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堀辰雄『風立ちぬ』の英語版を日本語に訳してみる 1

翻訳(主に日本語への翻訳)というものになんとなく興味があって、しかしいざ日本語に訳してみると日本語力がなさすぎてごつごつした訳文しか書けないのがずっと悲しくて、もっといい日本語を書けるようになりたいと思ってきた。

そのために一つの試みとして、堀辰雄の『風立ちぬ』の英語版を日本語に訳して原文と比べるということを始めてみたので、少しずつブログの記事にしてみようと思う。日本文学の翻訳を日本語に訳し直してから原文を見ることで、日本語の使いこなし方を学べるのではないか、という思いつきだ。

ぼくの訳が原文と同じになれば勝ちというゲームではなく、ぼくの日本語と原文を比べることで、今のぼくが自分で使いこなせない日本語を学び取っていきたい。

題材として『風立ちぬ』を選んだのは単純に文体が好きだからだ。もしこれが続けばいろいろな別の作品でもやってみたい。英訳を使うのにもそれほど深い理由はない。以前フランス語を勉強していたときに、同じことを考えてフランス語版の最初の一段落だけ日本語に訳してみたことがあるが、今回は日本語を学ぶのが目的なので、フランス語より楽に読める英語を使う。ただしフランス語版も適宜参照していくつもりではある。

今回は最初の段落を訳してみた。原文では3文だ。1文目から順々に見ていく。

[英語版]Day after summer day I lay in the lush meadow of pampas grass under the shade of a white birch while you stood nearby, absorbed in your painting.

[英語版の日本語訳]夏の間、私は来る日も来る日も青々と茂った葦の草原の白樺の木陰で横になっていた。お前はその近くに立って絵を描くことに没頭していた。

[原文]それらの夏の日々、一面に薄の生ひ茂つた草原の中で、お前が立つたまま熱心に絵を描いてゐると、私はいつもその傍らの一本の白樺の木蔭に身を横たへてゐたものだった。*1

自分の訳文を作ってから原文を見て、まずなるほどと思ったのが「一面に薄の生ひ茂つた草原」(the lush meadow of pampas grass) という表現だ。ぼくは辞書にあった lush の訳語を使って「青々と茂った葦の草原」と訳した。こういうところで「一面に」「生い茂る」という言葉が思い浮かぶというのが、ぼくの理想とする日本語力だ。そんなもの永久に手に入らないのかもしれないけれど、手に入るとすれば、一つ一つの言葉と丹念に向き合うことによってでしかないだろう。外国語を学んだときのように、辞書の用例を書き写してみる。

池には氷が一面に張っている。
The pond is frozen over.
峠を越えると一面の草原が目に飛び込んできた。
As we crossed over the pass, an expanse of grassland confronted our eyes.

樹木の生い茂った丘
a ⸢thickly [heavily] wooded hill.*2

you stood [...], absorbed in your painting は、ぼくは「立って絵を描くことに没頭していた」と訳したが、原文の「立つたまま熱心に絵を描いてゐる」は「立つたまま」がよく効いている。「立っていると大変だろうに、座りもしないで」というニュアンスを感じる。

この文型〔「PたままQ」〕を使うのは「Pた」という状態が動作Qにそぐわないものである場合が普通です。

(5) a.   ネクタイを締めたまま寝てしまった。
  b. ネクタイを締めたまま出かけた。

(5)bが不自然なのは、「ネクタイを締めた」状態と「出かける」という動作が当たり前の組み合わせであるためです。この場合には、「~て」を使って次のように表現すると自然になります。

(5)' ネクタイを締め出かけた。*3

この最初の文全体を見ると、ぼくは英語の順番(I → you)のまま訳そうとした結果苦しくなって2文に分けたが、ここでは順番ではなく、文法的に I が主で you が従という関係に忠実に、1文で訳した方がよかった。ぼくの訳は一番最初の文に「お前」が出てこずに「私」のことだけ語っていてどうにも格好がつかない。

あと、ぼくの訳が読みにくい理由の一つは、「一面に薄の生ひ茂つた草原の中で」にあたる部分を、「私は」の後に入れたことだ。英語版の通りといえばそうなのだが、この部分は「私」にも「お前」にも当てはまることなので、ここにある必要もない。原文はこれを前に出して、we → you → I の順で「それらの夏の日々、一面に薄の生ひ茂つた草原の中で、/お前が〔……〕描いてゐると/私は〔……〕身を横たへてゐたものだった」と整然と情報を並べている。

ここまでは素直に参考にしたい点だが、一方で、原文にある表現の中で、ぼくが使わなかったことにぼくなりの理由があるものもある。ぼくが翻訳調と見なして意識的か無意識的に避けている言い回しが、原文には随分と出てくる。

まず冒頭の「それらの夏の日々」は「あの夏の日々」の方が自然な日本語だと思うし*4「身を横たへてゐた」とわざわざ他動詞を使うのはフランス語の s'allonger やドイツ語の sich legen などのにおいがする。でも「あの夏の日々」「横になっていた」が与える俗っぽい感じを原文は見事に免れているのも確かだ。

あとは「草原の中で」の「の中」と、「一本の白樺」の「一本の」は、ぼくはつけていない。こういうのをつけない方が日本語らしいという思い込みがぼくにはあるが、「の中」や「一本の」が不自然だと感じる人は多分ほとんどいないだろうし、ここではつけた方が絵がくっきりしてよさそうな気がする。

2文目に進む。

[英語版]When evening came and you finished your work, you came to my side. Our hands on each other's shoulders, we gazed at the far horizon overlaid with towering clumps of clouds edged in red.

[英語版の日本語訳]夕方になってお前の仕事が終わると、お前は私の隣にやって来た。私たちは肩を組んで、縁の赤いそびえる雲のかたまりに覆われた遠い地平線を見つめていた。

[原文]さうして夕方になつて、お前が仕事をすませて私のそばに来ると、それからしばらく私達は肩に手をかけ合つたまま、遥か彼方の、縁だけあかね色を帯びた入道雲のむくむくした塊りに覆はれてゐる地平線の方を眺めやつてゐたものだつた。

まず語彙的なところから挙げていく。

始めの「さうして」は4文字で時間の流れを強く印象づける言葉だ。

our hands on each other's shoulders は「肩を組む」のことだろ、と思ったが、原文は「肩に手をかけ合つたまま」となっていた。「肩を組む」では hands なのか arms なのか分からないし、どこか文学的でない感じがする。

far horizon「遥か彼方の〔……〕地平線」

towering clumps of clouds「入道雲のむくむくした塊り」(これは訳文として思いつく人はさすがにいないだろうけれど)。

「眺めやる」という言葉もすごく美しい。こういう複合動詞はなかなか使いこなせない。

ながめ‐や・る【眺遣】〘他ラ四〙1物思いに沈んだり感情をこめたりしながら遠くを見やる。はるかに思いをはせながら、そちらの方を見やる。*5

この文も、ぼくが(英訳通りに)2文にしたのに対して、原文は1文になっている。長い文だが読みにくはない。ぼくが「お前の仕事が終わると、お前は私の隣にやって来た。私たちは〔……〕」と「お前」を繰り返してしまったところが、原文ではお前が仕事をすませて私のそばに来ると、〔……〕私達は〔……〕」とすっきりと書かれている。

「私達は」の後にも、良い日本語のために参考にできる点が2つある。1つめは、またもや「まま」だ。

2 …まま(で)
〔……〕
 瞬間的な動作を表す動詞が使われて、その結果が続いた状態で、次の動作や事態が行われるという場合に使う。二つの動詞の主語は同じでなければならない。
(誤) 電車はこんでいて、山田さんは立ったまま、私はすわっていた。
(正) 電車はこんでいて、山田さんは立ったままだったが、私はすわっていた。
(誤) 彼が待っているまま、私は他の人と話していた。
(正) 彼を待たせたまま、私は他の人と話していた。*6

「私達は肩に手をかけ合つたまま、」と読むと、その後に「私達」の動作が続くことを、確信を持って予期できる。だからこそ、文末の「眺めやつてゐたものだつた」までにかなり長い目的語が挟まっていても、読み手は迷子にならずに済む。ぼくは「肩を組んで」と訳したが、これだと主語が変わる可能性がある。「私たちは肩を組んで、太郎と花子は手をつないだ」のような文もありうるので、「まま」の文よりも読むときの負荷が大きくなってしまう。

「まま」の後の目的語についても同じようなことがいえる。英訳の far horizon をぼくは「遠い地平線」と訳したが、原文では「遥か彼方の、〔……〕地平線」となっていて、この間に長い修飾語がある。「遥か彼方の」に修飾される名詞が後に来ることが明らかなので、何が来るか分からない文よりも、ずっと楽に読み進めることができる。

段落最後の文は全く意味が分からなかった。

[英語版]Turning finally from the darkening horizon, we felt something quickening there in the opposite direction.
[英語版の日本語訳]暗くなっていく地平線にようやく背を向けると、そこで何かが反対方向へと急いでいるのを感じた。
[原文]やうやく暮れようとしかけてゐるその地平線から、反対に何物かが生れて来つつあるかのやうに……

これはどうやら英訳がとんちんかんなようだ*7。ここでは「暮れる」という言葉だけを覚えておこう。

彼は日が暮れてから[暮れないうちに]帰って来た。
He came back after [before] dark.*8

最後はなんだか尻すぼみな感じになってしまったけれど、こういうこともあるのであまり一文一文で悩まずにどんどん先に進んでいこうと思う。ぼくの訳文のようにブログの書き方もぎこちないけれど、最初から完璧なものを目指すのではなく、とりあえずは書けることを書き散らしていきたい。

*1:原文は『堀辰雄全集』第1巻(筑摩書房、1977年)、英語版は Francis B. Tenny 訳 "The Wind Has Risen" (In: The Columbia Anthology of Modern Japanese Literature Volume 1: From Restoration to Occupation, 1868-1945, Columbia University Press, 2007)、フランス語版は Daniel Struve 訳 Le Vent se lève (Gallimard, 1993) から引用。

*2:『新和英大辞典』第5版(研究社)。

*3:松岡弘監修『初級を教える人のための日本語文法ハンドブック』(スリーエーネットワーク)p. 195。

*4:英訳が凝った訳し方をしているので今回は「夏の間、私は来る日も来る日も」と訳してみた。以前フランス語版から訳したときは、par ces journées d’été を「あの夏の日々」と訳していた。

*5:『精選版 日本国語大辞典』(小学館)。

*6:『教師と学習者のための日本語文型辞典』(くろしお出版)。

*7:ちなみに西洋語に翻訳不可能な文などでは決してない。フランス語の訳者は Comme si à cet horizon enfin gagné par l'obscurité quelque chose, au contraire, était en train de naître... とほぼ忠実に訳している。

*8:『ウィズダム和英辞典』第2版(三省堂)。

世界のある意味の狭さ

三好達治「数人の詩人に就て」1950年

 立原の詩は、それまでのいろんな詩人がきり開いた世界から、敏感な彼が彼の好みで選りすぐつて身につけた、さういふ語彙と語法とに、彼の若々しい青春をうちこんだ、そんな珍らしい出会ひの上に成立つてゐる。ここでは詩語の一つ一つが、これまでの日本語には見られなかつた小ささに、――といふのはそんな繊細な詩的単位に、うち砕かれた上で、それらが一つの強い(弱々しげに見えはしてもとにかく強い)みづみづしく新しい精神の上に、蝶の翼を彩る鱗粉のやうに配列されてゐる。詩語の単位が変化したことは、即ち彼の詩が全く新らしい発声を得たことであつた。この時代の詩人で、彼ほど語感に鋭敏な詩人は、他にゐなかつたと私は信ずる。彼の世界のある意味の狭さは、そこからまた由来するが、そんな世界の広狭などは、本来詩人にとつてどうでもいい二次的の問題にすぎない、そのことをもまた立原の詩自身がはつきり語つてきかせるだらう。深く深く、鋭く、純粋に、強く、そのうへ美しく、一つの心情を隈なく歌ふことができるなら、詩人の能事は了る。その狭さは、恐らくはその永遠性に外なるまい。立原の詩には、さういふ無比の強みがある。

(『三好達治全集第六巻』筑摩書房、1965年、p. 337)

北園克衛?(無署名)、1951年

 ひとびとがそのあまりの稀薄さのためにみすててしまつたもの、またはその構造の緻密さのために壊してしまうことしかできなかつたものについてぼくたちは考える。フルウトをよくすることができないものにとっては、その微妙なキイのメカニズムがなんの意味もないように、つねにポエジィをもとめながら、しかもポエジィの微妙を誹謗することに慣れたひとびとにたいしても、ぼくたちはたえず前進していかなければならない。ぼくたちのこんにちの実験の主題は明晰な稀薄さの世界を創造することである。

(『VOU』第35号、1951年8月、p. 2)

立原道造 実現はいつも僕らをうらぎる

立原道造(1914-1939)

①ノート 1933年5月

 よいものを読んだ後、何も書くな、何も言ふな、お前は、その美しい恍惚を、お前の汚れた言葉で汚す 恥知らずを敢てするな。……

(全集第3巻、p. 461)*1

②丸山薫宛書簡 1935年3月

 うたふといふことが小鳥であり気まぐれであるだけならばうたひたくありません。うたふといふことが湧いて来る源が自分自身だとつきとめてからうたひたいと思つて居ります。自分だけのものをうたひたいのです。

(全集第5巻、p. 119)

③生田勉宛書簡 1935年10月

 何か、たのしいこと――それは出来さうなのだ。しかし、可能と実行の間に深い溝があつた。僕は可能を信じることこそ人間にとつて希望であらうとも思つたが、それはさうではないらしいのだ。けれど僕にはたのしくない、これが人生であり、現実だと、そのままに肯定したくない気持がある。可能、(たのしくなる可能)と実行の溝に橋を架けること、それがいりようだといひたかつた。

 だが、多くの人は たのしくなる欲望を捨ててゐる。僕はそれを多く見た、また聞いた。これは、僕の心をなぜか重く苦しくする。

 如何にしても、僕はよろこびを、あがいてさへ、求めなければならない。

(全集第5巻、p. 178)

④「火山灰」(手記) 1935年8月?

 ここでは、私は何もしてゐない。けれどたつたひとつ、私は、生きてゐる! これは今まで私が思つてゐたよりずつとよいことなのだ。私は生きてゐる!

(全集第3巻、p. 39)

⑤「夏の旅」より「Ⅳ やすらひ――I・Tへの私信」 1935年11月

 昔むかし僕が夢を美しいと信じた頃、夢よりも美しいものは世になかつた。しかし夢よりも美しいものが今日僕をとりかこむでゐるといつたなら、それはどんなしあはせだらうか。信濃高原は澄んだ大気のなかにそばが花咲き、をすすきの穂がなびき、遠い山肌の皺が算へられ、そのうへ青い青い空には、信じられないやうな白い美しい雲のたたずまひがある。わづかな風のひびきに耳をすましても、それがこの世の正しい言葉をささやいてゐる。さうして僕は、心に感じてゐることを僕の言葉で言ひあらはさうとはもう思はない。何のために、ものを言ひ、なぜ訊くのだらう。あんなことを一しよう懸命に考へることが、どこにあるのだらう。Tよ、かうしてゐるのはいい気持。はかり知れない程、高い空。僕はこんなにも小さい、さうしてこんなにも大きい。

(全文。全集第1巻、p. 126)

⑥「火山灰」(手記) 1938年?

 夢がほんとうに美しい、そして実現はいつも僕らをうらぎる。計画だけを信じよう、ついえてしまふいろいろなこころみだけを。

(全集第3巻、p. 65)

⑦深沢紅子宛書簡 1938年9月

僕は眠つてゐるときにする顔をいましてゐるでせう。その顔はどんな顔だか知らないけれど、そんな僕を僕は心から愛します。それが僕のほんとうなのでせう。おしやべりのうそつきの僕はうそなのです。しかし僕はひとのまへにゐると、とめどなくうその僕をつくり出してしまひます。そして僕はそのかげにかくれてしまひます。そんな僕でなくなりたい。ほんとうの僕が気持のいい僕になりたいとおもひます。うそは十分に美しくなることが出来る、そして僕はそんないつはりを信じないわけではないけれど、いつはりのきづいた美しさよりもちがつたものがいまは欲しいのです。僕の今までの歌は何としやれてゐて美しいいつはりの花だつたかと、ひとのもののやうにそのまへに僕は立つてゐます。しかし、あれには僕が大切な僕がゐない。今の僕はもつとちがつた歌をうたひたいとおもひます。

 宮沢賢治をよんでゐたら、宮沢賢治もかなしいうそつきです。僕がいま欲しいのはあんないつはりの花ではありません。あれは美しい。しかし、あれにも大切な大切なものが欠けてゐる。なんだかわからない。しかしあれを僕は信じられない。何かほんとうのもの、僕たちのいつはりをさへほんとうにかへてしまふことの出来る不思議なもの、僕たちの内部にながれてゐるもの、それがうたひ出したらとおもひます。僕の欲しいのはそれだけです。宮沢賢治だつてその深みではうたつてゐないとおもふのは僕の歪みでせうか。

 もとは宮沢賢治にはあのイメージの氾濫でだけ反撥した。しかし今はもつとふかく反撥します。大切な大切なもののために。

(全集第5巻、pp. 443-444)

*1:引用はすべて筑摩書房の『立原道造全集』(第1巻 2006年、第3巻 2007年、第5巻 2010年)による。