide qui scintille dans toute sa beauté sous les rayons du soleil, frémissant de mille rides soulevées par le vent et protégé par des rives couvertes d’herbe, d’arbres et de fleurs. Je croyais que c’était cela, l’amour. Comment pouvais-je imaginer un amour que le soleil n’illumine pas et qui coule de nulle part à nulle part, profondément encaissé dans la terre, comme une rivière souterraine ? (pp. 21-22)

是までだつて、私は愛人として自分󠄁に恥ぢないやうな相手は殘念ながら一人も發見いたして居りません。襟足の手入れが行き屆いてレモンの切口のやうにすかあつとして居り、腰の線が羚羊のやうに淸潔でしかも逞しい、このたつた二つの條件すら、滿足に具󠄁へた男性はさうざらに轉つては居りません。殘念乍ら、その昔一人の新妻が脊の君に心惹かれた最初の悅びは、十年の今日に至るもこのやうに強いものでございます。羚羊と言へば、何時かシリア沙漠の眞中で、羚羊の群れと一緒に生活してゐた裸體の少年が發見された事が新聞に出て居りました。ああ、あの寫眞の美しかつたこと。蓬髮の下の橫顏の冷たさ、時速󠄁五十マイルを走ると言ふすんなりと伸びた双脚の魅力! いま思つてもあの少年にだけは、異樣な血潮󠄀の高鳴りを覺えます。知的とはああ言ふ顏、野性的とはああ言ふ姿󠄁態を言ふのでございませうか。

 あの少年をかいま見た眼には、もうどんな男性もなべて通󠄁俗でひどく退󠄁屈のやうでございます。貴方の妻にかりそめにも不貞な心の火花が散つた時があつたとしたら、まあ羚羊少年に心惹かれた時ぐらゐでございませうか。あの少年のひきしまつた皮膚が沙漠の夜露に濡れた時を想像すると、いいえ、それよりあの少年の持つた稀有な運󠄁命の淸冽さを思ふと、今でも私の心は狂ほしく波立つて參ります。(p. 21)

これまでだって、私は愛人として自分に恥じないような相手は残念ながら一人も発見いたして居りません。襟足の手入れが行き届いてレモンの切口のようにすかあっとして居り、腰の線が羚羊かもしかのように清潔でしかも逞󠄁しい、このたった二つの条件すら満足に具えた男性はそうざらに転がっては居りません。残念ながら、その昔一人の新妻が背の君に心惹かれた最初の悦びは、十年の今日に至るもこのように強いものでございます。羚羊と言えば、何時かシリア沙漠の真中で、羚羊の群れと一緒に生活していた裸体の少年が発見された事が新聞に出て居りました。ああ、あの写真の美しかったこと。蓬髪の下の横顔の冷たさ、時速五十マイルを走ると言うすんなりと伸びた双脚の魅力! いま思ってもあの少年にだけは、異様な血潮の高鳴りを覚えます。知的とはああ言う顔、野性的とはああ言う姿態を言うのでございましょうか。

 あの少年をかいま見た眼には、もうどんな男性もなべて通俗でひどく退屈のようでございます。貴方の妻にかりそめにも不貞な心の火花が散った時があったとしたら、まあ羚羊少年に心惹かれた時ぐらいでございましょうか。あの少年のひきしまった皮膚が沙漠の夜露に濡れた時を想像すると、いいえ、それよりあの少年の持った稀有な運命の清冽さを思うと、今でも私の心は狂おしく波立って参ります。(p.  474)

Une nuque charmeuse et soignée, un corps jeune et robuste comme celui d’une antilope… peu d’hommes satisfont à ces deux simples conditions. Je regrette d’avouer que je fus, tout d’abord, à ce point fascinée par mon mari au début de mon mariage que même aujourd’hui, après plus de dix ans, je ne puis résister à son attirance.

À propos d’antilopes, je me rappelle avoir lu dans les journaux que l’on avait découvert dans le désert de Syrie un garçon tout nu, qui partageait la vie des antilopes. Quelle admirable photographie ! Ah ! La netteté de ses traits, sous les cheveux fous, la beauté de ses jambes, capables, disait-on, de courir à cinquante milles à l’heure ! Même aujourd’hui je me sens frémir au souvenir de ce garçon. L’intelligence, tel est bien le mot qui dépeint un tel visage, et l’animalité, celui qui, je pense, définit semblable corps !

Depuis que j’ai contemplé la photographie de ce garçon, tous les hommes me paraissent banals. Si jamais un désir impur a embrasé le cœur de ta femme, cela s’est fait dans l’instant où je fus fascinée par le garçon-antilope. Quand je me représente son corps tendu, tout moite de la rosée du désert – ou plutôt quand je pense à la simplicité de son extraordinaire destinée, – même aujourd’hui, je me sens pénétrée d’un sentiment étrange, comme sauvage. (pp. 45-46)

 愛する、愛される、なんて悲しい人間の所󠄁業でせう。女學校の二年か三年の頃のことでした。英文法の試驗の時、動詞の能働態〔アクテイブ〕と受働態〔パツシブ〕の問題が出たことがあります。打つ、打たれる、見る、見られる、さうした澤山の單語の中に混つて、愛する、愛されると言ふ二樣の眩ゆい言葉が並んで居りました。皆が鉛󠄂筆をなめなめ問題と睨めつこしてゐる最中、たれの惡戱だつたでせうか、背後から一枚の紙片がそつと廻つて參りました、見るとそれには、貴孃は愛することを希むや、愛されることを希むや、と二樣の文句が二樣に認󠄁められてありました。そして愛されることを希むといふ文字の下には、インキや靑や赤思ひ思ひの鉛󠄂筆で、澤山のまる印しがつけられてあり、一方の愛することを希むといふ欄󠄀には、ただ一つの共鳴者󠄁のサインも附せられてないのでした。私の場合もまた決して例外ではなく、愛されることを希むといふ文字の下に、一個の小さいまるを附加したものでした。愛することも、愛されることも、それが如何なることを意味するか、詳しくは知らない十六七の少女の頃でさへ、旣に愛されるといふ事の幸福󠄁を本能的に嗅ぎ分󠄁けてゐるものでせうか。

 併しその試驗の時、ただ一人私の隣席の少女だけは、私からその紙片を受取ると、それにちらりと視󠄁線を移してゐましたが、殆どなんの躊躇もせず、ただ一つのサインも持たない空󠄁白の欄󠄀に、太い鉛󠄂筆でくるりと一個の大きいまるを書き記しました。私は愛することを希むと。その時、私はなぜか、その少女の妥󠄁協しない態度に小僧󠄁くらしさを覺えたと同時に、さつと𨻶をつかれたやうな戶惑ひを感じたのを、いつまでもはつきりと覺えてゐます。その少女は級󠄁ではあまり成󠄁績のよくない、どこかに、陰氣な影を持つた目立たない少女でした。髮が赤茶けてゐて、いつも一人ぽつちだつたその少女は、その後いかに成󠄁人したか知る由もありませんが、二十數年を經た今日、このお手紙を認󠄁めながら、その孤獨な少女の面差しが、なぜかしきりに先程から思ひ出されて來るのです。

 女が人生の終󠄁りで、靜かに橫たはつて死の壁の方に顏を向ける時、愛された幸福󠄁を滿喫󠄁した女と、幸少なかつたが、私は愛したと言ひ切れる女と、果して神󠄀はどちらに靜かな休息を與へられることでせうか。併し一體この世に、神󠄀の前󠄁で私は愛しましたと言ひ切れる女があるもので御座いませうか。いいえ、やはりあるに違󠄂ひありません。あの髮薄󠄁い少女は、あるひはさうした選󠄁ばれた數少ない女の一人に成󠄁人したかも知れないのです。髮を振り亂し、全󠄁身傷だらけになり、裂け破れた衣服󠄁をまとひ、そしてその女は昻然と顏を上げて、私は愛しましたと言ふでせう。さう言ひ終󠄁つて息絕えることでせう。(pp. 34-35)

 愛する、愛される、なんて悲しい人間の所業でしょう。女学校の二年か三年の頃のことでした。英文法の試験の時、動詞の能動態アクテイブ受動態パツシブの問題が出たことがあります。打つ、打たれる、見る、見られる、そうした沢山の単語の中に混じって、愛する、愛されると言う二様の眩い言葉が並んで居りました。皆が鉛筆をなめなめ問題と睨めっこしている最中、たれの悪戯だったでしょうか、背後から一枚の紙片がそっと廻って参りました。見るとそれには、貴嬢は愛することをのぞむや、愛されることを希むや、と二様の文句が二様に認められてありました。そして愛されることを希むという文字の下には、インキや青や赤思い思いの鉛筆で、沢山のまる印がつけられてあり、一方の愛することを希むという欄には、ただ一つの共鳴者のサインも附せられてないのでした。私の場合もまた決して例外ではなく、愛されることを希むという文字の下に、一個の小さいまるを附加したものでした。愛することも、愛されることも、それが如何なることを意味するか詳しくは知らない十六、七の少女の頃でさえ、既に愛されるという事の幸福を本能的に嗅ぎ分けているものでしょうか。

 しかしその試験の時、ただ一人私の隣席の少女だけは、私からその紙片を受け取ると、それにちらりと視線を移していましたが、殆どなんの躊躇もせず、ただ一つのサインも持たない空白の欄に太い鉛筆でぐるりと一個の大きいまるを書き記しました。私は愛することを希むと。その時、私はなぜか、その少女の妥協しない態度に小僧らしさを覚えたと同時に、さっと隙をつかれたような戸惑いを感じたのを、いつまでもはっきりと覚えています。その少女は級ではあまり成績のよくない、どこかに、陰気な影を持った目立たない少女でした。髪が赤茶けていて、いつも一人ぽっちだったその少女は、その後いかに成人したか知る由もありませんが、二十数年を経た今日、この手紙を認めながら、その孤独な少女の面差しが、なぜかしきりに先程から思い出されて来るのです。

 女が人生の終りで、静かに横たわって死の壁の方に顔を向ける時、愛された幸福を満喫した女と、幸せ少なかったが、私は愛したと言い切れる女と、果して神はどちらに静かな休息を与えられることでしょうか。しかし一体この世に、神の前で私は愛しましたと言い切れる女があるもので御座いましょうか。いいえ、やはりあるに違いありません。あの髪薄い少女は、あるいはそうした選ばれた数少ない女の一人に成人したかも知れないのです。髪を振り乱し、全身傷だらけになり、裂け破れた衣服をまとい、そしてその女は昂然と顔を上げて、私は愛しましたと言うでしょう。そう言い終って息絶えることでしょう。(pp. 492-493)

Aimer, être aimée ! Nos actes sont pathétiques. À l’époque où j’étais en seconde ou troisième année, à l’école de filles, dans une composition de grammaire anglaise, nous fûmes questionnées sur l’actif et le passif des verbes. Frapper, être frappé ; voir, être vu. Parmi bien des exemples de cette sorte brillait ce couple de mots : aimer, être aimé. Comme chaque élève examinait le questionnaire avec attention et réflexion et suçait la mine de son crayon, l’une d’elles, non sans malice, mit en circulation un bout de papier, et la fille qui se trouvait derrière moi me le fit passer. Quand je l’eus sous les yeux, j’y trouvai la double question suivante : désires-tu aimer ? Désires-tu être aimée ? Et sous les mots « désires-tu être aimée » de nombreux cercles avaient été tracés à l’encre, au crayon bleu ou rouge. Au contraire, sous les mots « désires-tu aimer » ne figurait aucun signe. Je ne fis pas exception, et j’ajoutai un cercle de plus au-dessous de « désires-tu être aimée ». Même à seize ou dix-sept ans, alors que nous ne savons pas tout à fait en quoi consiste « aimer » ou « être aimée », nous autres femmes, nous semblons connaître déjà d’instinct le bonheur d’être aimées.

Mais, au cours de cette composition, l’élève assise à côté de moi prit le bout de papier, y jeta un coup d’œil, puis, sans hésiter, elle traça un grand cercle, d’un coup de crayon appuyé, à l’endroit où ne figurait aucun signe. Elle, elle désirait aimer. Même aujourd’hui, je me rappelle très bien qu’à ce moment, je me sentis déconcertée, comme si l’on m’eût attaquée soudain par traîtrise ; toutefois, au même instant, j’éprouvai un léger sentiment de révolte, à cause de l’attitude intransigeante de ma compagne. C’était une des élèves les plus ternes de notre classe, une fille effacée, plutôt renfermée. Je ne sais quel avenir a été le sien, avec ses cheveux tirant sur le châtain, et qui restait toujours seule. Mais aujourd’hui, tandis que j’écris cette lettre, après plus de vingt ans déjà, le visage de cette fille solitaire s’impose à moi, comme s’il ne s’était écoulé qu’un temps très bref. (pp. 83-84)