世界文学全集のためのメモ 7 『ボヴァリー夫人』 ギュスターヴ・フローベール

フランス語編 5

Gustave Flaubert
ギュスターヴ・フローベール
1821-1880

Madame Bovary
『ボヴァリー夫人』
1857

日本語訳*1
①伊吹武彦訳『ボヴァリー夫人』1936/1960年(岩波文庫 上
②生島遼󠄁一訳『ボヴァリー夫人』1958/1965年(新潮文庫
③山田𣝣訳『ボヴァリー夫人』1965年(河出文庫、2009年
④白井浩司訳『ボヴァリー夫人』1967年(旺文社文庫
⑤杉捷夫訳『ボヴァリー夫人』1970年(筑摩書房『世界文学全集28』 pp. 5-288)
⑥菅野昭正訳『ボヴァリー夫人』1976年(集英社『集英社ギャラリー [世界の文学]7 フランスⅡ』1990年  pp. 9-313)
⑦芳川泰久訳『ボヴァリー夫人』2009年(新潮文庫

[Première partie, Chapitre IX]

Elles allaient donc maintenant se suivre ainsi à la file toujours pareilles, innombrables, et n’apportant rien ! Les autres existences, si plates qu’elles fussent, avaient du moins la chance d’un événement. Une aventure amenait parfois des péripéties à l’infini, et le décor changeait. Mais, pour elle, rien n’arrivait, Dieu l’avait voulu ! L’avenir était un corridor tout noir, et qui avait au fond sa porte bien fermée.

Elle abandonna la musique, pourquoi jouer ? qui l’entendrait ? Puisqu’elle ne pourrait jamais, en robe de velours à manches courtes, sur un piano d’Érard, dans un concert, battant de ses doigts légers les touches d’ivoire, sentir, comme une brise, circuler autour d’elle un murmure d’extase, ce n’était pas la peine de s’ennuyer à étudier. Elle laissa dans l’armoire ses cartons à dessin et la tapisserie. À quoi bon ? À quoi bon ? La couture l’irritait.

— J’ai tout lu, se disait-elle.

Et elle restait à faire rougir les pincettes, ou regardant la pluie tomber. (p. 88)*2

①伊吹武彦訳

 ではこれからは、その日その日がいつも同じように数限りなく、何物ももたらさず、こうしてつぎつぎにつづいて行くのか。ほかの人たちの生活はどんなに平凡でも、せめては事件の起こり得る機会はある。一つの出来事が時によると無限の波瀾をまねく。そして舞台が一変する。それだのに自分にはなにも起こらない。それが神様のお思召ぼしめしなのだ。未来は真暗な一筋の廊下だ、そしてその奥には戸がぴったりとしまっている。

 エンマは音楽を放擲した。ひいてなんになる。誰が聞いてくれる? 演奏会の席上、袖の短かいビロードのドレスを身にまとい、エラールのピアノに向って象牙󠄀のキーを軽やかにたたきながら、恍惚こうこつのささやきがあたりにただようのをそよ風のように感じることが、とうてい自分にできないのであってみれば、厭な思いで練習などするには及ばないのだ。エンマはデッサンの紙挾みや刺繡ししゆうを戸棚の中に捨てておいた。なんになる? なんになる? 裁縫しても気がいらいらした。

「もうなにもかも読みつくした」エンマはこうひとりごちた。

 そして火ばしを赤く焼いたり、雨の降るのを眺めたりした。(上 pp. 77-78)

②生島遼󠄁一訳

 これからこんな日が、永久に変わらず、数かぎりなく、なに一つもたらさずにつづいて行くのか。ほかの人々の生活はどんなに平凡であるにせよ、なにかが起こりうる機会はある。一つの出来事がときには無限の転変を呼び、舞台背景が変わる。だが、自分にはなに一つ起こらない。それが神意なのである。未来は真っ暗な一本の廊下で、そのつきあたりに扉󠄁がぴったりとざされていた。

 音楽をやめた。いたってなんになる? だれがきく? 音楽会でそでの短いびろーどのドレスをきて、エラール・ピアノにむかって象牙ぞうげのキーを軽快な指でたたきつつ、恍惚こうこつのささやきが身のまわりに走るのを徴風のように感じることができないのなら、わざわざ骨をおって練習しないでもいい。写生帳や刺繡も戸棚󠄁の中にうっちゃっておいた。なんになる? なんになる? 針仕事をするのは気がいらいらした。

 「なにもかもみんな読んでしまったし」と心につぶやく。

 そして火ばさみを真っ赤になるまで焼いたり、雨の降るのをじいっとながめたりした。(pp. 76-77)

③山田𣝣訳

 ではこうして、これからさき、いつも今日は昨日に、明日はまた今日に似た毎日が、数限りもなく、何物ももたらさずに、ずらずらと続いてゆくのか! ほかの人たちの生活は、たとえどんなに月並みでも、なにか事件のひとつぐらいは起こる機会があるものだ。ふとした出来事が機縁となって果てしない激変が起こることもあろう、がらりと舞台の背景が一変するきっかけにもなるだろう。ところが自分にはなにも起こらない。それが神様のおぼしめしとみえる! 未来は真っ暗なただ一筋の廊下と延びて、その果てには戸がぴたりと閉ざされている。

 エンマは音楽をぷっつりやめた。弾いてなんになろう。だれが聞く? 演奏会の壇上、袖の短いビロードのドレスを身にまとい、エラール製ピアノの象牙の鍵盤に軽やかな指を走らせると、感嘆のささやきが微風のようにあたりにそよめく、その思いをついに味わい知ることが自分にはゆるされないのであってみれば、いやいやながらのお稽古けいこなどしてなんになる。エンマはデッサンの紙挟みや刺繡をしかけの布までも戸棚にしまい忘れた。ああ、なんになる? なんになる? 裁縫をしても気がいら立ってたまらない。

「もう本もみな読んでしまった」とエンマはひとりつぶやいた。

 そして部屋にこもっては、火箸ひばしの先を赤く焼いたり、雨の降るのをながめたりした。(pp. 99-100)

④白井浩司訳

 こうして今やひとつながりの日々がいつも同じように、なにももたらさずに読いて行くのだろうか! 他の人たちの生活には、たとえそれがどんなに平坦なものであっても、事件の起こるチャンスはある。ときには、あるできごとが限りなく激変を生み、背景が一変するものだ。しかし、彼女にはなにも起こらなかった。神様のおぼしめしなのだろう! 未来はまっ暗の廊下で、その奥には戸がしめたててあった。

 彼女は音楽をやめてしまった。ひく必要がどこにあるというのだ。だれが聞いてくれるというのだろう? 短い袖のついたビロードのドレスを着て、演奏会で、エラールのピアノに向かい、象牙のキーを軽くたたきながら、陶酔のささやきがまわりで、そよ風のようにかわされるのを感じることができないのなら、どうして苦労して練習することがあるだろう。彼女は戸棚󠄁にデッサンの紙ばさみや刺繡ししゆうをしまい込んだ。なんになるのだろう? そんなことをしてどうなるのだ? 裁縫もいらいらした。

 「なにもかも読んでしまった」と彼女は思った。

 そして火箸を赤く焼いたり、雨が降るのを眺めていた。(pp. 81-82)

⑤杉捷夫訳

 では、こうして同じ日が続いて行くのか、いつもそっくり同じで、数限りなく、そして何ものももたらさない日々が! ほかの人たちの生活は、どんなに平板であっても、せめて事件の起りうる機会がないわけではない。一つの事件がときに無限の波瀾を招く。そして、舞台装置が一変する。しかし、エンマには、何ごとも起らない。神の思し召しでそうなっているのだ! 未来は真黒な廊下、そのつき当りの扉󠄁はぴったり閉まっている。

 彼女は音楽をやめた。ピアノをひいて何になろう? 誰がきいてくれるか? 演奏会の席で、袖の短いビロードの衣裳を身にまとい、エラールのピアノに向かって、象牙󠄀のキーを軽快な指でたたきながら、吹きつける風のように、恍惚のささやきが自分のまわりに渦巻くのを感じる、そういうことが絶対にできない以上、苦労して練習などするには及ばない。エンマはデッサン用の紙挾みや刺繡を戸棚の中にしまいこんだままにしてしまった。何になるの? ほんとに何になるの? 裁縫など気がいらいらするだけだ。

「何もかも読みつくしてしまった」彼女は何度もこうひとりごとを言った。

 そう言って、じっと火箸を赤く焼いたり、雨の降るのを眺めたりした。(p. 53)

⑥菅野昭正訳

 それでは、これからは、いつも似たりよったりの毎日が、数えきれないほど、しかもなにももたらさずに、こうしてつづいてゆくのだろうか。他のひとたちの生活は、どんなに平々凡々であっても、すくなくとも事件のひとつぐらいは起る機会がある。ひとつの思いがけぬできごとが、ときとして次から次へと不測の事件をきおこしてゆくこともあって、そうして境遇が一変する。けれども彼女にはなにも起らなかった、神さまはそうお望みになったのだ! 未来は真暗な廊下であり、その奥にはぴたりと閉ざされた戸があった。

 エンマは音楽もめてしまった。弾いたってなんになろう? 誰が聞いてくれるというのか? 演奏会の壇上で、短い袖のビロードのドレスを身にまとい、エラール製のピアノに向かってかろやかな指を象牙の鍵盤けんばんに走らせるとき、恍惚こうこつのささやきが微風のようにあたりにひろがるのを感じるような、そんな思いを今後もう味わえないであろう身であってみれば、嫌々ながらお稽古をするまでもない。彼女はデッサンの紙挟みも、やりかけの刺繡ししゆうの布も、戸棚のなかにしまいこんだままだった。それがなんの役に立つのか? いったいなんの役に? 縫物をすると彼女は苛立った。

「もう読むものはすっかり読んでしまったし」と彼女はつぶやいた。

 そして、火箸ひばしを赤く焼いたり、雨が降るのをじっと眺めたりして過した。(pp. 64-65)

⑦芳川泰久訳

 してみると、これから先、このようにひっきりなしに同じ毎日が絶えず変わることなく、数限りなく、何ももたらさずにつづいてゆくのか! ほかの人の生活だって、どんなに平板でも、少なくとも事件の一つくらい起こる機会には恵まれるものだ。ときには、ふとした出来事から予期せぬ出来事が限りなくもたらされ、舞台の背景ががらりと変わることもあろう。しかし自分には、何も起こらない。神さまがそのようにおぼし召したのだ! 未来とは真っ暗な一筋の廊下で、その突き当たりにある扉はしっかり閉ざされている。

 彼女は音楽をぴたりとやめた。弾いて何になるの? だれが聞くというの? 短い袖のビロードのドレスに身を包み、エラール製のピアノ〔有名なピアノのブランド。一八二一年、ダブルレペティションがグランドピアノのために発明された〕を前に、コンサートで、象牙の鍵盤キイを指で軽やかにたたくと、恍惚こうこつとなったささやきが自分の周囲に輪を描きながらまるでそよ風のように広がるのを絶対に感じられない以上、ピアノをうんざりしてまで習って何になるというのだろう。彼女はデッサン用の紙ばさみもタペストリー刺繡ししゅうも戸棚に入れっぱなしにした。何になるというの? やって何になるっていうの? 縫い物をしていても、いらいらした。

「本もみんな読んでしまった」と彼女は思った。

 そして彼女は家に閉じこもったまま、火ばしを赤く焼いたり、雨の降るのをながめたりした。(pp. 110-111)

[Deuxième partie, Chapitre II]

— Avez-vous du moins quelques promenades dans les environs ? continuait Mme Bovary parlant au jeune homme.

— Oh ! fort peu, répondit-il. Il y a un endroit que l’on nomme la Pâture, sur le haut de la côte, à la lisière de la forêt. Quelquefois, le dimanche, je vais là, et j’y reste avec un livre, à regarder le soleil couchant.

— Je ne trouve rien d’admirable comme les soleils couchants, reprit-elle, mais au bord de la mer, surtout.

— Oh ! j’adore la mer, dit M. Léon.

— Et puis ne vous semble-t-il pas, répliqua Mme Bovary, que l’esprit vogue plus librement sur cette étendue sans limites, dont la contemplation vous élève l’âme et donne des idées d’infini, d’idéal ?

— Il en est de même des paysages de montagnes, reprit Léon. J’ai un cousin qui a voyagé en Suisse l’année dernière, et qui me disait qu’on ne peut se figurer la poésie des lacs, le charme des cascades, l’effet gigantesque des glaciers. On voit des pins d’une grandeur incroyable, en travers des torrents, des cabanes suspendues sur des précipices, et, à mille pieds sous vous, des vallées entières, quand les nuages s’entr’ouvrent. Ces spectacles doivent enthousiasmer, disposer à la prière, à l’extase ! Aussi je ne m’étonne plus de ce musicien célèbre qui, pour exciter mieux son imagination, avait coutume d’aller jouer du piano devant quelque site imposant. (pp. 112-113)

①伊吹武彦訳

 「近所に散歩する所ぐらいはございますの?」とボヴァリー夫人は青年につづけて話しかけた。

 「いやあまりありません」と彼は答えた。「丘の上の森のはずれに「牧場まきば」といっている所があります。ときどき日曜日に私はそこへ出かけて行って、本を持って、じっと入日を眺めています」

 「私、入日ほどすばらしいものはないと思います」と彼女は答えた、「しかし海岸の入日はまたひとしおですわ」

 「ああ! 私は海が大好きです」とレオン君がいった。

 「それに、あなたそうお思いになりません?」とボヴァリー夫人はすかさず、「あの果てしない大海原の上を、心はいっそう自由にさまようことができるのだと? そしてその大海原を見ていると魂が高められ、無限とか理想とかいう考えが浮かんでくるのだと?」

 「山の景色もそれと同じです」とレオンが答えた。「去年スイスを旅行した従兄がおります。それがいうのに、湖の詩、滝の魅力、壮大な氷河の趣きというものは、とても想像できたいそうです。うそのように大きな松の木が激流の上にのびている、山小屋が断崖絶壁の上にかかっている。雲が切れると、何十丈の足下あしもとに渓谷全体が見渡せる。そういう景色を見たらさぞ感激させられるでしょうね。祈りたくなるでしょうね! 恍惚こうこつとするでしょうね! だから私は、あの有名な音楽家が空想を刺戟するために、しじゅうどこか壮大な景色の前でピアノをひいたという話を別に不思議とは思わないのです」(上 pp. 99-100)

②生島遼󠄁一訳

「この近所にちょっと散歩するような所はございまして?」ボヴァリー夫人はやはり青年に話しかけながら、こういった。

「いいえ、もうじつに少ないのですよ。丘の高みの森のはずれに『牧場』といっている所があります。私は日曜日なんかそこへ行くんです。本をもって行って、陽の沈むのをながめます」

「あたし入り日の景色ほどすばらしいものはないと思いますわ。海岸で見るときなんか、特に」

「おう、私は海が大好きで」とレオン君はいった。

「それに、あなたどうお思いになりまして、あのひろびろとした海の上ならば心はいっそう自由にさまようような気がしませんこと? あれを見ていると魂が高められて、無限だとか理想だとかいった考えもうかんでくるようで」

「山の景色もそれと同じですね」レオンはまたそういった。「私の従兄いとこが去年スイスを旅行しました。その話では、湖の詩、滝の魅力、氷河の壮観といったものはとうてい想像もおよばぬそうです。とても信じられない大きさの松が激流の上にのび、山小屋が懸崖けんがいの上にかかって、雲が切れると千尺も下に谷全体が見わたせる。こういう景色を見たらきっと感激がき、祈りたくなり、恍惚こうこつとなるでしょうね。だから、私はあの有名な音楽家が想像を刺激するためにいつもどこか壮大な景色の前へ行ってピアノをいたという話を不思議には思いません」(pp. 97-98)

③山田𣝣訳

「あなたはいかが? 散歩するところぐらいはこの辺にございまして?」とボヴァリー夫人は青年に話しかけた。

「いいえ、それがほとんどないんです」と彼は答えた。「『放牧場』ってよばれているところが丘の上の森のはずれにありますが、日曜日にはときどきそこへ行って、本を読んだり、夕日の沈むのをながめたりします」

「わたし、夕日ほどすばらしいものはないと思いましてよ」と彼女は答えた。「でも、なんといっても夕日のいいのは海辺ですわ」

「ああ! 僕も海が大好きです」とレオン君が言った。

「それに、あなたはいかが?」とボヴァリー夫人は応じた。「わたしには、あの果てしない大海原こそはわたしたちの心をいっそう自由にさまよわせてくれるし、じっと見入るわたしたちの魂を高めてくれ、無限とか理想とかいう観念を与えてくれるように思いますわ」

「山の景色だってそうです」とレオンがひきとった。「去年従兄いとこがスイスをまわって来たんですが、彼の言うには、湖の幽邃ゆうすいさといい、山中の飛瀑ひばくのおもしろさといい、氷河の雄大なおもむきといい、想像に絶するそうです。とてつもなく大きな松の木が滝つ瀬のこちらの岸から向こう岸まで枝をのばしている、山小屋が絶壁の上にあやうくかかっている、雲の切れ目に見おろせば、千フィートの足下そつかに谷また谷の全景がひろがっている。そういう景色に接したなら、感激もするでしょう、祈りたくもなるでしょう、さぞかし我を忘れることでしょう! だから僕は、あの有名な音楽家が、感興にいっそう拍車をかけようと、どこか壮大な景色を求めては出かけて行って、その景を前にしてピアノを弾いたという逸話を、さもあろうと納得するのです」(pp. 126-128)

④白井浩司訳

 「この辺に散歩できるような所ぐらいはございまして?」とボヴァリー夫人はなおも青年に話しかけた。

 「ほとんどありません。森のはずれの丘の上に『牧場』と呼んでいるとこがあるんですか、日曜日にそこにときどき行って、本を読んだり、入り日を見たりするのです」と青年が答えた。

 「わたくし、入り日よりすばらしいものはないと思っておりますの」とエソマは話を続けた。「とくに海辺の入り日はすてきですわ」

 「ああ、ボクも海が大好きです」とレオンがいった。

 「それではあなたはいかがかしら?」とボヴァリー夫人がたずねた。「この果てしない大海原うなばらの上を心はいっそう自由に駆けめぐり、じっと見つめていると魂が高まり、無限とか理想に対する考えを与えてくれるようにわたくしには思えるのですけれど?」

 「山の景色もそれと同じですよ」とレオンが答えた。「昨年、従兄いとこがスイスに行ってきたのですが、湖の詩情だとか滝のすばらしさ、氷河の巨大な印象はなんといっていいのかわからないくらいだそうですよ。とてつもない大きな松が急流のこちら側まで枝をのばしているのも見たし、山小屋が絶壁の上にちょこんとのっかっているし、雲が切れると、足下、何千フィートのところに谷をすっかり見おろせる。このようなすばらしい景色を見たら、さぞかし夢中になることでしょうし、祈りたくもなり、酔いしれることでしょう。ですから、有名なある音楽家が、想像をかきたてるために、すばらしい風景を前にしてピアノをひくという話を聞いてもさもあろうと思いますよ」(p. 104)

⑤杉捷夫訳

「せめて、近所に、散歩するところがありますか?」と、ボヴァリー夫人が、青年に向って話しかけながら、続けた。

「いや! あまりありません!」と、青年は答えた。

「丘の上の森のはずれに『牧場まきば』と呼んでいるところがあります。ときどき、日曜日に、出かけて行って、本を持って、じっと入日か眺めることにしています」

「私、入日ほどすばらしいものはないと思います」と、エンマは言った。「しかし、入日なら、海岸がことにすてきですわ」

「ああ! 私も海は大好きです」と、レオン君が言った。

「それから、どうでしょう、あなたには、そんな気がなさいませんかしら?」と、ボヴァリー夫人がひきとって言った。「果てしのない大海原の上を人間の精神はいっそう自由にさまようことができるのだと? 大海原を見ていると、魂が高められ、無限とか理想といった観念を与えられるのではないでしょうか?」

「山の景色も同じことです」と、レオンが答えた。「去年、スイスを旅行した従兄が居りますが、その従兄が申しますのに、湖の詩情、滝の魅力、壮大な氷河の与える印象というものは、想像を絶するものらしいです。信じられないくらいの大きさの松の木が渓流の上にのびていたり、山小屋が断崖の上にかかったりしているのが見られるということです。雲が切れると、足の下何干尺のところに、渓谷全体が見渡せる。そういう景色を見たら、きっと興奮し、祈る気持に誘われ、陶酔に誘われることでしょう! ですから、想像力をいっそう強くかき立てるために、いつも堂々とした景観の前でピアノをひいたというあの有名な音楽家のことを驚こうとは思いませんよ」(p. 67)

⑥菅野昭正訳

「この近くにどこか散歩するところはおありですの?」ボヴァリー夫人は青年にむかってまた話しつづけた。

「いや、じつに少ないんです」と彼は答えた、「丘の上、森のはずれのところに、放牧場と呼ばれている場所があります。ときどき、日曜日に、僕はそこへ行きます、そして本をもっていったり、夕日を眺めたりして過すのです」

「夕日のように素晴らしいものはないと思いますわ」と彼女は言った、「それも海岸ですと、とくに」

「ああ! 僕も海が大好きです!」とレオン君は言った。

「それに、こういう気はなさいませんか」とボヴァリー夫人は応じた、「じっと眺めていると魂を高め、無限とか理想と

かについて考えさせてくれる、ああいう果てしない広がりの上のほうが、精神は自由に進んでゆけるのだと?」

「山の景色にしても同じことです」レオンはまた話しつづけた、「僕のいとこで去年スイスに旅行した男がいるんですが、彼の言うところによると、湖水の詩情や、滝の魅力や、氷河の巨大な印象はとても想像も及ばないそうです。急流の上を

横切って伸びる信じられぬほどの大きさの松の木や、絶壁の上にり下がっている山小屋が見えたり、雲に晴間が開くと、足下のはるか下のほうに幾つもの渓谷がすっかり見えたりするのです。そういう光景はひとを感動させ、祈りたい、恍惚こうこつと酔いたいという気分にするにちがいありません! ですから僕は、想像力をいっそう高めようと、どこか壮大な美景の前にピアノを弾きにゆくのを習慣としていたあの音楽家に驚いたりもしません」(pp. 79-80) 

⑦芳川泰久訳

「ねえ、あなた、このあたりには、せめて散歩するところくらいございまして?」とつづけながら、ボヴァリー夫人は青年に話しかけた。

「ああ! それがほとんどないのです」と青年は答えた。「放牧地と呼ばれている場所が丘の上の森のはずれにあります。日曜日になると、ときどきそこに行って、本を読んで過ごしたり、夕日の沈むのを眺めたりします」

「わたし、夕日ほど素晴らしいものはないと思いますわ」と彼女は言葉を継いだ。「でも、夕日は海辺にかぎりますよ、なんといっても」

「ああ! ぼくも海は大好きです」とレオン君は言った。

「それで」とボヴァリー夫人は応じた。「あの果てしない広がりですと、こちらの心はいっそう自由にさまよい、それをじっと眺め入ることでこちらの魂は高まり、無限とか理想といった観念まで与えてくれるようにあなたには思われないこと?」

「山の風景にしても同じですよ」とレオンはつづけた。「ぼくには従兄いとこがいるのですが、去年スイスを旅してきて言うには、詩情あふれる湖水といい、魅力的な滝といい、雄大な印象をもたらす氷河といい、想像を絶しているそうです。見ると、信じられないほど大きなマツが急流をまたぐように枝を伸ばし、山小屋が断崖だんがい絶壁の上にひっかかったようにあり、雲が裂けると、千ピエ〔一ピエ約三二センチ〕もの眼下に谷底がそっくりひろがっている。そうした光景を前にしたら、熱狂もするでしょうし、祈りたくもなるでしょうし、恍惚こうこつへと誘われることでしょう! ですから、例の有名な音楽家が想像力をいっそうかき立てようと、どこか壮麗な風景を求めて出かけて行っては、その前でピアノを弾いたという習慣クセを聞いても、ぼくはもう驚きませんよ」(pp. 144-145)

[Deuxième partie, Chapitre IX]

Un matin, que Charles était sorti dès avant l’aube, elle fut prise par la fantaisie de voir Rodolphe à l’instant. On pouvait arriver promptement à la Huchette, y rester une heure et être rentré dans Yonville que tout le monde encore serait endormi. Cette idée la fit haleter de convoitise, et elle se trouva bientôt au milieu de la prairie, où elle marchait à pas rapides, sans regarder derrière elle.

Le jour commençait à paraître. Emma, de loin, reconnut la maison de son amant, dont les deux girouettes à queue-d’aronde se découpaient en noir sur le crépuscule pâle.

Après la cour de la ferme, il y avait un corps de logis qui devait être le château. Elle y entra, comme si les murs, à son approche, se fussent écartés d’eux-mêmes. Un grand escalier droit montait vers un corridor. Emma tourna la clenche d’une porte, et tout à coup, au fond de la chambre, elle aperçut un homme qui dormait. C’était Rodolphe. Elle poussa un cri.

— Te voilà ! te voilà ! répétait-il. Comment as-tu fait pour venir ?… Ah ! ta robe est mouillée !

— Je t’aime ! répondit-elle en lui passant les bras autour du cou.

Cette première audace lui ayant réussi, chaque fois maintenant que Charles sortait de bonne heure, Emma s’habillait vite et descendait à pas de loup le perron qui conduisait au bord de l’eau.

Mais, quand la planche aux vaches était levée, il fallait suivre les murs qui longeaient la rivière ; la berge était glissante ; elle s’accrochait de la main, pour ne pas tomber, aux bouquets de ravenelles flétries. Puis elle prenait à travers des champs en labour, où elle enfonçait, trébuchait et empêtrait ses bottines minces. Son foulard, noué sur sa tête, s’agitait au vent dans les herbages ; elle avait peur des bœufs, elle se mettait à courir ; elle arrivait essoufflée, les joues roses, et exhalant de toute sa personne un frais parfum de sève, de verdure et de grand air. Rodolphe, à cette heure-là, dormait encore. C’était comme une matinée de printemps qui entrait dans sa chambre.

Les rideaux jaunes, le long des fenêtres laissaient passer doucement une lourde lumière blonde. Emma tâtonnait en clignant des yeux, tandis que les gouttes de rosée suspendues à ses bandeaux faisaient comme une auréole de topazes tout autour de sa figure. Rodolphe, en riant, l’attirait à lui et il la prenait sur son cœur. (pp. 227-228)

①伊吹武彦訳

 ある朝シャルルが夜明け前から家を出て行ったとき、彼女はふと、ロドルフに今すぐ会いたくなった。ユシェット荘へはすぐ行ける。一時間いて帰ってきても皆はまだ寝ているだろう。そう思うとはげしい欲望に息がはずんだ。エンマはやがて草原の真中へ出て、後をも見ずに急ぎ足に歩いた。

 夜はまさに明けようとしていた。エンマは、はるかに恋人の家を認めた。つばめの尾のような風見が二つ、うす明りの中にくっきり浮いて見えた。

 農場の庭を過ぎると母屋おもやがあった。それが屋敷にちがいなかった。近寄ると壁が自然に開いたかのように彼女はすっとその中に入った。真直ぐな大階段が二階の廊下へ通じている。エンマは一つの扉󠄁の掛金かけがねを𢌞した。と、たちまち部屋の奥に眠っている一人の男が見えた。ロドルフである。彼女は叫びをあげた。

 「きたの? きたの?」と彼は繰り返していった。「どうしてやってきたの?……ああ、服がぬれている!」

 「私、あなたが好きよ!」男の首に抱きついて答えた。

 この最初の大胆な試みが成功したので、今はもう、シャルルが朝早く出かけたたびごとに、エンマは手ばやく服を着て、川岸へ通じる石段を忍び足に降りた。

 しかし、牛を渡す板橋が取り除けてあるときには、川沿いの壁について行かねばならなかった。岸はよくすべった。倒れないように、うら枯れたにおいあらせいとうの束にしがみついた。それから畑を横切った。足がめり込み、よろめいた。華奢きやしやな靴を抜くのに困った。首にまいた薄絹は雑草のなかで風にひらめいた。エンマは牛がこわかった。牛がいると駈け出した。そして頰をばた色に染め、樹液と青草と大気の香りを全身から匂わせながら、息を切らしてたどりついた。その時分ロドルフはまだ眠っていた。それはちょうど、春のあけぼのが部屋のなかへ入ってきたようであった。

 窓辺に沿って掛けた黄色いカーテンが、どっしりした金色の光を柔らかにとおしている。エンマは目をしばたたきながら手探りで進んだ。そのとき、びんに宿った露の玉がまるで黄玉トパーズの後光のように、顔を取りまいて光っていた。ロドルフは笑いながら女を引寄せて、胸のうえに抱きしめた。(下 pp. 17-18)

②生島遼󠄁一訳

 ある朝、シャルルが夜明け前から出て行ったとき、彼女は急にロドルフにすぐ会いたい気持ちにとりつかれた。ラ・ユシェットへはすぐ行けるし、一時間ほどいてからヨンヴィルへ帰っても、まだみんな寝ているだろう。と思うと、欲情に息がはずんだ。それから間もなく彼女は草原の中を、うしろも見ずに急ぎ足で歩いていた。

 明るくなりはじめた。エマは、遠くから恋人の家を見わけた。つばめの尾のような風見が二つ薄明かりのなかに黒く浮き出していた。

 農場の庭を通ると、これが邸らしい母屋おもやがあった。そばへ行くと壁が自然にひらいたように、彼女は中へすいこまれた。まっすぐな大階段が二階の廊下に通じていた。エマは一つの扉󠄁とびらの掛け金をまわした。と、部屋の奥に寝ている男が見えた。ロドルフだった。彼女はアッと声をあげた。

「あんた、ここへ! 来たの?……ど、どうやってここへ来られた? おや、着物がれちゃって」

「あたしあなたが好き」男のくびに抱きついて、彼女は答えた。

 この最初の大胆なやりかたが成功したので、今では、シャルルが朝早く出かけるたび、エマは大いそぎで着物をきて、川岸へ通じる石段をそっとしのび足で下りて行った。

 しかし、牛をわたす板橋がはずしてあると、川ぞいの壁をつたって行かねばならなかった。岸はよくすべる。ころばぬように枯れたにおいあらせいとうの茎にしがみついた。それから畑を横ぎると、足がめりこみ、よろめき、きゃしゃな靴をとられそうになった。頸にまきつけた薄絹が雑草の中に風にひらめいていた。彼女は牛がこわくて、走りだした。頰をばら色に染め、樹液と緑と大気のかおりを全身からプンプンさせながら、息せききってやしきに着いた。そのころはロドルフはまだ眠っていた。それはちょうど、彼の部屋に春の朝がはいってきたようなものだった。

 窓にずらりとかけた黄いろいカーテンが重ったげな金色こんじきの光をやわらげて透していた。エマはばたきしながら手さぐりですすんだ。髪についている露のしずくが黄玉トパーズの後光のように顔のまわりをぼうっととりまいて光っていた。ロドルフは笑いながら彼女をひきよせ、胸の上に抱いた。(pp. 203-205)

③山田𣝣訳

 ある朝、シャルルがたまたま夜明け前から家を出かけたとき、彼女はロドルフに今すぐに会いたいという気まぐれを起こした。ラ・ユシェットまではいくらもない。一時間向こうにいて帰って来ても、ヨンヴィルの人たちはまだ寝ているだろう。そう思うとロドルフが欲しくて息が苦しくなった。やがてエンマは牧場のなかを抜けていた。あとも振り返らず、とっとと歩いた。

 夜が明けそめて、エンマは遠く恋人の家を認めた。つばめの尾の形をした風見が二つ、ほの白い薄明かりのなかに黒々と浮き出ていた。

 農場の庭を過ぎると、母屋とおぼしき建物があった。壁が彼女を迎えてひとりでに開いたかのように、彼女はいつしか中にはいっていた。まっすぐな大階段をのぽると二階の廊下へ出た。エンマは一つのドアの掛金かけがねをまわした。と、とたんに、部屋の奥に眠っているひとりの男が見えた。ロドルフだった。彼女は思わず「あっ」と叫んだ。

「来たんだね? 来たんだね?」と彼は繰りかえした。

「よくまあ抜け出て来られたね!……ああ、こんなにぬれて!」

「恋しかったわ!」とエンマは男の首に抱きついて答えた。

 最初の冒険が成功したのに気をよくして、それからというもの、シャルルが朝まだきに出かけるたびごとに、エンマは着替えもそこそこに、川岸へ通じる石段を忍び足に降りた。

 しかし、牛を渡すね板橋が上がっているときには、川べりの家々の塀沿いに行かねばならなかった。土手道は足もとが悪かった。エンマは倒れないように、枯れたにおいあらせいとうの茂みにつかまった。それから畑地を横切った。そこでは足がめり込み、よろめいて、華奢きやしやな編上靴をもてあつかった。やがて牧場にはいると、頭にかぶった薄絹のネッカチーフが風にひらめいた。牛がこわいので、つい駆け足になる。そして息をはずませ、頰を薔薇ばら色に染め、全身に樹液と青草と大気のさわやかな香りをにおわせてたどりつくと、まだそのころにはロドルフは眠っていた。彼の寝室に突然、春の朝が訪れたようだった。

 窓一面をおおう黄色いカーテンが、けだるい金色の光を柔らかにとおしている。エンマは目をしばたたきながら手探りで進んだ。すると真ん中から分けた髪に宿った露の玉が、まるで黄玉トパーズの後光のように顔のまわりに光った。ロドルフは笑いながら彼女を引き寄せて、胸の上にかきいだいた。(pp. 258-260)

④白井浩司訳

 ある朝、シャルルは夜明け前に出かけてしまった。すると、彼女はすぐさまロドルフに会いたくてたまらなくなった。ユシェツトまではすぐに行ける。一時間ほどそこにいて、みながまだ眠っているころヨンヴィルに帰ってこられるだろう。そう思うと、彼女はやもたてもたまらなくなり、息をはずませた。やがて彼女は野原を後ろをふり返ろうともせず、急ぎ足で歩いていた。

 日が上がりかけていた。エンマは遠くから恋人の家を認めた。その家の燕尾形をした風見かざみが二つ青白いうす明かりに黒い影となって浮かび上がっていた。

 農場の庭を通り過ぎると、母屋おもやとおぼしき館があった。エンマは、壁が彼女が近づくと自然と開いたかのようにすっと中にはいった。大きなまっすぐな階段が二階の廊下に通じていた。エンマは戸の取っ手を回した。すると突然、部屋の奥に眠っている一人の男を認めた。ロドルフだった。彼女は叫び声を上げた。

 「君か? 君なのか?」と彼は繰り返した。「どうやってきたの?……ああ、服がぬれている」

 「愛してるわ!」彼女は腕を彼の首にまきつけると、いった。

 最初の大胆だいたんな行為が成功すると、シャルルが早出をするごとにエンマは急いで服をつけ、抜き足さし足で川岸に通じる石段を下りた。

 しかし、牛用の橋が上がっていると、川に沿った塀󠄁へいを回って行かねばならなかった。土手は滑りやすかった。エンマはころばぬよう、枯れたにおいあらせいとうの茂みにしがみついた。それから彼女は畑を横切ったが、足がはまり、つまずき、華奢きやしやな靴がからまった。頭にかぶっているスカーフが牧場では風にはためいた。彼女は牛がこわくて、駆け出した。彼女は息を切らし、バラ色の頰をしてやってきた。からだ全体から樹液や緑や大気のさわやかな香りがした。ロドルフはそのときにはまだ眠っていた。春の朝のようなものが彼の部屋にはいってきたように思えた。

 窓にかかった黄色いカーテンが金色の重いの光をそっと通していた。エンマは目を細め、手探りで進んだ。顔のまわりに髪に宿った大滴の露がまるでロパーズのように輝いていた。ロドルフは笑いかけ、彼女を引き寄せ、胸に抱いた。(pp. 209-211)

⑤杉捷夫訳

 ある朝、シャルルが夜明け前に家を出て行った時、ふと、即刻ロドルフに会いたい気持にかり立てられた。ユシェットヘはすぐ行ける。一時間いて、みんながまだ寝ているうちに、ヨンヴィルに帰って来れるだろう。そう思うと、はげしい欲望に息がはずんだ。エンマはやがて牧場の真中へ出て、後をも見ずに急ぎ足に歩いた。

 夜はあけはじめていた。エンマは、遠くから、恋人の家を認めた。燕の尾の形の風見が二つ、うす明りの中に黒く浮いて見えた。

 農場の前庭を横切ると母屋おもやがあった。それが屋敷にちがいなかった。彼女が近寄ると、壁が自然に開いたかのように、エンマは中へはいって行った。真直な大階段が二階廊下に通じている。エンマは一つの扉󠄁のかけ金を廻した。突然、部屋の奥に、眠っている一人の男の姿が見えた。ロドルフだった。彼女は叫び声をあげた。

「あっ! あなたか? 来てくれましたか?」と、彼はくり返した。「どうやって来ました? あっ! 服がぬれている!」

「私、あなたが好き!」エンマは男の首に抱きついて答えた。

 この最初の大胆な試みが成功したので、今はもう、シャルルが朝早く出かける度に、エソマは手早く服を着て、忍び足に、川岸へ通じる石段をおりた。

 しかし、牛のための板橋がとりのけられている時には、川沿いの塀󠄁にそって行かなければならなかった。川岸はすべるので、倒れないために、枯れたにおいあらせいとうのしげみにしがみついた、それから畑を横切った。足がめりこみ、よろめいた。華奢な靴が土にとられ、抜くのに骨が折れた。顔を包んだうす絹が草原で風にひるがえった。エンマは牛がこわかった。牛を見ると駆け出した。頰をバラ色に染め、樹液と青草と大気の香りを全身から匂わせながら、息を切らせてたどりついた。その頃ロドルフはまだ眠っている。ちょうど、春のあけぼのが部屋の中へ流れこんで来たようだった。

 黄色いカーテンが、いくつもの窓いっぱいに、どっしりとした金色の光を柔かにとおしている。エンマは眼をしばたたきながら、手探りで進んだ。そんな時、巻髪に宿った露の玉が黄玉の後光のように、顔をとりまいて光った。ロドルフは笑いながら、女をひき寄せ、胸の上に抱きしめた。(pp. 134-135)

⑥菅野昭正訳

 ある朝のこと、シャルルが夜明け前から出かけてゆくと、彼女はすぐにもロドルフに会いたいという気持にとらえられた。

ラ・ユシェットの農場へはすぐに着くし、一時間そこにいて、それからヨンヴィルにもどってきても、皆まだ眠っているだろう。そう考えて彼女は渇望に息をはずませ、あっという間にもう牧場のまっただなかにいて、うしろを見ようともせず、急ぎ足で歩いていた。

 夜が明けそめていた。エンマは、遠くから、恋人の家を認めたが、つばめの尾をした二つの風見が、ほのかに白い薄明のなかに黒くうかびあかっていた。

 農場の中庭を過ぎると、やかたと呼ばれているものに相違ない母屋があった。彼女が近づくと壁があたかもひとりでに左右に開きでもしたかのように、彼女はそのなかへはいっていった。大きなまっすぐな階段が廊下のほうに通じていた。エンマはあるひとつのドアの掛金をまわしたが、するとふいに、その部屋の奥に、眠っている男の姿が眼にとまった。ロドルフだった。彼女は叫び声をあげた。

「きみがくるとはねえ! きみがくるとはねえ!」と彼は繰りかえした、「どうやって脱けだしてきたの?……ああ、ドレスがれてるぜ!」

「あなたが好きよ!」彼女は彼の首に腕を巻きつけながらそう答えた。

 この最初の大胆なやりくちが成功したので、いまではシャルルが朝早くから出かけてゆくたびごとに、エンマは急いで着替えをして、川岸に通じる石段を忍び足で降りてゆくのだった。

 しかし牛を渡す板の橋があがっているときには、川に沿った家々の壁のほとりを歩いてゆかなければならなかった。土手は滑りやすかった。彼女はころばないように、枯れたにおいあらせいとうの茂みに手でつかまった。それから耕地を横切ったが、そこでは足がめりこみ、よろめき、華奢きやしやな編上靴をもてあました。牧草地では頭に巻きつけた薄絹のネッカチ-フが風でひらひらした。彼女は牛を恐がって、そこでは走りだすのだった。息を切らし、ほおを薔薇色にし、樹液と青草と大気の新鮮な香りを全身から発散させながら到着した。ロドルフは、その時刻にはまだ眠っていた。それはさながら春の朝が彼の部屋にはいりこんできたかのようだった。

 黄色いカーテンが、窓に沿って金色の光をやんわりと射しこませていた。エンマは眼をしばたたかせながら手探りで歩みよったが、それにつれて、真中で分けた髪の毛にかかった朝露の滴が、その顔のまわりに黄玉トパーズのような光の輪をつくりだすのだった。ロドルフは笑い声をあげながら彼女を引きよせ、胸の上に抱きよせた。(pp. 148-149)

⑦芳川泰久訳

 ある朝、シャルルが夜明け前から出かけることがあったとき、彼女はすぐにもロドルフに会いたいという気まぐれに襲われた。手際よくラ・ユシェットに行って、一時間ほどいて、ヨンヴィルにもどっていることができれば、まだだれもが眠っているだろう。そう思うと、欲しい気持で息も切れ、やがて気がつけば牧草地のただなかにいて、彼女は後ろも見ずに早足で歩いていた。

 日が顔を出しはじめていた。エンマは遠くから恋人の家が分かり、ツバメの尾の形をした風見が二つ、夜明けの薄明かりを背景にくっきりと黒く見えた。

 農場の庭を過ぎると、やかたおぼしき主屋おもやがあった。彼女はそこに入ったが、まるで自分が近づくと壁がひとりでに開いたかのようだった。大きなまっすぐな階段を上ると廊下に出た。エンマが一つのドアのがねをまわすと、とつぜん、部屋の奥に眠っている男の姿が目に入った。ロドルフだった。彼女は叫び声を上げた。

「来たんだね! 来たんだね!」と彼は繰り返した。「どうやって来ることができたの?……ああ! ドレスがこんなにれて!」

「恋しくなって!」と彼女は答えながら、両の腕で男の首に抱きついた。

 この最初の向こう見ずな試みがうまく行ったので、いまではシャルルが朝早く出かけることがあるたびに、エンマは手早く着替えると忍び足で川べりに出る石段を降りた。

 しかし、牛用の渡し板が外されていると、川に沿った塀づたいに行かねばならず、土手の道は滑りやすく、彼女は転ばないように、枯れたニオイアラセイトウの茂みに手でつかまった。それから、耕作中の畑を横切って行ったが、そこでは華奢きゃしゃ深靴アンクルブーツがめり込み、つまずき、足をとられた。牧草地に入ると、頭にかぶって結んだスカーフが風にはためき、彼女は牛が怖いので、駆け出し、到着するころには息が切れていて、頰をバラ色に染め、全身からは樹液や草や外気のさわやかな香りがにおい立った。ロドルフは、その時間、まだ眠っていた。彼の部屋に春の朝が訪れたみたいだった。

 黄色のカーテンが窓に沿って一面を覆い、そこを心地よく抜けた光は重そうで淡い黄色ブロンドだった。エンマは目をしばたたきながら手探りで進むと、一方で真ん中分けの髪に付着した玉の露がまるでトパーズの光ののように顔のまわりに輝きを放った。ロドルフは笑いながら、彼女を自分のほうに引き寄せ、胸に抱いた。(pp. 292-294)

[Troisième partie, Chapitre VI]

Un jour qu’ils s’étaient quittés de bonne heure, et qu’elle s’en revenait seule par le boulevard, elle aperçut les murs de son couvent ; alors elle s’assit sur un banc, à l’ombre des ormes. Quel calme dans ce temps-là ! comme elle enviait les ineffables sentiments d’amour qu’elle tâchait, d’après des livres, de se figurer !

Les premiers mois de son mariage, ses promenades à cheval dans la forêt, le vicomte qui valsait, et Lagardy chantant, tout repassa devant ses yeux… Et Léon lui parut soudain dans le même éloignement que les autres.

— Je l’aime pourtant ! se disait-elle.

N’importe ! elle n’était pas heureuse, ne l’avait jamais été. D’où venait donc cette insuffisance de la vie, cette pourriture instantanée des choses où elle s’appuyait ?… Mais, s’il y avait quelque part un être fort et beau, une nature valeureuse, pleine à la fois d’exaltation et de raffinements, un cœur de poète sous une forme d’ange, lyre aux cordes d’airain, sonnant vers le ciel des épithalames élégiaques, pourquoi, par hasard, ne le trouverait-elle pas ? Oh ! quelle impossibilité ! Rien, d’ailleurs, ne valait la peine d’une recherche ; tout mentait ! Chaque sourire cachait un bâillement d’ennui, chaque joie une malédiction, tout plaisir son dégoût, et les meilleurs baisers ne vous laissaient sur la lèvre qu’une irréalisable envie d’une volupté plus haute. (pp. 392-393)

①伊吹武彦訳

 ある日二人が早く別れて、エンマひとりで広小路を戻ってくると、昔自分のいた修道院の塀󠄁が見えた。エンマはにれの木蔭のベンチに腰をおろした。ああ、あのころはなんと平和だったろう! 書物で想像するいうにいえない恋の情緒を自分はどんなにあこがれ求めたことだろう!

 結婚当初の数ヵ月、馬上で森を散歩したこと、ワルツを踊る子爵、唄っているラガルディー、すべてがエンマの眼前に浮かんできた……そしてレオンの姿もほかの男たちと同じように、急に遠くへだたって見えた。

 「でもやっぱり私はレオンを愛している!」と彼女は心にいった。

 でも、でも自分は幸福ではない、ついぞ幸福だったためしがない。人生のこの物足りなさはいったいどこからくるのだろう。そして自分のよりかかるものが立ちどころにくされついえてしまうのはなぜだろう?……しかし、この世のどこかに、強く美しい人がいるものなら、熱と風雅にみちみちた頼もしい気だて、天使の姿にやどる詩人の心、み空に向って哀しい祝婚の曲をかなでる青銅絃の竪琴たてごとにも似たこころがあるものなら、ふとめぐり会われぬことがどうしてあろう? いや、かなわぬことだ! しかも求めて甲斐あるものは一つとしてない。すべては虚偽だ! あらゆる微笑には倦怠のあくびが、あらゆる喜びには呪詛じゆその声が、あらゆる快楽には快楽の嫌󠄁悪が隠れている。そして至上の接吻すら、さらに高い逸楽への、かなわぬ望みを唇に残すばかりである。(下 pp. 175-176)

②生島遼󠄁一訳

 ある日、早くわかれて、エマはひとりで大通りをもどってくると、昔そこで暮らした修道院のへいが見えた。エマはにれの木陰のベンチに腰をおろした。あのころの落ちついた気持ち! 読んだ本から心にえがこうとつとめた恋の筆紙につくしがたい感情を、どんなに切望したかしら!

 結婚当初の数カ月、森で馬を乗りまわしたこと、ワルツを踊った子爵ししやく、歌をうたったラガルディー、みんなエマの目さきにうかんできた……そして急にレオンの姿もほかの男たちと同じ遠さに遠ざかって見えた。

《でもやはり、あたしはレオンを愛してる》とエマは思った。

 なにはともあれ、彼女は幸福ではなかった。これまで一度も幸福ではなかった。人生のこの不満はどこからくる? たよりにしているものがまたたくまに虫ばまれるのはなぜ?……。しかし、もしもどこかにしっかりした美しい人がいたら、熱情と上品さとにみちた雄々しい気象、天使の姿にやどる詩人の心、天空にむかって哀調おびた祝婚歌をかなでる青銅弦の竪琴たてごとに似た心、そういうものがあったら、どうしてそれにめぐりあえぬことがある? いや、とうていだめなこと! わざわざ捜しもとめるねうちのあるものはなに一つありはしない。みんなにせだ。どの微笑にも倦怠けんたいのあくびがかくされている。どのよろこびにものろいが、どの快楽にも嫌悪けんおがかくされている。もっともいい接吻せつぷんですら、もっと大きな逸楽へのみたされぬ欲望をくちびるにのこすばかり。(pp. 359-360)

③山田𣝣訳

 ある日、レオンと早めに別れて、ひとり大通りをもどって来ると、昔自分のいた尼僧院の塀が見えた。そこでエンマはにれの木かげのベンチに腰をおろした。あのころはなんと毎日がのどかだったろう! 言うに言われぬ恋の思いなるものを、書物の上で懸命に想像しては、なんと胸をおどらせたことだったろう!

 結婚当初の数ヵ月のこと、森のなかを馬に乗って散歩したこと、ワルツを踊る子爵様、絶叫するラガルディー、すべてが目の前を通り過ぎた……と、急にレオンの姿もほかの男たちと同じ遠景にしりぞいて見えた。

「こんなにあの人を愛しているのに!」と彼女は胸につぶやいた。

 だがそれがなんだろう! 彼女は幸福ではない、一度として幸福だったことはない。この人生の満ち足りなさは、そして自分がよりかかろうとするすべてのものが一瞬にして腐臭をはなつというこの不幸は、いったいどこから来るのだろう?……しかし、もしもこの世のどこかに、強く美しい人がいてくれたら、あくまでも激しく、しかも繊細な、男らしい気だての人が、天使の姿に詩人の心、やさしく悲しい祝婚曲を天空高くかなでる青銅弦の竪琴たてごとのような心を持った人がいてくれたらば、自分とてこのような人とふとした機会にめぐり会えぬことがあろうか? ああ! しょせんかなわぬあだ望みだ! そもそも、あこがれ求める値打ちのあるものがこの世にひとつとしてあろうか。何もかも噓いつわりだ! あらゆる微笑が倦怠けんたいのあくびを、あらゆる喜悦がのろいの言葉を、あらゆる快楽が自己嫌悪けんおを裏に秘めている。そして感きわまった接吻すらが、より高い逸楽へのいやしがたい心残りを唇にとどめるだけなのだ。(pp. 459-460)

④白井浩司訳

 ある日、二人は早めに別れた。エンマは街路を一人で帰ってくると、昔自分のいた修道院の壁が見えた。彼女はにれの木陰のベンチに腰を下ろした。あのころはなんと穏やかだったろう。書物から手を離しては、恋のいうにいわれぬ感情をどんなに思い描き、どんなに知りたいと思ったことだろう。

 新婚時代の数か月、森へ馬で散策しに行ったこと、ワルツを踊る子爵様、うたうラガルデイー、すべてが彼女の目の前に立ち現われた。が、レオンも他のもの同様、突然、遠くに感ぜられた。

 「でも、わたしはあの人を愛しているのだわ!」と思った。

 それでも、彼女はしあわせではなかった。しあわせだったこともなかった。どこからこの生活に対する不満が生まれ、どこから彼女が頼りにしているものが、一瞬のうちに腐敗してしまうのであろうか。……しかし、もしどこかに立派りつぱで美しい男が、激しくてしかも洗練された雄々おおしい男、天使の姿に詩人の心を宿し、哀調を帯びた祝婚歌を天にうたいあげる、青銅弦の竪琴たてごとのような心をもった人がいたならば……、なぜ、偶然にめぐり合わないことがあろう。でも、それは不可能なことだ! それに、苦労して捜すこともないのだ! すべては虚構なのだ! どんな微笑にも倦怠けんたいのあくびが、喜びにはのろいが、快楽にはむなしさが隠されているものなのだ。どんなに甘美なキスさえ、唇にはより高い悦楽へのかなわぬ望みしか残さないものである。(pp. 366-367)

⑤杉捷夫訳

 ある日、二人が早めに別れて、ひとりで広小路を戻って来ると、昔自分のいた修道院の塀󠄁が見えた。エンマは楡の木の蔭のベンチに腰かけた。あの頃はなんと平和だったことだろう! 本を読んで、しきりに想像した言うに言われない恋の感情を自分はどんなにあこがれだことだろう!

 結婚当初の数カ月、騎馬での森の中の散歩、ワルツを踊ってくれた子爵、うたうラガルディ、すべてが彼女の目の前を再び通りすぎた……と、レオンの姿までが、他のすべてのものと同じく遠くへだたって見えた。

「でも、やっぱり、私はレオンを愛している!」と、エンマは心の中で言った。

 それだのに! 自分は幸福ではない! 一度も幸福だったことがない。いったいどこから来るのだろう? この人生のみちたりなさは? 自分のよりかかるものが、たちどころにくされ潰えてしまうのは?……しかし、この世のどこかに、強く美しい人がいるものなら、激情と風雅にみちた頼もしい気立てが、天使の姿をした詩人の心、天に向かって悲歌風の祝婚曲をかなでる青銅絃の竪琴があるものなら、ふとした機会で、めぐり合われぬことが、どうしてあ

ろう? ああ! だめ、だめ! それに、そんなものを探したとて何になろう! すべてがあざむくではないか! あらゆる微笑には倦怠のあくびが、あらゆる喜びには呪詛の声が、あらゆる快楽には快楽の嫌󠄁悪がかくされている。至上の接吻すら、さらに高い悦楽への実現不可能な望みを唇に残すばかりである。(p. 234)

⑥菅野昭正訳

 ある日、二人が早い時刻に別れて、ひとりで大通りをもどってくる途中、彼女は昔いた修道院のへいを眼にとめた。そこで彼女はにれ木蔭こかげのベンチに腰をおろした。あのころはなんと平穏だったのだろう! 言葉にはとても言いあらわせない恋の感情を、さまざまな本にしたがって思い描こうと努めては、いかにそれを羨望したことだったろう!

 結婚生活の最初の数カ月、馬に乗って森を散策したこと、ワルツを踊った子爵、歌っているラガルディー、すべてが彼女の眼の前をまた通りすぎた……そしてレオンがだしぬけに、ほかの男たちと同じように遠く隔たって姿を現した。

「でも、あたしはあのひとを愛しているわ!」彼女はひとりひそかにそうつぶやいた。

 けれども、それがなんになろう! 彼女は幸せではなかった、かつて一度として幸せだったことはなかった。人生のこの満ちたりなさは、彼女が支えとしているものが即座に腐ってゆくこの腐敗は、いったいどこからくるのだろうか?……でも、どこかに逞󠄁たくましくて美しいひと、魂の昂揚こうようにみちていると同時に洗練にみちている雄々しい性質のひと、天使の姿のもとに詩人の心を宿し、悲痛な祝婚の曲を天空にむかって奏でる、青銅の弦を張った竪琴たてごとのようなひと、なぜ、彼女がゆくりなくも、そういう男のひとを見つけださないはずがあろうか? いや、まるでかなわないことだ! それに、そもそも求めるに値するものなどなにひとつありはしない。なにもかもうそばかり。どの微笑も倦怠けんたい欠伸あくびを、どの喜びものろいを、どの快楽も快楽そのものへの嫌悪けんおを隠しているし、こよなく熱烈な接吻せつぷんですら、さらに高い官能の喜悦を求めるしょせん実現しようのない熱望を、唇に残すにすぎないのだ。(p. 250)

⑦芳川泰久訳

 

 ある日、二人が早めに別れて、彼女が大通りをひとりもどってくると、昔いた修道院の寄宿女学校の塀が見え、そこでニレの木陰にあるベンチに腰を下ろした。あのころは何と安らいでいたことだろう! 書物をもとに、言いようのない恋の思いを一生懸命に想像しては、それをどんなにうらやましく思ったことだろう!

 結婚当初の数か月は、馬に乗って森を散歩した、子爵ししゃくさまとワルツを踊った、ラガルディの歌も聞いた、何もかもがふたたび目の前を通り過ぎた……そしてレオンの姿もとつぜん、ほかの人だちと同じ遠景に退いたように思われた。

「それでもこんなにあの人を愛しているのに!」と彼女は思った。

 それがなんだというのか! 自分は幸福ではない、一度だって幸福だったことはない。いったいなぜこのように人生が充ち足りないのだろう、いったいなぜ自分の頼るものがあっという間に腐敗してしまうのか?……しかし、もしもどこかに強くて美しい人がいてくれたら、胸の高揚と洗練にあふれた勇敢な人がいてくれたら、哀愁を帯びた祝婚歌を天に向かってかなでてくれる堅固な弦の竪琴たてごとのように、天使の姿に詩人の心を持った人がいてくれたら、ひょっとしてそんな人に自分だって出会わないことがあるだろうか? ああ! なんてあり得ないことだろう! そもそも、この世にわざわざ求めるに値するものなんて何ひとつない、何もかも噓っぱちよ! どんな微笑にも退屈のあくびが、どんな歓びにものろいの言葉が、どんな快楽にも嫌悪けんおが秘められていて、最高の口づけさえこちらの唇に残すものといったら、もっと高い逸楽を欲してしまうかなわぬ欲望なのだ。(pp. 513-514)

*1:長編小説なのでとにかく読み通しやすいものを、という観点で選ぶと、③山田𣝣訳が一番だ。日本語の文学として群を抜いてさまになっているが、原文と比べてみるとかなり訳者の癖の出た自由な訳で、これを読んでフローベールを読んだと言っていいのかちょっと不安にもなる。もう少しおとなしい訳がよければ、⑥菅野昭正訳と④白井浩司訳が比較的読みやすい。この2つの中では、速めに読むと⑥菅野昭正訳の方が違和感なく読めたのに対して、ゆっくりめに読むと④白井浩司訳の方が引っかかりが少ないように感じた。

*2:引用は Wikisource による。

世界文学全集のためのメモ 6 『青い鳥』 モーリス・メーテルリンク

フランス語編 4

Maurice Maeterlinck
モーリス・メーテルリンク
1862-1949

L’Oiseau bleu
『青い鳥』
1908

日本語訳*1
①若月紫蘭訳『青い鳥』1913/1961年(岩波少年文庫、1970年 *2
②楠山正雄訳『青い鳥』1928/1956年(角川文庫
③堀口大學訳『青い鳥』1960年(新潮文庫、2006年
④川口篤訳『青い鳥』1971年(主婦の友社『ノーベル賞文学全集 18』 pp. 197-262)
⑤鈴木豊訳『青い鳥』1975年(角川文庫、1994年
⑥末松氷海子訳『青い鳥』2004年(岩波少年文庫

[Acte deuxième, deuxième tableau]

LA CHATTE. – Écoutez-moi… Nous tous ici à présent, animaux, choses et éléments, nous possédons une âme que l’homme ne connaît pas encore. C’est pourquoi nous gardons un reste d’indépendance ; mais, s’il trouve l’Oiseau Bleu, il saura tout, et nous serons complètement à sa merci… C’est ce que vient de m’apprendre ma vieille amie la Nuit, qui est en même temps la gardienne des mystères de la Vie… Il est donc de notre intérêt d’empêcher à tout prix qu’on ne trouve cet oiseau, fallût-il aller jusqu’à mettre en péril la vie même des enfants…

LE CHIEN (indigné). – Que dit-elle, celle-là ?… Répète un peu que j’entende bien ce que c’est ?

LE PAIN. – Silence !… Vous n’avez pas la parole !… Je préside l’assemblée…

LE FEU. – Qui vous a nommé président ?…

L’EAU (au Feu). – Silence !… De quoi vous mêlez-vous ?…

LE FEU. – Je me mêle de ce qu’il faut… Je n’ai pas d’observations à recevoir de vous…

LE SUCRE (conciliant). – Permettez… Ne nous querellons point… L’heure est grave… Il s’agit avant tout de s’entendre sur les mesures à prendre…

LE PAIN. – Je partage entièrement l’avis du Sucre et de la Chatte…

LE CHIEN. – C’est idiot !… Il y a l’Homme, voilà tout !… Il faut lui obéir et faire tout ce qu’il veut !… Il n’y a que ça de vrai… Je ne connais que lui !… Vive l’Homme !… À la vie, à la mort, tout pour l’Homme !… l’Homme est dieu !…

LE PAIN. – Je partage entièrement l’avis du chien.

LA CHATTE (au Chien). – Mais on donne ses raisons…

LE CHIEN. – Il n’y a pas de raisons !… J’aime l’Homme, ça suffit !… Si vous faites quelque chose contre lui, je vous étranglerai d’abord et j’irai tout lui révéler…

LE SUCRE (intervenant avec douceur). – Permettez… N’aigrissons pas la discussion… D’un certain point de vue, vous avez raison, l’un et l’autre… Il y a le pour et le contre…

LE PAIN. – Je partage entièrement l’avis du Sucre !…

LA CHATTE. – Est-ce que tous ici, l’Eau, le Feu, et vous-mêmes, le Pain et le Chien, nous ne sommes pas victimes d’une tyrannie sans nom ?… Rappelez-vous le temps où, avant la venue du despote, nous errions librement sur la face de la Terre… L’Eau et le Feu étaient les seuls maîtres du monde ; et voyez ce qu’ils sont devenus !… Quant à nous, les chétifs descendants des grands fauves… Attention !… N’ayons l’air de rien… Je vois s’avancer la Fée et la Lumière… La Lumière s’est mise du parti de l’Homme ; c’est notre pire ennemie… Les voici… *3

①若月紫蘭訳

ネコ まあ、きいてください。あたしたちここにいるものは、動物どうぶつだって、ものだって、元素げんそだって、みんな、まだ人間にんげんらないたましいというものをもっているのです。だからこそ、あたしたちは、どうやら独立どくりつしていられるのです。けれども、もし人間にんげんが、青い鳥を見つけたら、すべてを知り、すべてを見ることができるでしょう。そうなると、あたしたちは、まるっきり、人間にんげんめいずるままにしたがわなきゃなりません。このことを、生命せいめい神秘しんぴまもり手である、あたしの古い友だちの「夜」からきいて知ったのです。ですから、どんなことがあっても、たとえ、あの子どもたちのいのちを、危険にさらすようなことになったとしても、あの青い鳥を見つけられないようにしなきゃなりません。それが、あたしたちのためなのです。

 (ひどくおこって)こいつ、なにをいってやがるんだ? さ、もう一いってみろ、ききちがいかどうか……

パン 静粛せいしゆくに! しずかに! きみのしゃべるばんじゃない、ぼくは議長ぎちようだぞ……

 だれが議長ぎちようにしたんだい?……

 (火に)おだまりなさいよ! なんであなたが口を出すんです?

 おれは、口を出したいとき出すんだ、よけいなせわをやいてもらいたくないね。

砂糖さとう (仲裁ちゆうさいするように)失礼しつれいだが……ちょっと一言ひとこと……けんかはやめましょうや、いまはだいじな時なんですぜ……なにはさておいても、われわれは、とるべき手段しゆだんをきめなくちゃならないんですからね……

パン まったく、砂糖さとうとネコに同感どうかんだ。

 ばかばかしい……の中には人間にんげんがいる。それだけのことだ。われわれは人間にんげん服従ふくじゆうし、人間にんげんのいうとおりにしなけりゃならない。それがたった一つの事実じじつだ。ぼくは人間にんげんいがいには何もみとめない。人間にんげんばんざい、ばんばんざいだ! んでもきても、みな人間にんげんのためだ。人間にんげんかみだ!……

パン まったく、犬に賛成さんせいだ。

ネコ (犬に)でも、理由りゆうがなくてはね……

 理由りゆうもなにもないさ……ぼくは人間にんげんがすきなんだ、それで十分じゆうぶんだ……きみがもし、人間にんげんたいして、なにかむほんでもたくらんだら、ぼくはまず、きみをころして、人間にんげんのところへいって、すっかりいいつけてやるんだ。

砂糖さとう (あまったるい声で、仲裁ちゆうさいにはいって)ああ、もしもし、議論ぎろんはやめましょうよ。……あるてんからいうと、きみたちどちらも、もっともですよ。どちらにも、くつはあるんですよ……

パン まったく、砂糖さとう同感どうかんだ……

ネコ あたしたちみんな……水さんも、火さんも、あなたご自身じしんも、パンさんも、それからあの犬も、みんな、なんといっていいかわからない暴政ぼうせい犠牲ぎせいしやではないでしょうか!……まだ、あの暴君ぼうくんのやってこない前に、あたしたちが、自由じゆう地球ちきゆうじようを歩きまわっていた時代じだいをおぼえていますか? 火さんと水さんだけが、この世界せかい主人公しゆじんこうでした。そして、それがいま、どうなったのです?……偉大いだいなる野獣やじゆうの、あわれな子孫しそんである、あたしたちは、どうでしょう……あっ、気をつけてください、なにもしてなかったふりをしてね。妖婆ようばと光がやってきますよ……光は、人間にんげんのみかたになったんです、あいつはいちばんわるてきです。そら、きました。(pp. 52-54)

②楠山正雄訳

 まあきいておいでなさい。ここに御列席の皆さんは、動物でも、品物でも、元素げんそでも、皆それぞれ霊魂れいこんを持っておいでですが、人間はまだそれを知らないのです。おかげでまだしもわれわれは、昔ながらの自由の名残だけも保っているわけです。ここでもし人間が一たん青い鳥を探し出したならば、もはや何もかも知ってしまう、何もかも見てしまう、われわれは、何もかも人間の自由にされなければならなくなるのであります。これはわたしが、昔からの友達である「夜」から聞いたことで、あの女は世の中の秘密の監視かんしをもしているのでございます。それゆえ、どうしても人間のじゃまをして、青い鳥の見つからないようにするのが、われわれの利益でありまして、そのためにはあの子供二人の命ぐらい、どうなってもかまってはいられないと考えます。

 (おこって)とんでもない、何をいやがる。もう一度いって見ろ。

パン 静粛せいしゆくに。君はまだ発言をゆるされておりません。我輩は本会議ほんかいぎの議長である。

 だれが議長にしたんだ。

 (火に)おだまり。お前の出る幕ではないよ。

 おれは出るべき幕にはいつでも出る。貴様などの世話にはならん。

砂糖 (中に入って)失礼ですが、まあ喧嘩は止そうじゃありませんか。きょうは大切な場合です。何をおいても、われわれの今後とるべき手段しゆだんを定めるのが急務であります。

パン 我輩は全然「砂糖」と「猫」に同意見である。

 ばかばかしいや。人間はすべてだ。われわれは人間に服従ふくじゆうし、人間のいいつけ通りにする義務がある。真実はそれだけだ。そのほかに何にもない。人間万歳だ。生きるも死ぬも、人間のためだ。人間は神様だ。

パン 我輩は全然「犬」と同意見である。

 (犬に)だが、その理由だけはのべて貰いたいね。

 理由なんかない。おれは人間が好きだ。それだけのことだ。お前たちがもし少しでも人間に反抗すれば、おれは第一にそいつの喉首のどくびをしめ上げて、それから行って、人間に話をするつもりだ。

砂糖 (甘ったるい声で仲裁ちゆうさいする)ええ、ごめん下さいよ。むずかしい議論はまあ止めようじゃありませんか。ある点から見れば、あなたがたはお互にどちらも正しい。双方そうほうに理窟はあるのですからな。

パン 我輩は全然砂糖と同意見である。

 われわれはすべて、「水」でも、「火」でも、そんなことをいう「パン」や「犬」でも、すべて言語ごんご道断どうだん暴政ぼうせいの犠牲ではありませんか。人間という暴君のまだ来ない前、われわれの、自由に愉快に、地の上で遊びまわっていた時代のことを、あなた方はおぼえていますか。「火」と「水」とだけが世界の主人でありました。それが、今日の有様はどうです。まして我々、むかし強かった野のけものの子孫のあわれさ。――いや、お気をつけなさい。何でもないふうをして下さい。妖女が「光」と一しょにやって来ました。「光」は人間のみかたをしています。あの女がわれわれの一番悪い敵ですよ。そら、来ました。(pp. 56-58)

③堀口大學訳

ネコ まあお聞きください。ここに御列席のみなさんは、動物でも、物でも、元素でも、すべて人間のまだ知らない魂を持っているのです。だからこそ、われわれはこうしてどうやらひとり立ちしていられるのです。だがもし、人間が青い鳥を見つけ出したら、人間はすべてを知り、すべてを見るでしょう。そうなったらわれわれは完全に人間の支配下に置かれることになります。そのことは、あたし、この世の秘密の監視人をかねている、古いお友達の「夜」からおそわったばかりなんです。それですから、あらゆる手だてをつくして青い鳥を見つけられないようにすることが、われわれの利益なのです。そのためには、あの子供たちの命ぐらい、危険にさらしてもやむを得ないと思うんです。

イヌ (ひどくおこって)やい、なにをいう。こいつ、もう一ぺんいってみろ。

パン 静粛に。まだ発言を許しておりませんぞ。わしはこの会議の議長である。

 だれがお前を議長にしたんだい?

 (火に)お黙り。お前の出る幕じゃないよ。

 出るべきときには、おれはいつでも出るんだ。余計なお世話だよ。

砂糖 (とりなすように)失礼ですが、まあ喧嘩けんかはやめにしましょう。今は大事なときですからね。なんといってもわれわれのとるべき手段を決めることが先決問題ですよ。

パン 「砂糖」と「ネコ」の意見に同感です。

イヌ ばかばかしい。人間はすべてだ。われわれは人間に従い、人間のいいつけ通りにしなけりゃいけないんだ。それがただ一つの真実なんだ。おれは人間以外になにも認めない。人間万歳。生きるも死ぬもすべて人間のためだ。人間は神だ。

パン 「イヌ」の意見に同感だね。

ネコ (「イヌ」に)でも理由がなければいけませんわ。

イヌ 理由なんかないさ。おれは人間が好きだ。それだけで十分じゃないか。お前がもし人間に対抗してなにかをやろうというなら、おれはまずお前をめ殺して、それから人間のところへ行って全部いいつけてやるつもりだ。

砂糖 (あまったるい声で仲裁にはいって)ちょっと、ごめんなさいよ。議論はもうやめにしましょうよ。ある点から見れば、あなた方はお互にどちらも正しい。どちらにも理屈はあるんですからね。

パン 「砂糖」の意見に全く同感です。

ネコ 「水」でも、「火」でも、それからあなたがたも「パン」も「イヌ」も、ここにいるものはすべて、いいようもない暴政の犠牲者なのではありますまいか。人間という暴君がやってこない前、われわれがまだこの地上を自由に歩き回っていたころのことを思い出してごらんなさい。「水」と「火」だけが世界の主人公でした。それが今どうなりましたか。また、かつて偉大であった野獣の、あわれな子孫であるわれわれはどうでしょうか。あ、気をつけなさい。なにもなかったふりをなさい。妖女と「光」がやってくるところです。「光」は人間の味方ですからね。あいつはわれわれにとって一番有害な敵ですよ。ほら、きました。(pp. 50-52)

④川口篤訳

 聞いて頂戴……ここにおいでの皆さんは、動物にせよ、物にせよ、元素にせよ、みんな、魂を持っているのよ。人間はまだそれを知らないけれども。だからこそ、わたしたちは、どうやら独立を保っていられるのよ。もし人間が青い鳥を見つけたら、人間はすべてを知り、すべてを見ることになるのよ。わたしたちは、完全に人間の思いのままになるのよ。それは、この間、わたしの古い友だちで、「生」の神秘の番人でもある夜から聞いたことなの……だから、どんなことをしてでも、青い鳥を見つける邪魔をするのがわたしたちの利益になるわけ。たとえ、子供たちの命を危険にさらさなければならなくなっても……

 (憤慨して)あいつ、何を言ってやがる?……おれによくわかるように、もう一ぺん言ってみろ。

パン 静粛に!……君に発言を許してないぞ!……おれは、この会議の議長だ……

 誰がお前を議長に任命したんだ?……

 (火に)お黙り!……なにに文句をつけようというの?

 おれは、文句をつけるべき時には、文句をつけるんだ……お前につべこべ言われる義理はねえよ……

砂糖 (両者をとりなして)失礼だが……お互いに喧嘩はやめましょう……大事な場合ですから……何よりもまず、取るべき手段について意見の一致を見なければなりますまい……

パン おれは、砂糖と猫の意見に、まったく同感だな……

 馬鹿もいいかげんにしろ!……人間がいる。それがすべてだ!……人間に従い、その思いどおりにしなければならないんだ! それだけが真実なんだ……おれは、人間しか認めない!……人間万歳!……死ぬも生きるも、すべて人間のためだ!……人間は神だ!……

パン おれは、犬の意見にまったく賛成だ。

 (犬に)でも、わけを言わなければ……

 わけなんかない!……おれは人間が好きだ、それだけのことさ!……もしお前が、何か人間に刃向かうようなことをたくらんだら、おれは、まずお前を絞め殺して、一切を人間にぶちまけてやる……

砂糖 (猫撫で声で間にはいり)失礼ですが……話をそう荒立てないで……見方によっては、お二人とも、それぞれごもっともです……物には両面がありますからね……

パン おれは、砂糖の意見にまったく賛成だ!……

 水も火も、それから、あなたたち、パンも犬も、ここにいる者はみんな、言語に絶する圧制の犠牲者ではありますまいか?……人間という専制君主が現われる前は、わたしたちは自由に地球の上を歩き廻っていたことを思い出して下さい……水と火だけが、この世のあるじでした。それがどうなったとおぼし召す!……昔の偉大な野獣のみすぼらしい子孫であるわれわれに至っては……。気をつけて!……知らないふりをするのよ……仙女と光がやって来るわ……光は人間の側についたのよ。わたしたちの最悪の敵よ……そら、やって来た……(pp. 209-210)

⑤鈴木豊訳

 あたしの言うことを聞いてちょうだい……あたしたち一同ここに集っているでしょう、動物も、物も、元素も。あたしたちはね、人間がまだ知らない魂を持っているのよ。だからあたしたち、いくらかでも独立を保っていられるわけなのよ。ところが、もし人間が青い鳥を見付けたら、人間はなんでも知り、あらゆるものを見ることができるようになり、それこそすっかり、あたしたちは人間の思いのままになってしまうわ……これはね、あたしの古いお友だちの「夜」が教えてくれたことなの、「夜」はね、同時に人生の秘密の番人もしているのよ……だから、あたしたちとしてはどんなことをしても、人間がその鳥を見付ける邪魔をするのが望ましいと思うわけよ、たとえ子供たちの生命いのちが危険にさらされてもしかたがないわ……

 (腹をたてて)なにを言うんだ、この女は?……いま言ったことを、もういっぺん繰り返してみろ!……

パン お黙りなさい!……あなたには発言権はありませんぞ!……わしはこの会議の議長じゃからね……

 だれがお前さんを議長に任命したんだい?……

 (「火」に)静粛になさって!……よけいなことをおっしゃらないで!……

 必要なことを言ってるだけだよ。お前さんにとやこう言われる筋合いはないね……

砂糖 (とりなすように)失礼ですけれど……とにかく喧嘩けんかはやめましょうよ……とにかく大事なときですから……なにより、いまの問題は、みんながどういう態度をとるかということですからね……

パン わしは「砂糖」と「猫」の意見に全面的に賛成だね……

 バカバカしい!……はじめに人間あり、それだけのことさ!……人間には従わなければならんし、人間の望むことはしなければいけない!……真実はただそれだけさ!……ぼくは人間しか認めない!……人間ばんざいだ!……生きるのも死ぬのも、すべてこれ人間のためだよ!……人間さまは神さまでございだ!……

パン わしは犬の意見に全面的に賛成だね。

 (「犬」に)でも、それなりの理由がいるわよ……

 理由なんてあるもんか!……ぼくは人間が好きだ、それで充分さ!……もしきみが人間に対してなにか企てたら、ぼくはまず第一にきみの首ねっこを締めて、それから人間に一部始終を打ち明けにゆくよ……

砂糖 (穏やかに仲に入って)失礼ですけれど……マア、そんなに感情的な議論はやめようじゃありませんか……見方によれば、お二人ともそれぞれもっともなことで……とにかくどちらにもそれぞれ理屈がありますから……

パン わしは全面的に「砂糖」の意見に賛成だね!……

 ここにいる皆さん、「水」に「火」に、それにあなた方、「パン」も「犬」も、みんな途方もない暴君の犠牲者じゃあないの?……横暴な人間がやってくる以前、あたしたちが地球の上を自由に歩き回っていた時分のことを思い出してごらんなさい……ただ「水」と「火」だけが世界の主人だったのよ。それが、「水」や「火」がいまどうなったか見てごらんなさい! あたしたち、偉大な野獣のかよわい子孫はといえば……気をつけて!……なにもなかったようなふりをするのよ……仙女と「光」がこちらへ来るのが見えるわ……「光」は人間の味方についたのよ。あたしたちのいちばん悪い敵なのよ……ホラ、きたわよ……(pp. 42-44)

⑥末松氷海子訳

 みなさん、聞いてください。ここにいるわたしたちみんな、動物でも物でも元素げんそでも、人間がまだ知らない、たましいというものを持っています。それで、わたしたちはなんとか自立じりつしているんです。でも、もし人間が青い鳥を見つけたら、すべてを知り、すべてを見るようになるでしょう。そうなると、わたしたちはまったく人間の思いどおりにされてしまいます。このことは、わたしの昔からの友だちの「夜」が教えてくれたんですよ。夜は、生命の神秘しんぴを守っています。

 だから、どんなことがあっても、青い鳥が見つからないようにしなくては……たとえあの子たちの命が危険きけんにさらされようとも、わたしたち自身のためを考えなくては……

 (憤慨ふんがいして)ねこのやつ、なにをいってるんだ! 今いったことを、もう一度いってみろ!

パン しずかにしろ! きみのしゃべる番じゃないぞ! わたしは議長ぎちようだからな!

 だれが議長ぎちようにしたのさ。

 (火に)しーっ! なんだって、口を出すの?

 おれは必要ひつようなときには口を出すんだ。世話をやくのはやめてくれ!

砂糖 (なかを取りもって)失礼しつれいですが、けんかはやめましょうや。いまは大事なときです。まず、わたしたちがどうしたらいいか、決めなくちゃならないんですから……

パン わたしはまったく、砂糖さとうねこ賛成さんせいだ。

 ばかばかしい! この世に人間がいる。それだけのことじゃないか! ぼくたちは人間のいうとおりにしたり、したがったりしなきゃいけないんだ。それだけがほんとうのことさ。ぼくは人間のほかには、なにもみとめない。人間、ばんざい! 生きるも死ぬも、ぜんぶ人間のためだ。人間は神さまだ!

パン まったく犬に賛成さんせいだ。

 (犬に)それなら、わけをいいなさいよ。

 わけなんかないさ。ぼくは人間がきだ。それでじゅうぶんだろ! きみが人間になにか悪いことをたくらんだら、ぼくは、きみの首をめて、人間にぜんぶあばいてやる。

砂糖 (あまったるい声で仲裁ちゆうさいに入り)失礼しつれいながら、むずかしい議論ぎろんはやめましょうや。ある点では、二人とも正しいですよ。それに賛成さんせいする人と反対する人がいるんです。

パン まったく砂糖さとう賛成さんせいだ!

 ここにいるみんな、水も火も、あなたご自身も、パンも犬も、名目めいもくのない暴虐ぼうぎやく犠牲ぎせいになってはいないでしょうか。あの独裁者どくさいしやがやってくる前、わたしたちが地球ちきゆうの上を自由に歩きまわっていた時代をおぼえていますか? 水と火だけが、世界の支配しはいしやでした。それがいま、どうなったでしょう! 偉大いだい野生やせい動物の子孫しそんであるわたしたちにしたって……あっ! 用心して! なにもしてないふりをするんです。魔法まほう使つかいと光がこちらへきますから。光は、人間の味方みかたになりました。わたしたちのいちばん悪いてきです。ほら、きましたよ。(pp. 49-51)

[Acte cinquième, dixième tableau]

TYLTYL. – […] Avec quoi tu joues, ces grandes ailes bleues ?…

L’ENFANT. – Ça ?… C’est pour l’invention que je ferai sur Terre…

TYLTYL. – Quelle invention ?… Tu as donc inventé quelque chose ?…

L’ENFANT. – Mais oui, tu ne sais pas ?… Quand je serai sur Terre, il faudra que j’invente la Chose qui rend Heureux…

TYLTYL. – Est-elle bonne à manger ?… Est-ce qu’elle fait du bruit ?…

L’ENFANT. – Mais non, on n’entend rien…

TYLTYL. – C’est dommage…

L’ENFANT. – J’y travaille chaque jour… Elle est presque achevée… Veux-tu voir ?…

TYLTYL. – Bien sûr… Où donc est-elle ?…

L’ENFANT. – Là, on la voit d’ici, entre ces deux colonnes…

UN AUTRE ENFANT BLEU (s’approchant de Tyltyl et le tirant par la manche). – Veux-tu voir la mienne, dis ?…

TYLTYL. – Mais oui, qu’est-ce que c’est ?…

DEUXIÈME ENFANT. – Les trente-trois remèdes pour prolonger la vie… Là, dans ces flacons bleus…

TROISIÈME ENFANT (sortant de la foule). – Moi j’apporte une lumière que personne ne connaît !… (Il s’illumine tout entier d’une flamme extraordinaire.) C’est assez curieux, pas ?…

QUATRIÈME ENFANT (tirant Tyltyl par le bras). – Viens donc voir ma machine qui vole dans les airs comme un oiseau sans ailes !…

CINQUIÈME ENFANT. – Non, non ; d’abord la mienne qui trouve les trésors qui se cachent dans la lune !…

Les Enfants Bleus s’empressent autour de Tyltyl et de Mytyl en criant tous ensemble : “ Non, non, viens voir la mienne !… Non, la mienne est plus belle !… La mienne est étonnante !… La mienne est tout en sucre !… La sienne n’est pas curieuse… Il m’en a pris l’idée !…, etc. ” Parmi ces exclamations désordonnées, on entraîne les petits Vivants du côté des ateliers bleus ; et là, chacun des inventeurs met en mouvement sa machine idéale. C’est un tournoiement céruléen de roues, de disques, de volants, d’engrenages, de poulies, de courroies, d’objets étranges et encore innommés qu’enveloppent les bleuâtres vapeurs de l’irréel. Une foule d’appareils bizarres et mystérieux s’élancent et planent sous les voûtes, ou rampent au pied des colonnes, tandis que les enfants déroulent des cartes et des plans, ouvrent des livres, découvrent des statues azurées, apportent d’énormes fleurs, de gigantesques fruits qui semblent formés de saphirs et de turquoises.

 

UN PETIT ENFANT BLEU (courbé sous le poids de colossales pâquerettes d’azur). – Regardez donc mes fleurs !…

TYLTYL. – Qu’est-ce que c’est ?… Je ne les connais pas…

LE PETIT ENFANT BLEU. – Ce sont des pâquerettes !…

TYLTYL. – Pas possible !… Elles sont grandes comme des roues…

LE PETIT ENFANT BLEU. – Et ce qu’elles sentent bon !…

TYLTYL (les humant). – Prodigieux !…

LE PETIT ENFANT BLEU. – Elles seront comme ça quand je serai sur Terre…

TYLTYL. – Quand donc ?…

LE PETIT ENFANT BLEU. – Dans cinquante-trois ans, quatre mois et neuf jours…

Arrivent deux Enfants Bleus qui portent comme un lustre, pendue à une perche, une invraisemblable grappe de raisins dont les baies sont plus grosses que des poires.

 

L’UN DES ENFANTS QUI PORTENT LA GRAPPE. – Que dis-tu de mes fruits ?…

TYLTYL. – une grappe de poires !…

L’ENFANT. – Mais non, c’est des raisins !… Ils seront tous ainsi, lorsque j’aurai trente ans… J’ai trouvé le moyen de…

UN AUTRE ENFANT (écrasé sous une corbeille de pommes bleues, grosses comme des melons). – Et moi !… Voyez mes pommes !…

TYLTYL. – Mais ce sont des melons !…

L’ENFANT. – Mais non !… Ce sont mes pommes, et les moins belles encore !… Toutes seront de même quand je serai vivant… J’ai trouvé le système !…

UN AUTRE ENFANT (apportant sur une brouette bleue des melons bleus plus gros que des citrouilles). – Et mes petits melons ?…

TYLTYL. – Mais ce sont des citrouilles !…

L’ENFANT AUX MELONS. – Quand je viendrai sur Terre, les melons seront fiers !… Je serai le jardinier du Roi des neufs Planètes…

TYLTYL. – Le Roi des neufs Planètes ?… Où est-il ?…

LE ROI DES NEUFS PLANÈTES (s’avançant fièrement. Il semble avoir quatre ans et peut à grand-peine se tenir debout sur ses petites jambes torses). – Le voici !

TYLTYL. – Eh bien ! tu n’es pas grand…

LE ROI DES NEUFS PLANÈTES (grave et sentencieux). – Ce que je ferai sera grand.

TYLTYL. – Qu’est-ce que tu feras ?

LE ROI DES NEUFS PLANÈTES. – Je fonderai la Confédération générale des Planètes solaires.

TYLTYL (interloqué). – Ah, vraiment ?

LE ROI DES NEUFS PLANÈTES. – Toutes en feront partie, excepté Saturne, Uranus et Neptune qui sont à des distances exagérées et incommensurables.

Il se retire avec dignité.

 

TYLTYL. – Il est intéressant…

UN ENFANT BLEU. – Et vois-tu celui-là ?

TYLTYL. – Lequel ?

L’ENFANT. – Là, le petit qui dort au pied de la colonne…

TYLTYL. – Eh bien ?

L’ENFANT. – Il apportera la joie pure sur le Globe…

TYLTYL. – Comment ?…

L’ENFANT. – Par des idées qu’on n’a pas encore eues…

TYLTYL. – Et l’autre, le petit gros qui a les doigts dans le nez, qu’est-ce qu’il fera, lui ?…

L’ENFANT. – Il doit trouver le feu pour réchauffer la Terre quand le Soleil sera plus pâle…

TYLTYL. – Et les deux qui se tiennent par la main et s’embrassent tout le temps ; est-ce qu’ils sont frère et sœur ?…

L’ENFANT. – Mais non, ils sont très drôles… Ce sont les Amoureux…

TYLTYL. – Qu’est-ce que c’est ?…

L’ENFANT. – Je ne sais pas… C’est le Temps qui les appelle ainsi pour s’en moquer… Ils se regardent tout le jour dans les yeux, ils s’embrassent et se disent adieu…

TYLTYL. – Pourquoi ?

L’ENFANT. – Il paraît qu’ils ne pourront pas partir ensemble…

TYLTYL. – Et le petit tout rose, qui semble si sérieux et qui suce son pouce, qu’est-ce que c’est ?…

L’ENFANT. – Il paraît qu’il doit effacer l’Injustice sur la Terre…

TYLTYL. – Ah ?…

L’ENFANT. – On dit que c’est un travail effrayant…

TYLTYL. – Et le petit rousseau qui marche comme s’il ne voyait pas. Est-ce qu’il est aveugle ?…

L’ENFANT. – Pas encore ; mais il le deviendra… Regarde le bien ; il paraît qu’il doit vaincre la Mort…

TYLTYL. – Qu’est-ce que ça veut dire ?…

L’ENFANT. – Je ne sais pas au juste ; mais on dit que c’est grand…

TYLTYL (montrant une foule d’enfants endormis au pied des colonnes, sur les marches, les bancs, etc.). – Et tous ceux-là qui dorment – comme il y en a qui dorment ! – est-ce qu’ils ne font rien ?…

L’ENFANT. – Ils pensent à quelque chose…

TYLTYL. – À quoi ?

L’ENFANT. – Ils ne le savent pas encore ; mais ils doivent apporter quelque chose sur la Terre ; il est défendu de sortir les mains vides…

TYLTYL. – Qui est-ce qui le défend ?…

L’ENFANT. – C’est le Temps qui se tient à la porte… Tu verras quand il ouvrira… Il est embêtant…

①若月紫蘭訳

チルチル 〔……〕きみのいじってる、その大きな青いはね、なんなの?

子ども これぼくが地球ちきゆうへいったら発明はつめいするものだよ。

チルチル なんの発明はつめい? きみ、何か発明はつめいしたことがあるの?

子ども うん、あるよ、きみ、まだきいてないの?……ぼく下へおりたときね、の中を幸福こうふくにするもの発明はつめいするんだ……

チルチル おいしいもの?……音がするもの?……

子ども ううん、音はしないよ……

チルチル じゃあ、つまんないね……

子ども ぼく、まいにち、それにかかってるんだよ。もう、たいていできてるよ。見せてあげようか?……

チルチル うん、見せて……どこにあるの?

子ども ほら、ここから見えるでしょう? このはしらのあいだに……

だい一の青い子ども (チルチルのところへやってきて、そでをひいて)ねえ、ぼくのも見せようか?……

チルチル うん、なんなの?

だい二の子ども 三十三種類しゆるい長生ながいきの、くすりだよ。ほら、この青いびんの中にあるよ……

だい三の子ども (みんなの中から出てきて)ぼくね、だれも知らない光を見せてあげよう! (すばらしいほのおでじぶんのからだを、てらす)ねえ、ちょっと、ふしぎでしょう?

だい四の子ども (チルチルのうでをひっぱって)ぼくの機械きかいを見にきてよ。はねがなくって、鳥のようにぶんだよ。

だい五の子ども だめだめ、ぼくがいちばんさきだ! これは月の中にかくしてあるたからを見つけるものだよ……

青い子どもたち (チルチルとミチルをとりまいて、みんないっしょにさけぶ)だめだ、だめだ。ぼくのを見にきてよ!……ぼくの方がずっとりっぱだ……ぼくのすばらしい発明はつめいだぜ!……ぼくのはお砂糖さとうでこさえてあるよ!……あれはだめだ、あれはぼくの思いつきをとったんだ。

 

この大さわぎの中に、きてる子どもたちは、青い工場こうばの方へひっぱっていかれる。工場こうばにはいると、発明はつめいたちは、めいめい理想りそう機械きかいうごかしてみせる。空色の車輪しやりん平円へいえんばん、はずみ車、起動きどうりん滑車かつしや帯索おびなわ、そのほか奇妙きみような、まだ名のついていないものなどが、まぼろしのような、青っぽいきりの中でうごいている。めずらしい、ふしぎな機械きかいが、たくさんとびだして、天井てんじよううらをはねまわったり、はしらのねもとをいまわったりする。そのあいだに子どもたちは図面ずめん設計せつけいをひろげたり、本をあけたり、サファイヤやトルコ玉でできているらしい、すばらしい花や、大きなくだものをもってきたりする。

 

小さい青い子ども (大きなヒナギクをもって、そのおもさでこしをまげながら)ぼくの花、見てごらん……

チルチル なんだろう……わかんないや……

小さい青い子ども ヒナギクだよ!

チルチル ちがうよ。馬車ばしや車輪しやりんくらい大きいもの……

小さい青い子ども とってもいいにおいがするよ。

チルチル (かいでみて)すばらしいね!

小さい青い子ども ぼくが地球ちきゆうへいったら、ヒナギクはみんなこんなになるよ。

チルチル いついくの?

小さい青い子ども 五十三年と四か月九日ここのかたったら。

 

ふたりの青い子どもがやってくる。ふといぼうからたれたラスターのようなかたちをして、ナシよりも大きな、ほんとうとは思われないほどのブドウのふさをもってくる。

 

ブドウをった子ども このくだものどう?

チルチル ナシのふさ?

子ども ううん、ブドウだよ、……ブドウがみんなこんなになるよ、ぼくが三十になると。ぼく、いい方法ほうほうを見つけたんだ。

ほかの子ども (メロンくらいの大きさの、青いリンゴをかごにいれて、よちよちとやってきて)それからぼくのも! ぼくのリンゴ見てよ!

チルチル でも、そりゃメロンじゃないか!

子ども ううん。リンゴだよ……それも、いちばんいいのじゃないよ……ぼくがまれると、みんなあんなになるんだぜ。ぼく、いいやりかた見つけたからね。

ほかの子ども (カボチャより大きな青いメロンをつんだ、青い手押ておしぐるまをおしてきて)このちっちゃいメロンどう?

チルチル だって、そりゃカボチャじゃないか!

子ども ぼくが地球ちきゆうへいくと、メロンがこんなに大きくなるよ……ぼく、九遊星ゆうせいの王さまのにわつくりになるんだ。

チルチル 九遊星ゆうせいの王さま? その人どこにいるの?

遊星ゆうせいの王 (えらそうなふうをしてでてくる。四さいくらいに見え、まがった足で、やっとのことで立っている)ここにいるよ。

チルチル あんまり大きくないね。

遊星ゆうせいの王 (おもおもしく、いかめしそうに)ぼくは大きくなったら、たいしたものをつくるんだぞ!

チルチル なにするの?

遊星ゆうせいの王 太陽たいようけいほしみんなの同盟どうめいをつくるんだ。

チルチル (とてもおどろいて)ええ、ほんとに?

遊星ゆうせいの王 ほしというほしはみんなその同盟どうめいにはいるんだ。だけど、土星どせいと、天王てんおうせいと、海王かいおうせいだけはべつさ。とんでもないとおくにあるからね。(えらそうなふうで退場たいじよう

チルチル おもしろいな。

青い子ども それからきみ、あれ見た?

チルチル どれ?

子ども ほら、あのはしらのねもとのところにねむってる、ちっちゃい子どもさ。

チルチル あの子、どうしたの?

子ども あの子はね、地球ちきゆうへほんとうのよろこびをもっていくのさ。

チルチル どういうふうにして?

子ども まだ人間にんげんたちの知らないようなことを考えさせるのさ。

チルチル それから、あのちっちゃい、ふとった子ね、ゆびはなのところにあててる、あの子はなにをするの?

子ども あれはね、太陽たいようがいまよりあかるくなくなったときに、地球ちきゆうをあっためる火をみつけるんだよ。

チルチル それから、ふたりで手をにぎりあって、キスばっかりしてるのね、あれ、きょうだい?

子ども ううん。あの子たちとってもおかしいんだ。恋人こいびとどうしなんだ。

チルチル なんのこと、それ?

子ども ぼくわかんない。「時のおじいさん」が、そういって、からかってるんだ。あのふたりね、まいにち、かお見合って、キスしたり、さよならしたりしてくらしてるんだよ。

チルチル なぜなの?

子ども あの子たちね、いっしょにここを出てくことできないらしいんだ。

チルチル それからあのちっちゃい桃色ももいろのね、まじめくさって、親指おやゆびしゃぶってる、あの子は?

子ども の中から、ただしくないことをなくそうというのらしいよ。

チルチル ふーん。

子ども たいへんな仕事しごとなんだってさ。

チルチル それから、あのちっちゃい、赤毛の子、じぶんでもどこへいくんだかわからないみたいに歩いてるけど、あれ、めくら?

子ども ううん、まだそうじゃないんだ。でもいまにめくらになるんだよ。ね、あの子ようく見てごらん。ぬってことをなくそうとしてるらしいんだ。

チルチル それ、どういうことなの?

子ども ぼくよくわかんないけど、えらいことだってね。

チルチル (はしらのねもとや、階段かいだんや、こしかけなどにねむっている一群ひとむれをさして)あのねむってる子どもたち、ずいぶんたくさんいるんだね。みんな、なんにもしないの?

子ども なにか考えてるのさ。

チルチル なにを?

子ども じぶんでもまだわからないんだろ。でもね、みんな地球ちきゆうへいくときには、なにかもっていかなくちゃいけないんだ。空手からてじゃいけないことになってるんだからね。

チルチル だれがそういったの?

子ども 「時のおじいさん」さ。入り口のところに立ってるんだ……入り口をあけるときに見られるよ。あの人、とてもうるさいんだ。(pp. 193-200)

②楠山正雄訳

チルチル 〔……〕君、何をおもちゃにしているの。その大きな青い羽なんなの。

子供 これ。これ、今に地の上に行ったとき、発明をするためなんだよ。

チルチル 何の発明なの。君、何か発明をしたの。

子供 そうさ。まだ聞いたことなかったの。ぼく、地の上へ行ったら、みんなを幸福にするものを発明するんだよ。

チルチル おいしいものなの。音のするものなの。

子供 だめだ。君、何にも知らないんだもの。

チルチル 困ったなあ。

子供 ぼく、毎日それにかかっているの。もう大抵出来上がったのだよ。見せて上げようか。

チルチル ああ、どうぞ。どこにあるの。

子供 ここから、そら、この柱と柱との間から見えるよ。

もう一人の青い子供 (チルチルのそばへ駈けて来て、袖をひっぱって)君、ぼくのも見てくれるかい。

チルチル ああ、それは何なの。

第二の子供 人間の寿命じゆみようをのばすためにつかう三十三通りの薬だよ。ほら、この青い壜の中に入っているんだよ。

第三の子供 (群衆の中から進んで出て)ぼくは、誰も知らない光を見せて上げよう。(自分の全身を、すごい光の炎で光らす)随分不思議だろう。ええ。

第四の子供 (チルチルの腕を引っぱって)来て、ぼくの器械を見てごらん。羽がなくっても、鳥のように空を飛んで歩ける器械だよ。

第五の子供 ううん、ううん、ぼくの方が先だよ。月の中にかくれた宝を見つけるのだよ。

青い子供たちはチルチルとミチルのまわりにかたまって来て、一しょに叫びたてます。ううん、ううん、ぼくの方へ来て頂戴よ。……だめだ、ぼくの方がずっといいんだよ。……ぼくの方がたいしたものなんだよ。……ぼくのはすっかりお砂糖なんだよ。……あの子のなんかちっともめずらしかないよ。あの子はぼくの考えをとったのだよ……。そのほか

この大騒ぎの中に、生きている子供二人は、青い工場の方へひっぱって行かれます。そこで小さな発明家達が、一人一人理想の器械を動かして見せました。車輪、円板、制動せいどう、歯車、滑車かつしや調革しらべかわおよびその他の奇妙な、まだ名のついていない品物が、青色に廻りながら、幻のような霧の中で動いています。めずらしい不思議な器械がたくさんかたまって飛び出して、天井てんじようの上へとび上がったり、柱の下をはいまわったりします。子供達は地図や設計図をひろげて見せたり、本を開いて見せたり、青色の像のおおいをとって見せたり、青いサファイヤやトルコ玉でこしらえたかと思われるような、おそろしく、大きな花やめずらしい果実を持って来たりします。

小さい青い子供 (青い大雛菊の下に、おしつぶされたようになりながら)まあぼくの花を御覧よ。

チルチル 何だろう。わからないなあ。

小さい青い子供 雛菊だよ。

チルチル おどろいた。車の輪ぐらいあるんだなあ。

小さい青い子供 匂いもいいだろう。

チルルチママ (匂いをぎながら)すてきだなあ。

小さい青い子供 ぼぼくが地の上に行けば、雛菊の花があんなに大きくなるんだよ。

チルチル それは、いつなの。

小さい青い子供 五十三年四月と九日あと。

二人の青い子供が、一本の柱にぶらさげたえだ燭台しよくだいのような形をして、とてもそれらしくない大きな葡萄ぶどうふさをはこんで来ます。その実はなしよりも大きいのです。

子供の一人 (葡萄の身を運びながら)ぼくのこしらえた果物くだものはどうです。

チルチル なしの房だね。

子供 うそだよ。葡萄だよ。ぼくが三十になる時分には、葡萄がそうなるんだよ。ぼくはその方法を考えたのだから。

もう一人の子供 (瓜の大きさほどのある青林檎をかごに入れてひょろひょろかつぎながら)それからぼくのも。ぼくの林檎を見てくれたまえ。

チルチル だってこれ、甜瓜まくわうりじゃないか。

子供 ううん。ううん。これは林檎だよ。しかも一番いいんじゃないんだ。ぼくが生れると、林檎がああなるんだよ。ぼく、その方式を考えたんだから。

もう一人の子供 (西瓜よりも大きいあお甜瓜まくわうりを入れた青い手押車を押しながら)そこでぼくの小さな甜瓜はどうあぢ。

チルチル だってこれ、西瓜じゃあないか。

甜瓜を持った子供 ぼくが地へ下りて行くと、甜瓜がこんなにすばらしくなるのだよ。ぼくは九つの遊星ゆうせいの王様の園丁えんていになるんだ。

チルチル 九つの遊星ゆうせいの王様だって。それはどこにいるの。

九つの遊星の王 (いばって前へ出て来ます。まだやっと四歳ぐらいで、曲った足でこわごわ立っているように見えます)ここにいるぞ。

チルチル へえ。君、大きかないんだな。

九つの遊星の王 (勿体らしく、いいきかせるように)ぼくのこしらえるものが大きいのだ。

チルチル それは何をこしらえるの。

九つの遊星の王 ぼくは太陽系の遊星のそう聯盟れんめいをこしらえるのだ。

チルチル (おどろいて)へえ。ほんとうに。

九つの遊星の王 法外ほうがな、はかりしられない遠方にある土星と、天王星と、海王星だけは別として、あとはのこらずなかまに入れるのだ。

 こういって、威厳いげんを見せて退しりぞきます。

チルチル おもしろいなあ。

青い子供 (始めてチルチルと話した子供)それから、君、あれを見たの。

チルチル どれさ。

子供 ほら、あそこに柱の下で眠っている子供があるだろう。

チルチル ああ、あれか。

子供 あの子はね、地球の上に純粋じゆんすいの喜を持って行くのだよ。

チルチル どういう風にして。

子供 まだ誰も持っていない考えでね。

チルチル それからもう一人、指を鼻の穴につっこんでいるふとった子供は、あれは何をするの。

子供 あの子は今に太陽の光が薄くなったときに、地球を暖める火を発明する人だよ。

チルチル それから男の子と女の子と二人手をとり合って、しょっちゅう抱き合っているのは。あの人達、兄妹ではないの。

子供 ううん、あれはへんなやつらだよ。「仲好し」というんだとさ。

チルチル なに、それは。

子供 ぼく、知らないよ。「時」がそういって、からかっているんだよ。あいつらは一日中お互に顔を見合って、抱き合ったり、さよならをいいあったりしているんだよ。

チルチル なぜなの。

子供 お互に離れることができないらしいんだよ。

チルチル それからむずかしい顔をして、指をしゃぶってる薔薇ばらいろの顔の子供がいるね。あれは誰なの。

子供 あの子は地の上から不正をなくす役をいいつけられてるらしい。

チルチル へえ。

子供 それはずいぶん大変な仕事なんだって。

チルチル それから、あの小さな髪の毛の紅い子供が、どこへ行くのか自分でもわからないような風をして、歩きまわっているのは何。あの子めくらなの。

子供 まだめくらじゃないよ。でも今にそうなるんだよ。よくあの子をごらん。あれは「死」を征服する役らしいのだよ。

チルチル それはどういうこと。

子供 ぼく、よくは知らないよ。けれどそれは大変なことなんだって。

チルチル (円柱の下や階段や腰掛などに眠っている子供達のむれをさしながら)それから、あの子供たちみんな眠っているんだね。ずいぶんたくさん眠っているんだなあ。みんな何にもしないの ママ

子供 何か考えごとをしているんだよ。

チルチル 何を考えているの。

子供 まだ自分でもわからないんだよ。でも地の上へは何か持って行かなければならないんだからね。ぼくたちは空手からてでここから出ることをとめられてるんだからね。

チルチル 誰がとめるの。

子供 扉󠄁のところに立っている「時」がさ。今に扉󠄁を開けると姿が見えるだろうが、それはずいぶん退屈たいくつしているんだよ。(pp. 175-180)

③堀口大學訳

チルチル 〔……〕きみ、なにをおもちゃにしてるの? その青い大きな羽なんなの?

子供 これ? これは地上へ行ってからぼくがやる発明のためのものなんだよ。

チルチル なんの発明なの? じゃ、きみなにか発明したの?

子供 ええ、きみ知らないの? ぼくは地上へ行ってからみんなの幸福のために役立つものを発明することになってるんだよ。

チルチル それはおいしいものなの? なにか音がする?

子供 ううん、食べられもしないし、なんの音もしないよ。

チルチル 残念だね。

子供 ぼく、そのために毎日働いてるんだよ。もう大体できあがってるんだ。見せてあげようか?

チルチル うん、ぜひ、どこにあるの?

子供 ほら、ここから見えるでしょう。柱と柱の間に。

ほかの青い子供 (チルチルに近づいてきて、そでを引っ張りながら)ねえ、ぼくのも見せてあげようか?

チルチル ええ、なんなの君の発明は?

第二の子供 人間の寿命をのばす三十三種類の薬だよ。ほら、この青いびんの中にはいってる。

第三の子供 (子供たちの群れから進み出て)ぼくはだれも知らない光を持ってるんだよ。(すばらしい炎で自分の全身を照らす)ねえ、とてもふしぎなものでしょう?

第四の子供 (チルチルの腕を引っ張って)ねえ、こっちへきてぼくの機械を見てよ。翼もなしに鳥みたいに空中を飛ぶんだよ。

第五の子供 いや、いや、ぼくのを先に見てもらうんだよ。月の中に隠れた宝を見つけるためのものなんだ。

(青い子供たちはチルチルとミチルのまわりにひしめき合って叫びたてる。「いや、いや、ぼくのを見にきてよ。ぼくの方がずっときれいなんだよ‥‥。ぼくの方がふしぎなんだよ‥‥。ぼくのは全部お砂糖なんだよ‥‥。あの子のなんかふしぎでもなんでもありやしない‥‥。あれはぼくの考えをとったんだよ‥‥」など。このうるさい叫び声の中に、生きてる子供たちは青い仕事部屋べやの方へ引っ張って行かれる。そこでは発明家たちが、それぞれ自分の理想の機械を動かして見せる。車輪や円板やはずみ車や歯車や滑車や革帯など、ふしぎな、まだ名前もないさまざまの物体が青みをおびたもやに包まれて旋回する。空色をしたふしぎな装置が飛び上って、丸天井の下を飛び回ったり、かと思うと円柱の足元をはい回ったりする。その間に子どもたちは、地図や設計図をひろげたり、本を開いたり、空色の彫像のおおいを取ったり、サファイアやトルコ玉でできているかと思われるすばらしく大きな花やくだものを持ってきたりする)

小さい青い子供 (空色の大きなヒナギクを持ち、その重みでからだをまげながら)そら、ぼくの花をごらんよ。

チルチル これはなに? ぼく知らないや。

小さい青い子供 ヒナギクだよ。

チルチル 本当かい? 車輪みたいに大きいんだなあ。

小さい青い子供 それにいいにおいがするよ。

チルチル (においをかぎながら)すばらしいね。

小さい青い子供 ぼくが地の上へ行ったらヒナギクはみんなこんなになるんだよ。

チルチル それはいつなの?

小さい青い子供 五十三年四ヵ月と九日たったら。

(ふたりの青い子供がやってくる。ふたりは、枝つき燭台しよくだいのような形をして、その一粒一粒がナシよりも大きく、本当とは思われないようなブドウの一ふさを、太い棒につるして持っている)

ブドウを持ってきた子供のひとり ぼくのくだもの、どう?

チルチル ナシのふさだ。

子供 違うよ。ブドウだよ。ぼくが三十になるころには、ブドウはみんなこんなになるんだよ。ぼくはその方法を見つけたんだ。

もうひとりの子供 (メロンほどもある青い大きなリンゴの入ったかごに押しつぶされそうになりながら)ぼくのはどうだい。ぼくのリンゴをみてよ。

チルチル だって、それメロンだろう。

子供 ううん、ぼくの考えたリンゴだよ。それにまだ一番いいものじゃないんだ。ぼくが生まれるとリンゴはこうなるんだよ。ぼくはそのやり方を見つけたんだ。

もうひとりの子供 (カボチャよりも大きい、青いメロンを積んだ青い手押し車を押しながら)ぼくの小さなメロンはどうだい?

チルチル だって、これカボチャじゃないか。

メロンを持ってきた子供 ぼくが地上へ行くと、メロンはこんなにすばらしくなるんだよ。ぼくは九遊星の王に仕える庭師になるんだ。

チルチル 九遊星の王だって? その人どこにいるの?

九遊星の王 (得意そうに進み出る。まだやっと四歳ぐらいに見え、まがった足でやっとのこと立っている)ここだよ。

チルチル やあ、大きくないんだね。

九遊星の王 (おもおもしく、もったいぶって)ぼくのやる仕事は大きいんだぞ。

チルチル どんな仕事をするの?

九遊星の王 太陽系の遊星の総同盟をつくるんだ。

チルチル (驚いて)本当?

九遊星 おそろしく遠くにある土星と天王星と海王星だけは別だけれど、あとの星は残らず加盟するんだ。

 (いばった風で退く)

チルチル おもしろいなあ。

青い子供 それから、きみあれを見た?

チルチル どれさ?

子供 ほら、あそこの柱の下に眠っている小さな子供。

チルチル あの子どうしたの?

子供 あの子は地球に純粋な喜びを持って行くんだよ。

チルチル どんな風にして?

子供 これまでだれも知らなかったような考えでさ。

チルチル それからもうひとり、指を鼻の中につっ込んでるあのふとった子はなにをするの?

子供 あの子は太陽の光が弱くなったとき、地球を暖める火を見つけることになってるんだよ。

チルチル それから手を取り合って、いつでも抱き合ってるようなあのふたりは? あの子たちきょうだいなの?

子供 ううん、あれはへんなやつらなんだ。「恋人どうし」なんだよ。

チルチル それなあに?

子供 知らないよ。「時」がそういってからかうんだよ。あの子たち、一日中じっと顔を見合ったり、抱き合ったり、さよならをいい合ったりしてるんだよ。

チルチル どうして?

子供 いっしょにここから出て行けないらしいんだ。

チルチル それから、まじめくさって親指をしゃぶってる、あのバラ色をした小さな子はだれなの?

子供 あの子は地上から不正をなくすんだって。

チルチル ふうん。

子供 とてもむずかしい仕事なんだってね。

チルチル それから、自分でもどこへ行くのかわからない風で歩いてくる、髪の赤い小さな子、あの子盲なの?

子供 ううん、だけどいまにそうなるんだよ。よくごらんなさい。あの子、「死」を征服することになるらしいんだよ。

チルチル それ、どういうことなの?

子供 よく知らないけどね。とても大変なことなんだって。

チルチル (円柱の下や、階段や、ベンチの上に眠っている子どもたちの一群を指さして)それから、あの眠っている子供たち、随分たくさんいるんだねえ。あの子たちなにもしないの?

子供 みんななにかを考えてるんだよ。

チルチル どんなことを?

子供 まだわからないけど。でも、みんななにかを地上に持って行かなければいけないんだよ。手ぶらで出て行くことは止められているんだ。

チルチル それはだれが止めるの?

子供 扉のところに立っている「時」だよ。きみ、いまに扉をあけるときに見られるよ。とてもうるさい人なんだ。(pp. 188-195)

④川口篤訳

チルチル 〔……〕なにをいじってるの? その青い大きなつばさは、なんなの?……

子供 これ?……これは、僕が地上でする発明の準備なんだよ……

チルチル どんな発明?……もう何か発明したの?……

子供 ああ、君、知らないの?……僕は、地上に生まれたら、人を幸福にする物を発明しなければならないんだもの……

チルチル それは、おいしいものなの?……それとも、音を出すものなの?……

子供 いや、音は出さないよ……

チルチル それは残念だな……

子供 毎日、その仕事にかかっているんだよ……もう、あらかたでき上ってるけど……見せてあげようか?……

チルチル ぜひ見たいなあ……どこにあるの?……

子供 ここから見えるよ……あすこの、二本の柱の間に……

青い着物を着たほかの子供 (チルチルに近づいて、そでを引きながら)僕のも見たくない?……

チルチル 見せてもらうよ。どんな発明?……

第二の子供寿命をのばす三十三種類の薬だよ……そこの青い”壜びんの中にはいっている……

第三の子供 (大勢の子供たちの中から出て来て)僕は、誰も知らない光を持って来たよ!……(異様な焰で、自分の全身を照らし出す)変わってるだろう?……

第四の子供 (チルチルの腕を引っぱって)僕の機械を見てよ。翼のない鳥のように、空中を飛ぶんだよ!……

第五の子供 だめ、だめ、まず僕のを見てよ。月の中にかくされている宝を発見する機械だよ!……

(青い着物の子供達は、口々に次のようなことを叫びながら、チルチルとミチルの周囲にひしめく。「だめ、だめ、僕のを見に来て!……」「僕の方がもっときれいだよ!……」「僕のは、びっくりするよ!……」「僕のは、全部砂糖でできてるんだよ!……」「あいつのは、面白くもおかしくもないよ!……」「あいつは、僕のアイデアを盗んだんだよ!……」など。この騒然たる叫喚きようかんの中に、生きた子供たちは、青いアトリエに案内される。そこでは、発明家たちがそれぞれ、理想の機械を動かしている。車輪や、円板や、はずみ車や、歯車や、滑車や、革帯や、まだ名前もついていない見慣れない道具などが、この世のものとも思われない青味を帯びたもやに包まれて、回転している。風変わりな神秘的な器械が、円天井の下を滑走したり、円柱の裾をいまわったりする。一方、子供たちは、地図や設計図をひろげたり、書物を開いたり、青い彫像の覆いをはいだり、サファイヤやトルコ玉でできているかと思われる巨大な花や果物を運んだりする。)

青い着物の小さい子供 (青い巨大なひなぎくの花束の重みに腰をまげながら)僕の花を見て下さい!……

チルチル それはなんの花?……見たことないなあ……

青い着物の小さい子供 ひなぎくだよ!……

チルチル そんな筈ないよ!……車輪みたいに大きいもの……

青い着物の小さい子供 とてもいい匂いだろう!……

チルチル (匂いをかぎながら)すてきだ!……

青い着物の小さい子供 僕が地上に生まれたら、ひなぎくはこんなにいい匂いがするようになるんだよ……

チルチル それは、いつのこと?

青い着物の小さい子供 五十三年四カ月と九日だよ……

(青い着物の子供が、二人やって来る。竿さおの先につるして、シャンデリヤのような葡萄ぶどうふさを持っているが、大きいことと言ったら、信じられないほどで、一粒が梨よりも大きい。)

葡萄の房を持っている子供の一人 この果物、どう思います?……

チルチル 梨の房だろう!……

子供 とんでもない。葡萄だよ!……僕が三十になる頃には、葡萄はみんなこれくらいになるんだよ……僕がその方法を発見したんだ……

別の子供 (メロンほどの大きな青りんごの一ぱい入った籠に、押しつぶされそうになって)僕のは!……ぼくのりんごを見てごらん!……

チルチル それは、メロンじゃないか!……

子供 とんでもない!……僕の作ったりんごだよ。これなんか、一番できの悪い方だ!……僕が生まれると、りんごはみんなこうなるんだよ……僕がその作り方を発見したんだ!……

別の子供 (青い手押し車に積んで、南瓜かぼちやよりも大きい青いメロンを運んできて)僕の小さなメロンをどう思う?……

チルチル それは南瓜じゃないか!……

メロンを運んで来た子供 僕が地上に生まれたら、メロンは大威張りだよ!……僕は、九つの惑星を支配する王様の庭師になるんだよ……

チルチル 九つの惑星を支配する王様?……それはどこにいるの?……

九つの惑星を支配する王様 (誇らしげに進み出る。まだ四歳くらいで、よじれた小さな足で、立っているのがやっとといった有り様。)ここにいるよ!

チルチル へえ! あんまり大きくないんだな……

九つの惑星を支配する王様 (重々しく、物静かに)することは大きいぞ。

チルチル 何をするんですか?

九つの惑星を支配する王様 太陽系惑星連盟を作るのだ。

チルチル (まごついて)ほんと?

九つの惑星を支配する王様 全部加盟することになろう。土星と天王星と海王星は、遠すぎて、つきあいにくいから除くけれども。

チルチル 面白そうだなあ……

青い着物の子供 あすこにいる子が見えますか?

チルチル どの子?

子供 あすこの円柱の下で眠っている子……

チルチル それがどうしたというの?

子供 あの子は、地球に純粋な喜びを持って行くことになっているんです……

チルチル どうやって?

子供 誰も考えつかなかったアイデアで……

チルチル それから、鼻をほじくっているあの太った子は、何をするの?……

子供 太陽の熱がさめた時、地球を温める火を見つけることになっているんです……

チルチル それから、手を取り合って、しょっちゅうキスばかりしている、あの二人は? 兄妹なの?……

子供 とんでもない。とても変わったやつらだよ……恋人同士なんだって……

チルチル それは、どういう意味?……

子供 知らないよ……「時間」がそう呼んで、馬鹿にするんだよ……一日中、目を見合って、抱き合い、さよならを言い合っているんだよ……

チルチル どうして?

子供 一緒にここから出て行けないらしいんだ……

チルチル それから、まじめくさって、親指をしゃぶっている、バラ色の着物を着た子供は、誰なの?……

子供 あの子は、地上から不正をなくさなければならないらしいの……

チルチル へえ!……

子供 どえらい仕事なんだって……

チルチル それから、目が見えないような歩き方でやって来る、あの赤毛の子は盲目めくらなの?……

子供 まだだけど、いずれそうなる筈なんだ……よく見てごらん。あの子は、死を征服しなければならないらしいんだ……

チルチル それは、どういうこと?……

子供 よくは知らないけど、大変なことらしいよ……

チルチル (円柱の裾や、階段やベンチなどの上で眠っている子供の群れを指さして)それから、あの眠っている子供たちは?――ずいぶんたくさんいるなあ!――あの子たち、なんにもしないの?……

子供 なんかを考えているんだよ……

チルチル どんなこと?

子供 自分でもまだわからないのだけど、何かを地上に持って行かなければならないんだって。手ぶらで出て行くことは禁じられているものだから……

チルチル 誰が禁じてるの?……

子供 扉󠄁のところに立っている「時間」だよ……扉󠄁がひらくと、見えるよ……とてもうるさいんだ……(pp. 248-25 0)

⑤鈴木豊訳

チルチル なんで遊んでるんだい? この青い大きな羽はなんなの?……

子供 これかい?……こいつは発明用さ、ぼくが地上へ行ってから発明するんだ……

チルチル なんの発明なの?……じゃあ、きみはなにか考え出したのかい?……

子供 そうとも、わからないの?……ぼくが地上へ行ったらね、なにか幸福にするものを作り出さなけりゃあいけないんだ……

チルチル 食べてみて、おいしいかい?……音はするのかい?……

子供 しないよ、なんにも聞えないよ……

チルチル つまらないな……

子供 ぼくね、ここで毎日仕事をしてるんだ……ほとんどでき上がったけれどね……見てみたいかい?……

チルチル 見たいとも……それ、どこにあるの?……

子供 ホラ、ここから見えるだろ、あの二本の柱のあいださ……

べつの青い子供 (チルチルに近寄って、そでを引っぱりながら)ネエ、ぼくのを見てくれない?……

チルチル 見るとも、それなんだい?……

二番目の子供 人間の生命いのちをのばす、三十三種類の薬さ……ホラ、この青い瓶の中に見えるだろ……

三番目の子供 (仲間のところから出て)ぼくはね、だれも知らない光を持ってるんだぜ!……(ふしぎな炎で自分の体全体を照らし出して)とてもふしぎだろ、どう?……

四番目の子供 (チルチルの腕を引っぱりながら)ぼくの空を飛ぶ機械を見ておくれよ、まるで羽のない鳥みたいだよ!……

五番目の子供 だめだよ、だめだよ。はじめに月に隠されている宝物を見つけるぼくの機械を見てくれよ!……

(「青い子供」たちはチルチルとミチルのまわりに押しかけて、みんないっしょにこんなことを叫ぶ。「いやだよ、いやだよ、ぼくのを見にきてくれよ!……ちがうぞ、ぼくのがいちばんすごいんだぞ!……ぼくのやつはびっくりするようなやつだよ!……ぼくのはすっかり砂糖でできているんだ!……あの子のなんかふしぎじゃないよ……ぼくの考えを盗んだんだぜ……」。とりとめのないこんな叫び声が聞えるうちに、生きている子供たちが青い仕事部屋のほうへ引っぱってゆかれる。そこではなにかを作り出している子供たちのひとりひとりが、自分の理想の機械を動かしている。タイヤや、輪や、ハンドルや、歯車や、滑車や、ベルトや、現実とも思われない青みがかった蒸気に包まれた奇妙な、まだなんとも名前のつけようもないものが、青い色を発しながらグルグル回っている。たくさんの奇妙な、ふしぎな機械が群をなしてとび出し、円天井の下を飛び、柱の下をい回り、そのあいだに子供たちは、地図や設計図を拡げ、本を開き、空色の彫像にかぶせたカバーをとり、大きな花や、サファイヤかトルコ石で作られたように見える、ものすごく大きな果物をもってくる)

小さい青い子供 (空色の巨大なひなぎくの花の重みにしつぶされて)サア、ぼくの花を見てくれよ!……

チルチル それなあに?……そんなの初めて見たよ……

小さい青い子供 ひなぎくさ……

チルチル 冗談言うなよ……タイヤみたいに大きいぜ……

小さい青い子供 それにいいにおいがするよ!……

チルチル (匂いをいで)ふしぎだなあ!……

小さい青い子供 ぼくが地上へ行く頃には、こんなふうになるんだ……

チルチル いつ行くんだい?……

小さい青い子供 あと五十三年四か月と九日たってからだよ……

(二人の青い子供が、シャンデリヤのように棒にブラ下がったものすごいブドウの房を持ってやってくる。その実は、ひとつひとつがなしよりもずっと大きい)

ブドウの房を持ってきたひとりの子供 ぼくの果物をどう思う?……

チルチル 梨の房だろ!……

子供 ところがちがうんだ、ブドウなんだよ! ぼくが三十歳になるころはブドウはみんなこうなるんだぜ……ぼくはね、その方法を発見したのさ……

べつの子供 (メロンみたいに青い大きなリンゴの入ったかごに、圧しつぶされるようにして)ぼくのほうはどうだい!……ぼくのリンゴを見てくれよ!……

チルチル でも、そいつはメロンじゃないか!……

子供 ちがうよ!……リンゴなんだ。これでもいちばんよくないやつなんだぜ!……ぼくが生れる頃にはみんな同じようになるんだ!……ぼくが作り方を発見したんだよ!……

ほかの子供 (かぼちゃよりも大きい、青いメロンを青い手押し車にのせてくる)ぼくの小さいメロンはどう?……

チルチル だって、こいつはかぼちゃだろ!……

メロンを持ってきた子供 ぼくが地上へ行くころには、メロンはこんなにみごとになるんだよ!……ぼくはね、九つの惑星の王さまの庭師になるんだ……

チルチル 九つの惑星の王さまって?……だれなの、そのひと?……

九つの惑星の王 (堂々と進み出る。見たところ四歳ぐらいで、小さい曲った脚でやっと立っているように見える)ぼくはここにいるよ!

チルチル フーン! あんまり大きくないね……

九つの惑星の王 (威厳をこめて、しかつめらしく)ぼくがやることは大きいぞ。

チルチル きみはなにをするの?

九つの惑星の王 ぼくはだね、太陽系惑星の総連合組織を作るんだよ。

チルチル (まごついて)フーン、ほんとうかい?

九つの惑星の王 みんなこの組織に入るんだよ。ただ土星と天王星と海王星はべつだけれどね、なにしろバカバカしく距離が離れていて遠いんだね。

(「九つの惑星の王」はもったいぶって退場する)

チルチル 面白いな……

青い子供 あそこの、あの子が見えるかい?

チルチル どの子だい?

子供 ホラ、柱の下で眠っている子供さ……

チルチル あの子がどうしたの?

子供 あの子はね、地球にまじりっ気のない喜びを持ってゆくんだよ……

チルチル なんだって?……

子供 まだだれも考えたこともないような思いつきでだぜ……

チルチル もうひとりの子供は、鼻へ指を突っ込んでいる肥った子、あの子はいったいなにをするの?……

子供 あの子はね、太陽の光が薄くなったら、地球を暖める火を発見するはずになっているんだ……

チルチル ひっきりなしに手を取り合ったり、キスをし合ったりしているあの二人、あの二人は兄さんと妹なの?……

子供 ちがうんだよ、あの二人、とてもへんなんだな……恋人同士なんだよ……

チルチル なんだい、恋人って?……

子供 わからないんだけれどもね。二人をからかうときに、「時」が二人をそんなふうに呼んでるんだ……一日中相手の目をのぞき込んだり、キスしたり、さよならを言ったりしているんだよ……

チルチル どうしてだい?

子供 どうやら二人はいっしょに出かけることはできないらしいよ……

チルチル ヘエ、どういうことだい、それ?……

子供 なんだか恐ろしい仕事だっていうはなしだよ……

チルチル 自分がどこに行くのかわからないみたいに歩いている、あの赤毛の子供は? あの子は目が見えないの?……

子供 まだいまは見えるんだ。でもいまに見えなくなるんだよ……よく見てごらん、あの子は「死」をやっつけるはずになっているらしいよ……

チルチル それどういう意味だい?……

子供 はっきりはわからないんだ。聞いたところでは、とてもたいへんなことだっていうけれど……

チルチル (柱の下や、階段のベンチの上で眠っている子供たちの群れを指さして)それにあの眠っている子供たちは? 眠っている子がなんてたくさんいるんだろう! あの子たちみんな、なんにもしていないの?……

子供 なにかを考えてるんだよ……

チルチル なにを?……

子供 自分でもまだよくわかっていないんだな。けれど、あの子たち地上へなにかを持って行かなけりゃあいけないんだよ。手ぶらでここを出てゆくのはいけないって言われているんでね……

チルチル いったいだれがいけないって言うの?

子供 ドアのところにいる「時」だよ……ドアを開けば姿が見えるよ……ひどくうるさいやつさ……(pp. 161-167)

⑥末松氷海子訳

チルチル きみが遊んでる、その青い大きなつばさはなんなの?

子ども これ? これはね、ぼくが地上へ行ったら、発明するものだよ。

チルチル どんな発明? きみはもう、なんか発明したの?

子ども もちろんさ。きみ、知らないの? 地上に行ったら、みんなを幸福こうふくにするものを発明しなきゃならないんだ。

チルチル それはおいしいの? 音がする?

子ども ううん、なんにも。

チルチル それは残念ざんねんだな。

子ども ぼくは毎日、それにとりかかってるんだ。もうほとんどできてるから、見せてあげようか?

チルチル うん、ぜひ見たいな。どこにあるの?

子ども あっちだよ。ここから見えるよ。あの二本の柱のあいだに……

ほかの青い子ども (チルチルのそばへきて、そでをひっぱる。)ねえ、ぼくのも見たい?

チルチル 見たいさ。どんなもの?

二番目の子 三十三種類しゆるいの長生きの薬だよ。ほら、あそこの青いびんの中に……

三番目の子 (れの中から出てきて)わたしはね、だれも知らない光を持ってきたの!(とくべつの炎ほのお〕で体じゅうを”照らす。)とってもめずらしいでしょ、ね?

四番目の子 (チルチルのうでをひっぱり)ぼくの機械きかいを見にきてよ! 羽はないけど、鳥みたいに空中をぶんだから!

五番目の子 だめ、だめ! ぼくのが先だよ。お月さまの中にかくされてるたからを見つける機械きかいなんだ。

 

 青い子どもたち、チルチルとミチルを取りまいて、いっせいにさけぶ。「だめ、だめ! わたしのを見にきて! ぼくのほうがりっぱだよ! ぼくのはすばらしい! わたしのはぜんぶお砂糖さとうでできてる! あの子のなんかめずらしくない! あれはぼくの思いつきをとったんだ!」などなど。

 この大さわぎのさなかに、チルチルとミチルは青い工房こうぼうのほうへれていかれる。そこで、発明家たちはそれぞれ、自分の理想りそう機械きかいを動かしてみせる。車輪しやりん円盤えんばん、はずみぐるま歯車はぐるま滑車かつしや、ベルト、そのほか奇妙きみような、まだ名前のついていないものなどが旋回せんかいし、ゆめのような青みがかったもやにつつまれる。奇妙きみようでふしぎな機械きかいのかずかずがとびはね、まる天井てんじようの下を滑空かつくうし、柱のもとをはいまわる。一方、青い子どもたちは、図面や設計せつけいを広げたり、本を開いたり、空色の彫像ちようぞう序幕じよまくをしたり、サファイアやトルコ石でできているらしい、大きな花や巨大きよだい果物くだものを持ってきたりする。

小さな青い子 (大きな空色のヒナギクの重みで、からだをかがめながら)ねえ、わたしの花、見て、見て!

チルチル それ、なんの花? ぼく、知らないけど……

小さな青い子 ヒナギクじゃない!

チルチル まさか! タイヤぐらいの大きさだもの。

小さな青い子 いいにおいがするんだよ。

チルチル (かいでみて)ほんとにいいにおい!

小さな青い子 ぼくが地上に行くと、ヒナギクはこんなになるんだ。

チルチル それはいつ?

小さな青い子 五十三年と四カ月と九日たったら……

 

 青い子供が二人、ぼうにゆわえつけた、シャンデリアのような、しんじられないくらい大きなブドウのふさをかついで持ってくる。そのはナシより大きい。

 

子どもの一人 ぼくの果物くだもの、どう思う?

チルチル ナシのふさかな!

その子 ちがうよ。ブドウだよ。ぼくが三十さいになったら、ブドウはみんな、こうなるんだ。ぼくがそのやり方を見つけたからね。

ほかの子 (メロンみたいに大きな青いリンゴの入ったかごを背負せおって、くたくたになって)ぼくのは? ぼくのリンゴ見てよ!

チルチル だけど、それ、メロンじゃないか!

その子 ちがうよ。ぼくのリンゴだよ。まだおいしそうじゃないけどね。ぼくが生まれたら、リンゴはみんなこうなるんだ。ぼくがいい方法ほうほうを見つけたから……

べつの子 (青い手押ておぐるまに、カボチャより大きな青いメロンをんでしてきて)ぼくの小さなメロンはどう?

チルチル だって、それ、カボチャだろ?

その子 ぼくが地上に行くとね、メロンはこんなにりっぱになるんだ。ぼく、九つの惑星わくせいの王さまの庭師にわしになるよ。

チルチル 九つの惑星わくせいの王さまだって? そんな人、どこにいるの?

九つの惑星の王 (得意とくいそうにやってくる。四さいくらいに見え、がった足で立っているのがやっとである。)ここにいるよ!

チルチル なあんだ! きみ、大きくないんだね。

九つの惑星の王 (重々おもおもしく、もったいぶって)ぼくがこれから作るものは大きいぞ。

チルチル なにを作るの?

九つの惑星の王 太陽たいようけいの星のそう同盟どうめいを作るんだ。

チルチル (おどろいて)えーっ、ほんとに?

九つの惑星の王 星はぜんぶ、その同盟どうめいに入るのさ。土星どせい天王てんのうせい海王かいおうせいのほかは……あの星たちはとてつもなく遠いところにあるからね。

 

 九つの惑星わくせいの王、堂々どうどう退場たいじよう

 

チルチル おもしろいなあ。

青い子ども きみ、あの子見た?

チルチル どの子?

子ども あそこの、柱のもとで眠っている小さい子だよ。

チルチル あの子がどうしたの?

子ども あの子はね、地球ちきゆうにほんとうのよろこびを持っていくんだ。

チルチル どうやって?

子ども まだだれも知らなかった考えを広めるのさ。

チルチル じゃあ、鼻の中に指をつっこんでる、あの太った子は? あの子はなにするの?

子ども あの子は、太陽の光がいまより弱くなったとき、地球ちきゆうあたためる火を見つけるはずだ。

チルチル あの二人は? 手をにぎって、ずっときあってる……あの子たち、兄妹きようだいなの?

子ども ちがう、ちがう。とってもおかしいんだ。恋人こいびとどうしなんだよ。

チルチル それ、なんのこと?

子ども ぼく、知らないや。「時のおじいさん」がそういって、からかってるから……あの二人は一日じゅう見つめあって、キスして、それからさよならするんだ。

チルチル どうして?

子ども いっしょにここから出ていくことはできないらしいからね。

チルチル じゃあ、あのバラ色のほっぺたの子は? とてもまじめそうな顔して、親指をしゃぶってる。あの子はなにするの?

子ども 地上の不正ふせいをなくさなければ、って思ってるらしい。

チルチル ふーん。

子ども りっぱな仕事なんだってね。

チルチル あの赤毛の子、目が見えないみたいに歩いてるけど、目が悪いの?

子ども いまはまだ悪くない。でも、あとで悪くなるんだ。あの子をよく見てごらん。死ぬことをなくそう、って考えてるらしい。

チルチル それ、どういう意味?

子ども ぼくもはっきりとはわからない。でも、たいへんなことなんだってさ。

チルチル (柱のもと、階段かいだんの上、いすなどでねむっている子どもの一団いちだんをさして)あのねむっている子どもたち、なんておおぜいいるんだろう! あの子たち、なんにもしないの?

子ども なんか考えてるんだよ。

チルチル なにを?

子ども まだ自分たちにもわからないんだ。でも地上へ行くときには、なんか持っていかなきゃいけないからね。なにも持たないで行くことはできないんだ。

チルチル だれが決めたの?

子ども 戸口に立ってる「時のおじいさん」だよ。とびらをけるとき、きみも会えるよ。なにしろ、ひどくうるさい人なんだ。(pp. 195-202)

*1:フランス語原文からの(おおよそ)忠実な訳から、入手しやすいものを中心に6つ選んだ。最新の⑥末松氷海子訳は、さすがに語句レベルで引っかかるところは少ないが、読み通すとどうもすらすら読めなかった。やり取りがちぐはぐに感じるところがあるし、関係詞節のある文をしばしば原文のままの語順で訳しているのも個人的には読みにくいと感じる。総合的に一番気に入ったのは③堀口大學訳。古さを感じさせるところもあるが、簡明で読みやすい日本語だ。このほか、④川口篤訳も、「女言葉」が鼻につくところのを別にすれば悪くない。他の訳とは一味違う、大人のための翻訳といった感じがする。

*2:括弧内がこのブログでの引用元。それと(ほぼ)同じと見られる訳の初版の出版年を括弧の前で、また同じ訳者による最初の翻訳の出版年をスラッシュの前に示している。

*3:引用は Ebooks libres et gratuits による。

世界文学全集のためのメモ 5 『猟銃』 井上靖

日本語編 2

井上靖
1907-1991

『猟銃』
1949

原文
①『文學界』第3巻第8号(1949年10月) pp. 8-36(初出)
②『井上靖全集第一巻』(新潮社、1995年) pp. 457-494

フランス語訳
Yasushi Inoué, Le Fusil de chasse (traduit par Sadamichi Yokoo, Sanford Goldstein et Gisèle Bernier, Paris: Librairie Générale Française, 1992)

恐ろしいのでも、怖いのでもありません。ただ悲しいのです。悲しみで、舌がしびれて仕舞ふのです。おぢさまが悲しいのでも、母さんが悲しいのでも、私自身が悲しいのでもありません。何もかもが、私を取り卷いてゐる靑い空󠄁も、十月の陽の光りも、百日紅の木の肌も、風で動く竹の葉も、そして水も石も土も、目に見える自然のすべてが、口を開かうとする瞬間に、悲しい色に塗りかへられて仕舞ふのです。私は母さんの日記を讀んだあの日から、私を取卷く自然と言ふものが、一日二三回、多い時は五六回も、陽のかげるやうに、忽ち悲しい色に塗りかへられる事を知りました。おぢさまと母さんの事をふと思ひ浮󠄁べただけで、忽ち私を取卷く世界は、全󠄁く變つたものになつて仕舞ふのです。赤とか靑とかの繪具󠄁箱の三十何色の色のほかに、悲しい色と言ふものが、しかもはつきりと人間の目に見える、悲しい色と言ふものがある事を、おぢさまは御存じでせうか。

 私はおぢさまと母さんの事で、誰にも祝󠄀福󠄁されない、祝󠄀福󠄁されてはならない愛情󠄁と言ふもののある事を知りました。おぢさまと母さんの愛情󠄁は、おぢさまと母さんだけが知つていらつしやる事で、他の誰も知らないのです。みどりおばさまも知らない、私も知らない、親戚の誰も知らない。お隣りの人も、お向ひの人も、どんな親しいお友達󠄁も絕對に知らない、又知つてはならないものでした。母さんが亡くなると、おぢさまだけが知つていらつしやる。そしてそのおぢさまも亡くなつて仕舞ふと、もうこの地球上では、さうした愛情󠄁と言ふものが存在してゐた事さへ、想像する人は誰一人ゐないのです。私は今まで愛と言ふものは、太陽のやうに明るく、輝しく、神󠄀にも人にも、永遠󠄁に祝󠄀福󠄁されるべきものだと信じてゐたのです。淸らかな小川のやうに、陽の光りに美しく輝き、風に吹かれると無數の優しい小波を立て、岸の澤山の草や木や花にやさしく緣どられ、絕えず淸らかな音󠄁樂を奏でながら、それ自身次󠄁第に大きく育つて行く、さうしたものをこそ、愛であると思ひ込󠄁んでゐたのです。どうして陽の光りも射さず、何處から何處へ流れて行くかも知られない、地中深くひそかに橫たはつてゐる、一筋の暗󠄁渠のやうな愛と言ふものを想像できたでせう。(pp.  12-13)

恐ろしいのでも、怖いのでもありません。ただ悲しいのです。悲しみで、舌がしびれて仕舞うのです。おじさまが悲しいのでも、母さんが悲しいのでも、私自身が悲しいのでもありません。何もかもが、私を取り巻いている青い空も、十月の陽の光も、百日紅さるすべりの木の肌も、風で動く竹の葉も、そして水も石も土も、目に見える自然のすべてが、口を開こうとする瞬間に、悲しい色に塗りかえられて仕舞うのです。私は母さんの日記を読んだあの日から、私を取り巻く自然と言うものが、一日二、三回、多い時は五、六回も、陽のかげるように、忽ち悲しい色に塗りかえられる事を知りました。おじさまと母さんの事をふと思い浮べただけで、忽ち私を取り巻く世界は、全く変ったものになって仕舞うのです。赤とか青とかの絵具箱の三十何色の色のほかに、悲しい色と言うものが、しかもはっきりと人間の目に見える、悲しい色と言うものがある事を、おじさまは御存じでしょうか。

 私はおじさまと母さんの事で、誰にも祝福されない、祝福されてはならない愛情と言うもののある事を知りました。おじさまと母さんの愛情は、おじさまと母さんだけが知っていらっしゃる事で、他の誰も知らないのです。みどりおばさまも知らない、私も知らない、親戚の誰も知らない。お隣の人も、お向いの人も、どんな親しいお友達も絶対に知らない、又知ってはならないものでした。母さんが亡くなると、おじさまだけが知っていらっしゃる。そしてそのおじさまも亡くなって仕舞うと、もうこの地球上では、そうした愛情と言うものが存在していた事さえ、想像する人は誰一人いないのです。私は今まで愛と言うものは、太陽のように明るく、輝かしく、神にも人にも、永遠に祝福されるべきものだと信じていたのです。清らかな小川のように陽の光に美しく輝き、風に吹かれると無数の優しい小波を立て、岸の沢山の草や木や花にやさしく縁どられ、絶えず清らかな音楽を奏でながら、それ自身次第に大きく育って行く、そうしたものをこそ、愛であると思い込んでいたのです。どうして陽の光も射さず、何処から何処へ流れて行くかも知られない、地中深くひそかに横たわっている、一筋の暗渠あんきよのような愛と言うものを想像できたでしょう。(pp. 462-463)

Non que je sois remplie d’effroi ou d’horreur : je ne le suis que de tristesse. Ma langue est paralysée par le chagrin, par un chagrin qui ne concerne pas seulement Mère, ou vous, ou moi, mais qui embrasse toutes choses : le ciel bleu au-dessus de moi, le soleil d’octobre, l’écorce sombre des myrtes, les tiges de bambou balancées par le vent, même l’eau, les pierres et la terre. Tout ce qui dans la nature frappe mon regard se colore de tristesse quand j’essaie de parler. Depuis le jour où j’ai lu le Journal de Mère, j’ai remarqué que la Nature changeait de couleur plusieurs fois par jour, et qu’elle en change soudainement, comme à l’instant où le soleil disparaît, caché par des nuages. Dès que ma pensée se porte vers vous et Mère, tout ce qui m’entoure devient autre. Le saviez-vous ? En plus des trente couleurs au moins que contient une boîte de peinture, il en existe une, qui est propre à la tristesse et que l’œil humain peut fort bien percevoir.

Ce que je sais de vos relations avec Mère montre qu’il s’agissait d’un amour que nul n’approuve et que nul ne saurait approuver. Vous seul et Mère savez quel fut cet amour partagé,   et personne d’autre. Votre femme Midori n’en sait rien. Je n’en sais rien moi-même. Aucun de nos parents ne le sait. Nos plus proches voisins et ceux qui habitent de l’autre côté de la rue, même nos amis les plus chers, n’en savent rien. Maintenant que Mère est morte, vous êtes seul à savoir. Et le jour où vous quitterez ce monde, nul être sur cette terre n’imaginera qu’un tel amour ait jamais existé. Jusqu’à présent, je croyais que l’amour était semblable au soleil, éclatant et victorieux, à jamais béni de Dieu et des hommes. Je croyais que l’amour gagnait peu à peu en puissance, tel un cours d’eau limpide qui scintille dans toute sa beauté sous les rayons du soleil, frémissant de mille rides soulevées par le vent et protégé par des rives couvertes d’herbe, d’arbres et de fleurs. Je croyais que c’était cela, l’amour. Comment pouvais-je imaginer un amour que le soleil n’illumine pas et qui coule de nulle part à nulle part, profondément encaissé dans la terre, comme une rivière souterraine ? (pp. 21-22)

是までだつて、私は愛人として自分󠄁に恥ぢないやうな相手は殘念ながら一人も發見いたして居りません。襟足の手入れが行き屆いてレモンの切口のやうにすかあつとして居り、腰の線が羚羊のやうに淸潔でしかも逞しい、このたつた二つの條件すら、滿足に具󠄁へた男性はさうざらに轉つては居りません。殘念乍ら、その昔一人の新妻が脊の君に心惹かれた最初の悅びは、十年の今日に至るもこのやうに強いものでございます。羚羊と言へば、何時かシリア沙漠の眞中で、羚羊の群れと一緒に生活してゐた裸體の少年が發見された事が新聞に出て居りました。ああ、あの寫眞の美しかつたこと。蓬髮の下の橫顏の冷たさ、時速󠄁五十マイルを走ると言ふすんなりと伸びた双脚の魅力! いま思つてもあの少年にだけは、異樣な血潮󠄀の高鳴りを覺えます。知的とはああ言ふ顏、野性的とはああ言ふ姿󠄁態を言ふのでございませうか。

 あの少年をかいま見た眼には、もうどんな男性もなべて通󠄁俗でひどく退󠄁屈のやうでございます。貴方の妻にかりそめにも不貞な心の火花が散つた時があつたとしたら、まあ羚羊少年に心惹かれた時ぐらゐでございませうか。あの少年のひきしまつた皮膚が沙漠の夜露に濡れた時を想像すると、いいえ、それよりあの少年の持つた稀有な運󠄁命の淸冽さを思ふと、今でも私の心は狂ほしく波立つて參ります。(p. 21)

これまでだって、私は愛人として自分に恥じないような相手は残念ながら一人も発見いたして居りません。襟足の手入れが行き届いてレモンの切口のようにすかあっとして居り、腰の線が羚羊かもしかのように清潔でしかも逞󠄁しい、このたった二つの条件すら満足に具えた男性はそうざらに転がっては居りません。残念ながら、その昔一人の新妻が背の君に心惹かれた最初の悦びは、十年の今日に至るもこのように強いものでございます。羚羊と言えば、何時かシリア沙漠の真中で、羚羊の群れと一緒に生活していた裸体の少年が発見された事が新聞に出て居りました。ああ、あの写真の美しかったこと。蓬髪の下の横顔の冷たさ、時速五十マイルを走ると言うすんなりと伸びた双脚の魅力! いま思ってもあの少年にだけは、異様な血潮の高鳴りを覚えます。知的とはああ言う顔、野性的とはああ言う姿態を言うのでございましょうか。

 あの少年をかいま見た眼には、もうどんな男性もなべて通俗でひどく退屈のようでございます。貴方の妻にかりそめにも不貞な心の火花が散った時があったとしたら、まあ羚羊少年に心惹かれた時ぐらいでございましょうか。あの少年のひきしまった皮膚が沙漠の夜露に濡れた時を想像すると、いいえ、それよりあの少年の持った稀有な運命の清冽さを思うと、今でも私の心は狂おしく波立って参ります。(p.  474)

Une nuque charmeuse et soignée, un corps jeune et robuste comme celui d’une antilope… peu d’hommes satisfont à ces deux simples conditions. Je regrette d’avouer que je fus, tout d’abord, à ce point fascinée par mon mari au début de mon mariage que même aujourd’hui, après plus de dix ans, je ne puis résister à son attirance.

À propos d’antilopes, je me rappelle avoir lu dans les journaux que l’on avait découvert dans le désert de Syrie un garçon tout nu, qui partageait la vie des antilopes. Quelle admirable photographie ! Ah ! La netteté de ses traits, sous les cheveux fous, la beauté de ses jambes, capables, disait-on, de courir à cinquante milles à l’heure ! Même aujourd’hui je me sens frémir au souvenir de ce garçon. L’intelligence, tel est bien le mot qui dépeint un tel visage, et l’animalité, celui qui, je pense, définit semblable corps !

Depuis que j’ai contemplé la photographie de ce garçon, tous les hommes me paraissent banals. Si jamais un désir impur a embrasé le cœur de ta femme, cela s’est fait dans l’instant où je fus fascinée par le garçon-antilope. Quand je me représente son corps tendu, tout moite de la rosée du désert – ou plutôt quand je pense à la simplicité de son extraordinaire destinée, – même aujourd’hui, je me sens pénétrée d’un sentiment étrange, comme sauvage. (pp. 45-46)

 愛する、愛される、なんて悲しい人間の所󠄁業でせう。女學校の二年か三年の頃のことでした。英文法の試驗の時、動詞の能働態〔アクテイブ〕と受働態〔パツシブ〕の問題が出たことがあります。打つ、打たれる、見る、見られる、さうした澤山の單語の中に混つて、愛する、愛されると言ふ二樣の眩ゆい言葉が並んで居りました。皆が鉛󠄂筆をなめなめ問題と睨めつこしてゐる最中、たれの惡戱だつたでせうか、背後から一枚の紙片がそつと廻つて參りました、見るとそれには、貴孃は愛することを希むや、愛されることを希むや、と二樣の文句が二樣に認󠄁められてありました。そして愛されることを希むといふ文字の下には、インキや靑や赤思ひ思ひの鉛󠄂筆で、澤山のまる印しがつけられてあり、一方の愛することを希むといふ欄󠄀には、ただ一つの共鳴者󠄁のサインも附せられてないのでした。私の場合もまた決して例外ではなく、愛されることを希むといふ文字の下に、一個の小さいまるを附加したものでした。愛することも、愛されることも、それが如何なることを意味するか、詳しくは知らない十六七の少女の頃でさへ、旣に愛されるといふ事の幸福󠄁を本能的に嗅ぎ分󠄁けてゐるものでせうか。

 併しその試驗の時、ただ一人私の隣席の少女だけは、私からその紙片を受取ると、それにちらりと視󠄁線を移してゐましたが、殆どなんの躊躇もせず、ただ一つのサインも持たない空󠄁白の欄󠄀に、太い鉛󠄂筆でくるりと一個の大きいまるを書き記しました。私は愛することを希むと。その時、私はなぜか、その少女の妥󠄁協しない態度に小僧󠄁くらしさを覺えたと同時に、さつと𨻶をつかれたやうな戶惑ひを感じたのを、いつまでもはつきりと覺えてゐます。その少女は級󠄁ではあまり成󠄁績のよくない、どこかに、陰氣な影を持つた目立たない少女でした。髮が赤茶けてゐて、いつも一人ぽつちだつたその少女は、その後いかに成󠄁人したか知る由もありませんが、二十數年を經た今日、このお手紙を認󠄁めながら、その孤獨な少女の面差しが、なぜかしきりに先程から思ひ出されて來るのです。

 女が人生の終󠄁りで、靜かに橫たはつて死の壁の方に顏を向ける時、愛された幸福󠄁を滿喫󠄁した女と、幸少なかつたが、私は愛したと言ひ切れる女と、果して神󠄀はどちらに靜かな休息を與へられることでせうか。併し一體この世に、神󠄀の前󠄁で私は愛しましたと言ひ切れる女があるもので御座いませうか。いいえ、やはりあるに違󠄂ひありません。あの髮薄󠄁い少女は、あるひはさうした選󠄁ばれた數少ない女の一人に成󠄁人したかも知れないのです。髮を振り亂し、全󠄁身傷だらけになり、裂け破れた衣服󠄁をまとひ、そしてその女は昻然と顏を上げて、私は愛しましたと言ふでせう。さう言ひ終󠄁つて息絕えることでせう。(pp. 34-35)

 愛する、愛される、なんて悲しい人間の所業でしょう。女学校の二年か三年の頃のことでした。英文法の試験の時、動詞の能動態アクテイブ受動態パツシブの問題が出たことがあります。打つ、打たれる、見る、見られる、そうした沢山の単語の中に混じって、愛する、愛されると言う二様の眩い言葉が並んで居りました。皆が鉛筆をなめなめ問題と睨めっこしている最中、たれの悪戯だったでしょうか、背後から一枚の紙片がそっと廻って参りました。見るとそれには、貴嬢は愛することをのぞむや、愛されることを希むや、と二様の文句が二様に認められてありました。そして愛されることを希むという文字の下には、インキや青や赤思い思いの鉛筆で、沢山のまる印がつけられてあり、一方の愛することを希むという欄には、ただ一つの共鳴者のサインも附せられてないのでした。私の場合もまた決して例外ではなく、愛されることを希むという文字の下に、一個の小さいまるを附加したものでした。愛することも、愛されることも、それが如何なることを意味するか詳しくは知らない十六、七の少女の頃でさえ、既に愛されるという事の幸福を本能的に嗅ぎ分けているものでしょうか。

 しかしその試験の時、ただ一人私の隣席の少女だけは、私からその紙片を受け取ると、それにちらりと視線を移していましたが、殆どなんの躊躇もせず、ただ一つのサインも持たない空白の欄に太い鉛筆でぐるりと一個の大きいまるを書き記しました。私は愛することを希むと。その時、私はなぜか、その少女の妥協しない態度に小僧らしさを覚えたと同時に、さっと隙をつかれたような戸惑いを感じたのを、いつまでもはっきりと覚えています。その少女は級ではあまり成績のよくない、どこかに、陰気な影を持った目立たない少女でした。髪が赤茶けていて、いつも一人ぽっちだったその少女は、その後いかに成人したか知る由もありませんが、二十数年を経た今日、この手紙を認めながら、その孤独な少女の面差しが、なぜかしきりに先程から思い出されて来るのです。

 女が人生の終りで、静かに横たわって死の壁の方に顔を向ける時、愛された幸福を満喫した女と、幸せ少なかったが、私は愛したと言い切れる女と、果して神はどちらに静かな休息を与えられることでしょうか。しかし一体この世に、神の前で私は愛しましたと言い切れる女があるもので御座いましょうか。いいえ、やはりあるに違いありません。あの髪薄い少女は、あるいはそうした選ばれた数少ない女の一人に成人したかも知れないのです。髪を振り乱し、全身傷だらけになり、裂け破れた衣服をまとい、そしてその女は昂然と顔を上げて、私は愛しましたと言うでしょう。そう言い終って息絶えることでしょう。(pp. 492-493)

Aimer, être aimée ! Nos actes sont pathétiques. À l’époque où j’étais en seconde ou troisième année, à l’école de filles, dans une composition de grammaire anglaise, nous fûmes questionnées sur l’actif et le passif des verbes. Frapper, être frappé ; voir, être vu. Parmi bien des exemples de cette sorte brillait ce couple de mots : aimer, être aimé. Comme chaque élève examinait le questionnaire avec attention et réflexion et suçait la mine de son crayon, l’une d’elles, non sans malice, mit en circulation un bout de papier, et la fille qui se trouvait derrière moi me le fit passer. Quand je l’eus sous les yeux, j’y trouvai la double question suivante : désires-tu aimer ? Désires-tu être aimée ? Et sous les mots « désires-tu être aimée » de nombreux cercles avaient été tracés à l’encre, au crayon bleu ou rouge. Au contraire, sous les mots « désires-tu aimer » ne figurait aucun signe. Je ne fis pas exception, et j’ajoutai un cercle de plus au-dessous de « désires-tu être aimée ». Même à seize ou dix-sept ans, alors que nous ne savons pas tout à fait en quoi consiste « aimer » ou « être aimée », nous autres femmes, nous semblons connaître déjà d’instinct le bonheur d’être aimées.

Mais, au cours de cette composition, l’élève assise à côté de moi prit le bout de papier, y jeta un coup d’œil, puis, sans hésiter, elle traça un grand cercle, d’un coup de crayon appuyé, à l’endroit où ne figurait aucun signe. Elle, elle désirait aimer. Même aujourd’hui, je me rappelle très bien qu’à ce moment, je me sentis déconcertée, comme si l’on m’eût attaquée soudain par traîtrise ; toutefois, au même instant, j’éprouvai un léger sentiment de révolte, à cause de l’attitude intransigeante de ma compagne. C’était une des élèves les plus ternes de notre classe, une fille effacée, plutôt renfermée. Je ne sais quel avenir a été le sien, avec ses cheveux tirant sur le châtain, et qui restait toujours seule. Mais aujourd’hui, tandis que j’écris cette lettre, après plus de vingt ans déjà, le visage de cette fille solitaire s’impose à moi, comme s’il ne s’était écoulé qu’un temps très bref. (pp. 83-84)

世界文学全集のためのメモ 4 『うたかたの日々』 ボリス・ヴィアン

フランス語編 3

Boris Vian
ボリス・ヴィアン
1920-1959

L’Écume des jours
『うたかたの日々』
1947

日本語訳*1
①曾根元吉訳『日々の泡』1970年(新潮文庫、1998年
②伊東守男訳『うたかたの日々』1979年(ハヤカワepi文庫、2002年
③野崎歓訳『うたかたの日々』2011年(光文社古典新訳文庫

Avant-propos

 

Dans la vie, l’essentiel est de porter sur tout des jugements a priori. Il apparaît en effet que les masses ont tort, et les individus toujours raison. Il faut se garder d’en déduire des règles de conduite : elles ne doivent pas avoir besoin d’être formulées pour qu’on les suive. Il y a seulement deux choses : c’est l’amour, de toutes les façons, avec des jolies filles, et la musique de la Nouvelle-Orléans ou de Duke Ellington. Le reste devrait disparaître, car le reste est laid, et les quelques pages de démonstration qui suivent tirent toute leur force du fait que l’histoire est entièrement vraie, puisque je l’ai imaginée d’un bout à l’autre. Sa réalisation matérielle proprement dite consiste essentiellement en une projection de la réalité, en atmosphère biaise et chauffée, sur un plan de référence irrégulièrement ondulé et présentant de la distorsion. On le voit, c’est un procédé avouable, s’il en fut.

La Nouvelle-Orléans.

10 mars 1946.

(pp. 17-18) *2

①曾根元吉訳

まえがき

 

 人生でだいじなのはどんなことにも先天的な判断をすることだ。まったくの話、ひとりひとりだといつもまっとうだが大勢になると見当ちがいをやる感じだ。でも、そこから身の処し方の規則なんかひきだすのは用心して避けねばならぬ。遵守じゆんしゆするための規則などこさえる必要もなかろう。ただ二つのものだけがある。どんな流儀でもいいが恋愛というもの、かわいい少女たちとの恋愛、それとニューオーリンズの、つまりデューク・エリントンの音楽。ほかのものはせたっていい、醜いんだから。その例証がここに展開する数ページで、お話は隅から隅までぼくが想像で作りあげたものだからこそ全部ほんとの物語になっているところが強みだ。物語のいわゆる現実化とは、傾斜した熱っぽい気分で、ムラ多く波だってねじれの見える平面上に現実を投影することだ。まあこれが打明けていい、ぎりぎり掛値なしの手ぐちだ。

 

ニューオーリンズで

一九四六年三月十日

(p. 5)

②伊東守男訳

はじめに

 

 人生では、大切なことは何ごとにかかわらず、すべてのことに対して先験的な判断を下すことである。そうすると、実際、大衆が間違っていて個人が常に正しいということがわかってくるのだ。そこから行動の指針を引き出すのは考えなければならない。何もわざわざことばにしなくても、黙ってそれに従ってればいい、二つのことがあるだけだ。それは、きれいな女の子との恋愛だ。それとニューオーリンズかデューク・エリントンの音楽だ。その他のものはみんな消えちまえばいい。なぜって、その他のものはみんな醜いからだ。以下に小説として挙げる論拠は全くそれが本当の話だというところに強味がある。第一それはわたしが初めから終りまででっちあげたことだ。それを具体的に文字にしてみることは、斜めに構えた、熱狂的な雰囲気の中で、不規則に波打ち歪曲したところもないではない、参照次元に現実を投影することなのだ。もしそれが一つの方法論だとすれば、声を大にして言っていいものだろう。

――ニューオーリンズ、一九四六年三月十日

(pp. 7-8)

③野崎歓訳

まえがき

 

 人生でもっとも大切なのは、何についてであれ、あらかじめ判断を下しておくことだ。実際の話、ひとは集団になると間違いを犯すものだが、個人はいつだって正しいように思える。ただし、そこから行動の規則など引き出さないようにしたほうがいい。規則を定めなくても、ちゃんと行動することはできる。大切なことは二つだけ。どんな流儀であれ、きれいな女の子相手の恋愛。そしてニューオーリンズの音楽、つまりデューク・エリントンの音楽。ほかのものは消えていい。なぜって醜いから。以下に続く少しばかりのページはそれを証明するものだが、強みはもっぱら、全部が本当にあった話だという点にある。なにしろそれは何から何まで、ぼくが想像した物語なのだ。物語のいわゆる物質的実現は、主として、斜めに傾いた熱い雰囲気の中、不規則に波打った歪みのある基準面に現実を投影することで可能となった。おわかりかと思うが、これは人に打ち明けても恥ずかしくない、なかなか立派なやり方ではないだろうか。

 

ニューオーリンズにて

一九四六年三月一〇日

(pp. 7-8)

[I]

Le couloir de la cuisine était clair, vitré des deux côtés, et un soleil brillait de chaque côté car Colin aimait la lumière. Il y avait des robinets de laiton soigneusement astiqués un peu partout. Les jeux des soleils sur les robinets produisaient des effets féeriques. Les souris de la cuisine aimaient danser au son des chocs des rayons de soleil sur les robinets, et couraient après les petites boules que formaient les rayons en achevant de se pulvériser sur le sol, comme des jets de mercure jaune. Colin caressa une des souris en passant –, elle avait de très longues moustaches noires, elle était grise et mince et lustrée à miracle –, le cuisinier les nourrissait très bien sans les laisser grossir trop. Les souris ne faisaient pas de bruit dans la journée et jouaient seulement dans le couloir. (p. 22)

①曾根元吉訳

 台所の廊下は明るく、両側はガラス戸で、どちらからも日が当っている。コランは明るい光が好きだったからだ。そこかしこに丹念にみがきたてた真鍮しんちゆうカランがいくつかある。それらの栓に日光がたわむれて夢幻のような印象をかもしだす。台所にいるハツカネズミたちは日光が栓にあたる衝撃音にあわせて踊るのが好きで、光線が床にぶつかって粉々になるときにできる黄水銀の噴出のような小さな光の球のあとを追いかけていく。通りすがりにコランはハツカネズミの一匹の相手になってやる。みごとに艶のいい華奢きやしやで灰色のコネズミで長い黒いひげがある。あまりふとりすぎぬよう料理人がじょうずに食事をあたえていた。一日中、ハツカネズミたちは物音をたてずに廊下でただ遊んでいるだけだった。 (p. 9)

②伊東守男訳

 キッチンの廊下は両方にガラスがはまっていて開かなかった。両側に太陽が輝いていた。なぜって、コランは明るいのが大好きだったからだ。よく磨いた真鍮の蛇口がやたらにあった。太陽が真鍮の蛇口にあたって御伽噺おとぎばなしのような効果をよんでいた。キッチンのハツカネズミは太陽の光線が蛇口にあたる音で踊っており、光線が床の上に霧のように飛び散って黄色い水銀のように小さな玉になるのを追いかけ回していた。コランは通りがかりにそんなネズミの一匹を撫でてやっていた。長い口髭をし、灰色で瘦せており、信じられないぐらい艶があった。コックは彼らにとても良い待遇をしていたが、ネズミをあんまり太らすようなことはしなかった。昼間中ハツカネズミたちは音もたてずに廊下で遊んでいた。 (pp. 11-12)

③野崎歓訳

 キッチンへの廊下は、両側ともガラス張りになっていて明るく、右からも左からも太陽が射していた。なにしろコランは日の光が好きだったのだ。念入りに磨かれた真鍮しんちゅうの蛇口がそこらじゅうにあった。蛇口に陽光が当たって夢のようにきれいだった。キッチンにいるハツカネズミたちは、蛇口に太陽光線がぶつかって立てる音に合わせて踊るのが好きだった。そして太陽光線が床で砕け散ったときにできる小さな玉のあとを追って駆けまわった。それはまるで黄色い水銀が飛び散ったみたいだった。通りすがりにコランはハツカネズミたちの一匹をでてやった。その子はとても長い黒の口ひげを生やし、体はグレーでほっそりとしていて、びっくりするほど光沢つやがあった。コックはハツカネズミたちに十分な栄養を与えながらも、太りすぎないよう気をくばっていた。ハツカネズミたちは昼間は音を立てず、廊下で遊んでいるだけだった。 (p. 12)

[VI]

– Faites, Nicolas, vous du fricandeau ce soir ? demanda Colin.

– Mon Dieu, dit Nicolas, Monsieur ne m’a pas prévenu. J’avais d’autres projets.

– Pourquoi, peste diable boufre, dit Colin, me parlez-vous toujours perpétuellement à la troisième personne ?

– Si Monsieur veut m’autoriser à lui en donner la raison, dit Nicolas, je trouve qu’une certaine familiarité n’est admissible que lorsque l’on a gardé les barrières ensemble, et ce n’est point le cas.

– Vous êtes hautain, Nicolas, dit Colin.

– J’ai l’orgueil de ma position, Monsieur, dit Nicolas, et vous ne sauriez m’en faire grief.

– Bien sûr ! dit Colin. Mais j’aimerais vous voir moins distant.

– Je porte à Monsieur une sincère, quoique dissimulée, affection, dit Nicolas.

– J’en suis fier et heureux, Nicolas, et je vous le rends bien. Ainsi, que faites-vous ce soir ? (p. 47)

①曾根元吉訳

「ニコラ、今夜はフリカンドーを作ってるのかね?」とコランはいた。

「これはしたり、あなた様から前もってお知らせ頂いておりませんでした。ほかの献立を進めております」とニコラは言った。

「どうしてなんだ、こん畜生のあんぽんたんめ。いつだってぼくにくそ丁寧な言葉づかいをするのは何故なぜかね」

「もしその理由を申し上げても苦しゅうないということでございましたら、れなれしい言葉づかいは、おたがいに境壁へだたりを尊重しあってから初めて許容されるべきものと存じますので、それとは事態がまるで違うわけです」

「それは尊大というもんだよ、ニコラ」

「わたくしは自分の立場に誇りをもっております。そのことで、あなた様がわたくしに文句をつけなさることはできないでございましょう」

「もちろんだ」とコランは言った。「だが、ぼくはもっと隔てなしにあなたと会えるほうが好きだな」

「わたくしは、あなた様に、表面に出しこそ致しませんが、心からの情愛を抱いておりますので」とニコラは答えた。

「それは嬉しいし得意にもなるね、ニコラ。お返しはするよ。そこで、今夜は何をこしらえているの?」 (pp. 33-34)

②伊東守男訳

「ニコラ、今晩はフリカンドーにするのかね?」と、コランが尋ねる。

「そんな突然言いだされても、旦那様はそんなことはおっしゃってませんでしたね。違うものを作る予定なんですがね」

「ちぇっ、ペストの悪魔にでも喰われてしまえ。一体またなんで、いつでもぼくには、旦那様なんて三人称でそんなていねいな口をきくんだね」

「旦那様は、理由をお知りになりたいのですか。まあ、ある程度までの、親しさは許されるでしょう。しかし、いろいろなけじめをちゃんとつけなくちゃいけませんがね。だが、今は、そういった状態ではございませんよ」

「君はおたかくとまってるね、ニコラ」と、コラン。

「私は、私の地位に誇りを持ってますからね。だからといって、旦那様は、文句を言ったりはなさらないでしょう」

「そりゃあそうだよ、だからもう少し、うちとけて欲しいんだがな」

「私は旦那様に対して心からの愛情を持っております。表には出しませんがね」と、ニコラ。

「それは有難いよ、また、誇らしいがね。ぼくも君に対して同様の感情を持っているんだよ。ところで、今晩は何を作るんだい?」 (pp. 34-35)

③野崎歓訳

「ニコラ、今夜はフリカンドーを作っているんでしょう?」コランが尋ねた。

「これは困った」とニコラ。「旦那様は何もおっしゃっていなかったではないですか。わたくし、別のプランを立ててしまいました」

「どうしてなんだ、まったくもう」とコランはいった。「どうしていつも、ぼくのことを旦那様呼ばわりするんです?」

「旦那様が説明をお許しくださるのであれば申しますが、親しげな口調というのは、お互いのあいだの壁を尊重し合って初めて許されるものだと存じます。いまの場合はそうではありませんので」

「お高くとまっているんですね、ニコラ」とコランはいった。

「旦那様、わたくしは自分の地位に誇りをもっております。それを非難なさるにはおよびませんよ」

「もちろんですとも。でもぼくは、もう少し打ち解けてほしいんですが」

「わたくしは旦那様に心から親愛の情を抱いておりますが、ただしそれを表には出さずにいるのでして」

「ニコラ、それはぼくにとって誇らしいし、嬉しいことです。同じ気持ちをお返ししますよ。ところで、今晩は何を作っているんです?」 (pp. 42-43)

[XII]

– Si on coupait le gâteau ? dit Chick.

Colin saisit un couteau d’argent et se mit à tracer une spirale sur la blancheur polie du gâteau. Il s’arrêta soudain et regarda son œuvre avec surprise.

– Je vais essayer quelque chose, dit-il.

Il prit une feuille de houx au bouquet de la table et saisit le gâteau d’une main. Le faisant tourner rapidement sur le bout du doigt, il plaça, de l’autre main, une des pointes du houx dans la spirale.

– Écoute !… dit-il.

Chick écouta. C’était Chloé, dans l’arrangement de Duke Ellington.

Chick regarda Colin. Il était tout pâle.

– Je… je n’ose pas le couper… dit Colin.

Chick lui prit le couteau des mains et le planta d’un geste ferme dans le gâteau. Il le fendit en deux. Et, dans le gâteau, il y avait un nouvel article de Partre pour Chick et un rendez-vous avec Chloé, pour Colin. (p. 74)

①曾根元吉訳

「ケーキを切ってみたら」とシックは言った。

 コランは銀のナイフを取り、ケーキのつるつるした白い表面に、渦巻うずまきの線を入れていった。と、突然に、彼は手を止め、驚いて自分の仕事を見つめた。

「ぼくは何ごとかをやってみようとしてるんだ」と彼は言って、テーブルの花束からヒイラギの葉を一枚とると、片手でケーキをつかんだ。指尖ゆびさきでケーキを迅速に回転させながら、一方の手で、ヒイラギの葉先を渦巻の線に乗せた。

「聴いてごらん!……」

 シックは耳をすました。デューク・エリントン編曲の『クロエ』だった。

 シックはコランを見守った。彼は真青だった。

 シックはナイフを取り上げて、力強い手つきでケーキに突きこんだ。まっ二つにケーキが割れると、その中には、シックのためにパルトルの新刊の評論が一冊と、コランのためにクロエと会う場所と時間の約束が入れられてあった。 (pp. 61-62)

②伊東守男訳

「ケーキを切ったらどうだい」とシック。

 コランは銀のナイフを取り上げると、ケーキのぴかぴかに磨かれた真白な表面にらせん形の模様を描き始めた。彼は突然止めると、驚いたように切り具合を眺めるのだった。

「ちょっと、面白いことをやってみよう」とコラン。

 彼は、ひいらぎの葉っぱを一枚ほど、テーブルの上に置かれた花束から取り出すと、片方の手でケーキをつかんだ。ケーキを指の端で回転させると、片方の手でひいらぎのとげをひとつ、らせん形の模様の方に差した。

「聞けよ」とコラン。

 シックは聞いた。デューク・エリントンの編曲になる〈クロエ〉だった。

 シックはコランを眺めやった。彼は真青になっていた。

 シックはコランの手からナイフを取り上げると、しっかりした手つきで、ケーキの中に突き刺した。ケーキを二つに割ると、ケーキの中には、シック用にパルトルの新論文が一つと、コラン用にクロエとのデートが入っていた。 (p. 62)

③野崎歓訳

「ケーキを切ってみたら?」シックがいった。

 コランは銀のナイフを取って、ケーキのなめらかな白い表面に渦巻きを描き始めた。不意に手を止めると、驚いたように自分のしわざを眺めた。

「ちょっとやってみたいことがある」と彼はいった。

 卓上の花束からヒイラギの葉っぱを一枚取り、ケーキを片手でもった。そしてケーキを指の上ですばやく回転させながら、もう一方の手で、ヒイラギの葉っぱのとがった先を渦巻きに触れさせた。

「聴いてごらん……!」

 シックは耳を澄ませた。それはデューク・エリントンの編曲による「クロエ」だった。

 シックはコランを見た。コランは真っ青になっていた。

 シックはコランの手からナイフを取って、ケーキにぐさりと突き刺した。ケーキが二つに割れた。するとその中には、シックのためにパルトルの新しい論文、コランのためにクロエとのデートの約束が入っていたのだった。 (pp. 76-77)

XXV

– Pourquoi sont-ils si méprisants ? demanda Chloé. Ce n’est pas tellement bien, de travailler.

– On leur a dit que c’est bien, dit Colin. En général, on trouve ça bien. En fait, personne ne le pense. On le fait par habitude et pour ne pas y penser, justement.

– En tout cas, c’est idiot de faire un travail que des machines pourraient faire.

– Il faut construire des machines, dit Colin. Qui le fera ?

– Oh, évidemment, dit Chloé, pour faire un œuf, il faut une poule, mais une fois qu’on a la poule, on peut avoir des tas d’œufs. Il vaut donc mieux commencer par la poule.

– Il faudrait savoir, dit Colin, qui empêche de faire des machines. C’est le temps qui doit manquer. Les gens perdent leur temps à vivre, alors il ne leur en reste plus pour travailler.

– Ce n’est pas plutôt le contraire ? demanda Chloé.

– Non, dit Colin. Si ils avaient le temps de construire les machines, après ils n’auraient plus besoin de rien faire. Ce que je veux dire, c’est qu’ils travaillent pour vivre au lieu de travailler à construire des machines qui les feraient vivre sans travailler.

– C’est compliqué, estima Chloé.

– Non, dit Colin. C’est très simple. Ça devrait, bien entendu, venir progressivement. Mais, on perd tellement de temps à faire des choses qui s’usent.

– Mais tu crois qu’ils n’aimeraient pas mieux rester chez eux et embrasser leur femme et aller à la piscine et aux divertissements ?

– Non, dit Colin, parce qu’ils n’y pensent pas.

– Mais est-ce que c’est leur faute si ils croient que c’est bien de travailler ?

– Non, dit Colin, ce n’est pas leur faute. C’est parce qu’on leur a dit : le travail, c’est sacré, c’est bien, c’est beau, c’est ce qui compte avant tout, et seuls les travailleurs ont droit à tout. Seulement, on s’arrange pour les faire travailler tout le temps et alors ils ne peuvent pas en profiter.

– Mais alors ils sont bêtes, dit Chloé.

– Oui, ils sont bêtes, dit Colin. C’est pour ça qu’ils sont d’accord avec ceux qui leur font croire que le travail, c’est ce qu’il y a de mieux. Ça leur évite de réfléchir et de chercher à progresser et à ne plus travailler.

– Parlons d’autre chose, dit Chloé. C’est épuisant, ces sujets-là. Dis-moi si tu aimes mes cheveux.

– Je t’ai déjà dit…

Il la prit sur ses genoux. De nouveau, il se sentait complètement heureux.

– Je t’ai déjà dit que je t’aimais bien, en gros et en détail.

– Alors, détaille, murmura Chloé, en se laissant aller dans les bras de Colin, câline comme une couleuvre. (pp. 123-125)

①曾根元吉訳

「あの人たち、どうしてあんなに人を小ばかにしてるの」とクロエはきいた。「労働してるからってそれがそんなに正しいとは思えないわ」

「労働は正しいと聞かされているんだな。一般には正しいと考えられているんだが、実際は、だれもそう思ってやしない。習慣でやっているわけだ。正確にいえば、そんなこと考えないぐらいだよ」

「どっちにしても機械でやれるような労働をするのはばからしいわ」

「その機械をこしらえる必要があるよ」とコランは言った。「だれがそれをつくる?」

「あたりまえじゃないの。卵をつくるには、めんどりが必要よ。めん鶏さえあれば、卵はいくらでも手に入るわよ。めん鶏からはじめるのが第一よ」

「なにが機械をつくることを妨げてるかを知る必要がある。まず時間が不足してるはずだ。人はみな生きるのに時間を浪費しているよ。だからもう労働するだけの時間が残っていないんだ」

「それはあべこべじゃないの?」とクロエは言った。

「そうじゃない」とコランは答えた。「もし機械をこしらえる時間があったとすれば、そのあとではもう何一つこしらえようとしなくなるだろう。ぼくの言いたいことは、彼らは労働せずに生きられる機械をこしらえる労働をしないで生きるために労働しているってことなんだ」

「ややこしいわね」

「そうじゃないよ。とても単純なことだ。もちろん、こいつはだんだん進歩してきてるはずだが、それほど人はすりへってしまう物をつくるのに時間を浪費してるんだよ……」

「でも、あの人たちが家庭にいて奥さんに接吻せつぷんしたりプールやいろんな楽しみごとに出かけたりするのを好かないと思う?」

「好かないだろうね。だってそんなこと考えないからだ」

「でも、労働が正しいことだと信じているとしたら、あの人たちの欠点じゃない?」

「そうじゃないよ。欠点じゃないんだ。だって《労働、それは神聖にして、正しく、美しいもの。それは何にもまして重んじられ、労働者だけがあらゆるものに権利を有する》と聞かされてるんだ。ただ、彼らを始終労働させるような手筈てはずになってあるので、時間を活用できないでいるんだ」

「だって、それなら、あの人たちはのろまなの」

「そうだ、のろまなんだ。労働こそ最善のものだと信じこませている連中と同調しているのは、そのためなんだ。それが彼らに熟考すること、進歩して、労働しなくなるのを求めることをはばんでいるんだよ」

「ほかのことを話しましょうよ」とクロエは言った。「げっそりしちゃうわ、こんなお話は。ねえ、あたしの髪は好きかどうか言って……」

「まえに言ったじゃない……」

 彼はクロエを膝にのせた。ふたたび、ふたりはすっかり幸福な感じになっていた。

「ぼくはあんたのどこもかしこも全体を愛してるんだって言ったじゃない」

「それなら、もっとこまかく、どこもかしこも愛してよ」とクロエは、蛇の子みたいに甘ったれて、コランの腕の中に身をすりよせながら言った。 (pp. 110-112)

②伊東守男訳

「なんであんな軽蔑しているような目つきしてんのかしら」とクロエ。「あんなふうに働いたってあんまりいいことないはずなのにねえ」

「なあに、いいことがあるって言われてるのさ」とコラン。「一般的に言うと悪くはないのさ。少なくとも誰も悪いとは思っちゃいない。習慣でやってるんだよ。それに誰もあまりそんなことを考えないんだ」

「だけどいずれにしたって機械でもやれる仕事を人間がやるなんて馬鹿みたいじゃない」

「だって機械だって誰かが作らなくちゃならないんだろう。誰が作るんだ」

「そんなことを言い出せばそれはそうよ。卵をつくるためにはニワトリをまずつくらなくてはならないわ。だけどニワトリをつくってしまえば、卵なんか沢山つくることができるわよ。だからニワトリから始めた方が利口じゃないの」

「まず第一に誰が機械を作るじゃまをしているか訊かなくちゃならないな。時間が足りないんだよ。みんな生きる時間がなくなってるんだ。働く時間なんかありゃしない」

「むしろその反対じゃないの」とクロエ。

「いや、そんなことはないよ。機械を作る時間さえあればあとはもう何もしなくていいんだ。ぼくの言ってるのはね、働かなくてもいいようになる機械を作るために働く代りに、食うために働いているんだよ、彼らは」

「ずいぶん複雑なのね」

「いや、別に複雑じゃないよ。むしろごく簡単なんだ。もちろん徐々にやらなくちゃならない。だけど下らないすり切れのためにさんざん時間を無駄にしているんだ」

「だけどあなた、あの人たちみんな家にいて、奥さんにキスでもして、プールや他のことをして楽しんでいた方がいいと思わない」

「そうは思わないな。だってそんなこと全然考えちゃいないんだからな」

「だけど労働するのはいいことだと思っているとしたら、間違いじゃないかしら」

「いや、そうは思わないよ。ただみんなから、〝労働は神聖だ。実に美しい、いいもんだ〟なんて言われてるからさ。〝労働者だけが全部のものに対して権利を持ってるんだ〟ってね。だけどうまくはめられてしょっちゅう働かせられているもんで、労働の果実を自分たちの自由にすることができないんだな」

「でも何よ、それじゃばかみたいじゃない」とクロエ。

「うん、ばかみたいだよ」とコラン。「だけどそういうわけだから、労働が世の中で一番いいものだと彼らに信じ込ませる奴らに反対しないんだ。考える必要や進歩しようと努力する必要や、これ以上働くまいと考える必要がなくなるからさ」

「他のお話をしましょうよ。うんざりするわ、その話題は。それよりあなた、私の髪の毛が好き」

「もう言ったじゃないか」

 彼は彼女を膝の上にのっけた。再び幸福いっぱいの気分になれた。

「もう言ったろ。君の大ざっぱなところも細かいところもすべて好きだって」

「それじゃ細かいところを頼むわよ」とクロエはコランの腕の中で身を任せて、まむしのようなしなをつくりながら言うのだった。 (pp. 109-111)

③野崎歓訳

「あの人たち、どうしてわたしたちのことをあんなに軽蔑するの?」クロエが尋ねた。「働くのは、そんなに立派なことかしら……」

「連中は、働くのは立派なことだといわれて働いているんだよ」コランはいった。「一般論としては、働くことは立派なことなんだ。でも実際にはだれもそうは思っていない。ただ習慣から、そんなことを考えなくてすむように働いているだけさ」

「どちらにしても、機械にできる仕事をするのはばかげてるわ」

「でもまず機械を作らなくちゃならないだろ」とコラン。「だれがその仕事をするんだ?」

「もちろん、卵ができるにはメンドリがいなくちゃならないわ。でもメンドリさえいれば卵はたくさん手に入るでしょう。だから、まずメンドリから始めるべきなのよ」

「機械を作るのをじゃましているのは何なのかを突き止めなければね。きっと時間が足りないんだろうな。人々は暮らしに追われてばかりで、働く時間が残っていないんだ」

「それってむしろ逆じゃないの?」クロエが尋ねた。

「違うよ」とコラン。「機械を作る時間さえあれば、あとはもう何もしなくてすむだろう。ぼくがいいたいのは、連中は暮らしていくために働いているのであって、働かなくても暮らしていけるような機械を作るために働いているのではないということさ」

「ややこしいわね」

「そんなことないよ。とても単純なことさ。もちろん、少しずつ進歩してはいくんだろう。とはいうものの、人間はすり減っていくだけのものを作るのに時間を無駄にしすぎているよ」

「でもあの人たちだって、できるものなら自分の家にいて奥さんにキスしたり、プールや遊び場に行きたいはずだとは思わない?」

「思わないね。だってそんなこと、考えてもいないんだよ」

「でも、働くのは立派なことなんだって考えているのは、あの人たちが悪いのかしら?」

「そうじゃない。彼らが悪いわけじゃない。それは彼らが、労働は神聖で、善なる、美しいものであり、何よりも大事なもので、働く者だけがあらゆる権利を有するのだと吹き込まれているせいなんだ。ただし、連中はとにかく四六時中、働いていなければならないようになっているから、楽しむわけにはいかないんだよ」

「ということは、あの人たちはばかなのかしら」

「そうさ、ばかなのさ。だからこそ連中は、労働こそ最高のものなりと信じ込まされているんだ。そうすれば自分の頭で考えずにすむし、社会を進歩させて、仕事をしなくていいようにする必要もないからね」

「何か別のお話をしましょう」とクロエはいった。「もううんざりだわ、こういう話題は。ねえ、わたしの髪は好き?……」

「前にいったじゃないか……」

 コランはクロエをひざの上にのせた。するとコランはまた、自分は申し分なく幸せなのだという気持ちになった。

「前にいったじゃないか、君のことが大好きだって。大雑把おおざっぱにいっても、事細かにいってもさ」

「それじゃ、事細かにいってみてちょうだい」クロエは、蛇の子みたいに甘やかにコランの腕にすべり込みながらささやいた。(pp. 133-136)

[XLI]

Chloé était allongée sur son lit, vêtue d’un pyjama de soie mauve et d’une longue robe de chambre de satin piqué d’un léger beige orange.

Autour d’elle, il y avait beaucoup de fleurs et surtout des orchidées et des roses. Il y avait aussi des hortensias, des œillets, des camélias, de longues branches de fleurs de pêcher, et d’amandier, et des brassées de jasmin. Sa poitrine était découverte et une grosse corolle bleue tranchait sur l’ambre de son sein droit. Ses pommettes étaient un peu roses et ses yeux brillants, mais secs, et ses cheveux légers et électrisés comme des fils de soie.

– Tu vas prendre froid ! s’écria Alise. Couvre-toi !

– Non, murmura Chloé, il le faut, c’est le traitement.

– Quelles jolies fleurs ! dit Alise. Colin est en train de se ruiner, ajouta-t-elle gaiement, pour faire rire Chloé.

– Oui, murmura Chloé. Elle eut un pauvre sourire.

– Il cherche du travail, dit-elle à voix basse. C’est pour cela qu’il n’est pas là.

– Pourquoi parles-tu comme ça ? demanda Alise.

– J’ai soif… dit Chloé dans un souffle.

– Tu ne prends réellement que deux cuillerées par jour ? dit Alise.

– Oui… soupira Chloé.

Alise se pencha vers elle et l’embrassa.

– Tu vas bientôt être guérie.

– Oui, dit Chloé. Je pars demain avec Nicolas et la voiture.

– Et Colin ? demanda Alise.

– Il reste, dit Chloé. Il faut qu’il travaille, mon pauvre Colin. Il n’a plus de doublezons.

– Pourquoi ? demanda Alise.

– Les fleurs… dit Chloé.

– Est-ce qu’il grandit ? murmura Alise.

– Le nénuphar ? dit Chloé, tout bas. Non, je crois qu’il va partir…

– Alors, tu es contente ?

– Oui, dit Chloé, mais j’ai si soif.

– Pourquoi n’allumes-tu pas ? demanda Alise. Il fait très sombre ici.

– C’est depuis quelques temps, dit Chloé. Il n’y a rien à faire. Essaye.

Alise manœuvra le commutateur et un léger halo se produisit autour de la lampe.

– Les lampes meurent… dit Chloé. Les murs se rétrécissent aussi. Et la fenêtre, ici, aussi.

– C’est vrai ? demanda Alise.

– Regarde…

La grande baie vitrée qui courait sur toute la largeur du mur n’occupait plus que deux rectangles oblongs, arrondis aux extrémités. Une sorte de pédoncule s’était formé au milieu de la baie, reliant les deux bords, et barrant la route au soleil. Le plafond avait baissé notablement et la plate-forme où reposait le lit de Colin et Chloé n’était plus très loin du plancher.

– Comment est-ce que cela peut se faire ? demanda Alise.

– Je ne sais pas… dit Chloé. Tiens, voilà un peu de lumière.

La souris à moustaches noires venait d’entrer, portant un petit fragment d’un des carreaux du couloir de la cuisine, qui répandait une vive lueur.

– Sitôt qu’il fait trop noir, expliqua Chloé, elle m’en apporte un peu.

Elle caressa la petite bête qui déposa son butin sur la table de chevet. (pp. 194-197)

①曾根元吉訳

 クロエは藤紫の絹のパジャマと淡いオレンジ・ベージュのサテンに刺繍ししゆう入りの部屋着の長いのを身につけて、ベッドに寝そべっていた。彼女の周囲には、おびただしい花のかずかずが、とくにらんの花、薔薇ばらの花が多く、さらにまたあじさい、カーネーション、椿つばきの花々があり、桃やはたんきょうの長い枝に咲いた花々、いくかかえあるとも知れぬジャスミンの花々があった。クロエの胸部はむきだしになっていて、右の乳房の琥珀色こはくいろにはきわだって大きな水いろの花冠がくっきりと見えていた。彼女の頰骨にはうっすら赤みがさし、眼はぎらぎらしながらもどことなく干乾ひからびた感じで、髪の毛は重みがなく絹糸のように電気を帯びていた。

「風邪をひくわよ!」とアリーズは言った。

「なにか上に掛けたらどう……」

「だめよ」クロエはささやいた。「こうしていなくちゃ。これが療法なのよ」

「ほんとにみごとなお花ばかり」とアリーズは言った。そしてクロエを笑わせようと、おもしろそうに言葉をつづけた。「いまやコランは破産しつつあるってわけね」

「そうなの」クロエはささやいた。弱々しい微笑だった。

「あのひと、仕事さがしてるの」と彼女は小声で言った。「それで今うちにいないの」

「どうしてそんな話し方をするのよ」とアリーズはたずねた。

「のどが乾いてるの……」彼女は吐息をついて言った。

「一日にさじ二杯しか飲めないってほんとなの?」とアリーズは言った。

「ほんと……」とクロエは溜息ためいきをついた。

 アリーズはクロエに身をかがめて接吻せつぷんした。

「もうすぐよくなるわよ」

「そうね」とクロエは言った。「あたし明日ニコラと出ていくのよ、車で」

「コランはどうするの」アリーズはきいた。

「残るのよ。彼は働かなきゃならないの。コランにはもう大してお金がないの……」

「どうしてなの」

「花がたくさん必要なの」

「あれは大きくなってくるの?」アリーズはつぶやいた。

「睡蓮のこと?」クロエはうんと小さな声で言った。「あれは出ていってしまいそうよ」

「それならうれしいでしょ」

「ええ。でものどがからからだわ」

「どうして電燈でんとうをつけないの。ここはとても薄暗いわよ」

「すこし前からよ」とクロエは言った。「すこし前からなの。どうもしようがないの。やってみて」

 アリーズはスイッチを押してみた。わずかな光のかさが電燈のまわりに浮び出た。

「電燈はみな死んでいるのよ」とクロエは言った。「壁がみな縮んで狭くなってきているの。それにここの窓も、そうよ」

「ほんと?」

「よくごらんなさいよ……」

 部屋全体をぐるりと一周していた大きなガラス張りの出窓が今ではもう四隅をまるくした長方形の一対いつついでしかないのだった。出窓の中央には、窓の両端を結びあわせて太陽に通せんぼをする一種の花梗かこうのようなものができているのだ。天井は目だって低くなっていて、コランとクロエのベッドを置いてあった台座は床にぐっと近づいていた。

「どうしてこんなふうになったのかしら」とアリーズはたずねた。

「わからないのよ……」とクロエは言った。「おや、ちょっと明るくなったわ」

 黒ひげのハツカネズミが、台所の廊下のタイルの小さな破片かけらを運んできたところなのだが、その破片が生き生きした微光を放っているのだった。

「あんまり暗くなるとじきに、あの子がちょっぴり持ってきてくれるのよ」とクロエは説明した。

 枕もとのテーブルに分捕品を置いた小ちゃな生き物を彼女はでてやった。(pp. 182-185)

②伊東守男訳

 クロエはベッドに横たわっていた。モーヴ色の寝間きを着、上からピケ織のサテンの軽いオレンジがかったベージュ色の長い部屋着をはおっていた。彼女は周りをグルッと花に取り囲まれており、中でも蘭とバラが多かった。その他にもあじさいとかカーネーションとか椿とか、桃やアーモンドの花がついた長い枝やいく抱えものジャスミンなどもあった。胸ははだけており、右の乳房のアンバー色の上に青い大きな花冠が浮き出ていた。頰骨のところはポーと赤く、眼は輝いていたが乾いていた。そうして彼女の軽い髪の毛はシルクの糸のように電気を帯びていた。

「風邪をひいちゃうわよ。布団をかけていなさいよ」

「そうはいかないのよ。これも治療法の一つだから」

「まあなんてきれいな花なんでしょう。きっとコラン、破産しちゃうわ」とクロエを笑わせようと思って、わざと陽気に言う彼女。

「そうなのよ」と口ごもるクロエ。彼女は見るも哀れな微笑を浮かべた。

「彼、仕事を探してるのよ」と小さな声でクロエ。「だから、いまいないのよ」

「なんで、そんな口調でしゃべるのよ」と尋ねるアリーズ。

「喉が渇いたのよ……」とささやくように言う彼女。

「本当に一日に匙に二杯しか水を飲んじゃいけないの」とアリーズ。

「そうよ」とため息をつくクロエ。

 アリーズが彼女の方にこごむとキスをした。「すぐ治るわよ」

「そうね。明日ニコラと一緒に車で発つのよ」

「で、コランは」

「彼は残るのよ。働かなくちゃならないもの。可哀相に……もうお金がなくなっちゃったのよ」

「あら、どうして」と尋ねるアリーズ。

「花のせいよ……」とクロエ。

「また大きくなっちゃったの」と口ごもるアリーズ。

「睡蓮のこと」と小声で言うクロエ。「睡蓮は枯れてしまいそうよ」

「そう、それじゃよかったじゃないの」

「そうね。だけど喉が渇いて」

「なぜ明りをつけないの。ずいぶん暗いじゃないの」

「しばらく前からそうなのよ。しばらく前からね。どうしようもないわ。電気をつけてみて」

 アリーズがスイッチを入れると、ランプの周りがわずかにポーと明るくなった。

「電気の光はもう瀕死なのよ。壁はせばまってきているわ。窓もよ」

「本当に」と尋ねるアリーズ。

「見てごらんなさいよ」

 壁の一面全体に当っている大きなガラス窓は、いまではもう端が丸くなった二つの長方形の矩形にすぎなくなっていた。一種の花梗かこうのようなものがガラスの真中にでき、二つを結び合わし、太陽を遮っているのだ。天井ははっきりと、それとわかるほど下がってきており、コランとクロエのベッドが置いてあった台は地面から遠くないところに近づいてきていた。

「なんでこんなふうになっちゃったのよ」と尋ねるアリーズ。

「わかんないわ。ほら、すこし明るくなったでしょう」

 真黒な口髭をしたハツカネズミが一匹、台所の廊下のタイルの破片を一枚持ってやって来、お陰で周りがポーと明るくなった。

「あんまり暗くなりすぎると、光を持って来てくれるのよ」と説明するクロエ。

 彼女がネズミを撫でてやると、ネズミは枕元のテーブルの上に、持って来たものを置いて行った。(pp. 183-186)

③野崎歓訳

 クロエはベッドに横になっていた。薄紫の絹のパジャマに、薄いオレンジがかったベージュのサテンキルトで仕立てた、長いドレッシングガウンを着ていた。

 彼女のまわりには山ほど花があり、とりわけ蘭やバラが多かった。アジサイ、カーネーション、椿、長い枝に咲いた桃の花やアーモンドの花、そしてジャスミンの花も何抱え分もあった。彼女は胸元をはだけていて、琥珀色をした右の乳房が、青い花の大きな花冠と鮮やかなコントラストを見せていた。両頰はうっすらピンク色を帯び、目はきらきらと輝いていたが、瞳に潤いがなかった。髪は絹糸のように軽やかで電気を帯びていた。

「風邪を引いちゃうわよ!」アリーズは叫んだ。「ちゃんと着てなくちゃ」

「違うのよ」クロエがつぶやいた。「こうしておかなければならないの。治療法なのよ」

「なんてきれいな花でしょう!」アリーズがいった。「これじゃコランは破産しちゃうわね」アリーズはクロエを笑わそうとして陽気に付け加えた。

「ええ」とクロエはささやき、寂しそうな微笑みを浮かべた。

「あの人、仕事を探しているのよ」彼女は小さな声でいった。「だからいまいないの」

「どうしてそんな風に話すの?」アリーズが尋ねた。

「喉が渇いてるの……」クロエは声をひそめていった。

「毎日、本当にスプーン二さじ分の水しか飲んでいないの?」

「そうよ……」クロエはため息をもらした。

 アリーズは彼女の上に身をかがめてキスした。

「じきに治るわよ」

「ええ。わたし、明日ニコラと車で旅立つの」

「それで、コランは?」アリーズが尋ねた。

「あの人は残るわ。仕事をしなければならないから。かわいそうなコラン……。もうドゥブルゾンがなくなってしまったの……」

「どうして?」

「花にお金がかかるから……」

「あれ、大きくなっているの?」アリーズが小声で訊いた。

「睡蓮?」クロエはほんのささやき声でいった。「いいえ。もうすぐ出ていってくれると思うわ……」

「それならよかったじゃない」

「ええ。でもわたし、喉が渇いて」

「どうして明かりをつけないの? この部屋、とっても暗いわよ」

「しばらく前からこうなの。どうしようもないのよ。やってごらんなさい」

 アリーズはスイッチをいじってみたが、ランプのまわりにかすかな光の輪が生じるばかりだった。

「ランプが死にそうなの」クロエがいった。「壁も縮んでいるわ。そしてここの窓もそうよ」

「本当?」

「ごらんなさい……」

 壁いっぱいの幅に広がっていた大きな窓ガラスは、二個の細長い長方形に分かれてしまい、角も丸くなっていた。ガラスの真ん中に植物の茎のようなものが生えて上下の辺をつなぎあわせ、日の光が入ってくる邪魔をしていた。天井はいちじるしく低くなり、コランとクロエのベッドがのっていた台座も床からさほど高くはなくなっていた。

「どうしてこんなことが起こるのかしら?」アリーズが尋ねた。

「わからない……」クロエがいった。「ほら、少し光が来たわ」

 黒い口ひげを生やしたハツカネズミが入ってきたところだった。ハツカネズミの運んできたキッチンの色つきタイルの小さなかけらが、強力な光を放っていた。

「あんまり暗くなってしまうと、この子が少し運んできてくれるのよ」クロエが説明した。

 ハツカネズミは獲物を枕元のテーブルに置き、クロエはその頭をでてやった。(pp. 221-224)

*1:一冊選ぶなら③野崎歓訳。ややあっさりしすぎているきらいもあるが、圧倒的に読みやすく、注も充実している。①曾根元吉訳は、直訳的すぎたり、正確さに欠けたりする部分もあるが、ニコラの口調の魅力は捨てがたい。

*2:引用は Boris Vian, L’Écume des jours (Paris: Pauvert, 1996) による。

世界文学全集のためのメモ 3 『愛、ファンタジア』 アシア・ジェバール

フランス語編 2

Assia Djebar
アシア・ジェバール
1936-2015

L’Amour, la fantasia
『愛、ファンタジア』
1985

日本語訳
『愛、ファンタジア』石川清子訳、みすず書房、2011年

Il faut partir, l’odeur est trop forte. Le souvenir, comment s’en débarrasser ? Les corps exposés au soleil ; les voici devenus mots. Les mots voyagent. Mots, entre autres, du rapport trop long de Pélissier ; parvenus à Paris et lus en séance parlementaire, ils déclenchent la polémique : insultes de l’opposition, gêne du gouvernement, rage des bellicistes, honte éparpillée dans Paris où germent les prodromes de la révolution de 48…

Canrobert, lieutenant-colonel en garnison dans ce même Dahra, livrera son jugement plus tart :

« Pélissier n’eut qu’un tort : comme il écrivait fort bien et qu’il le savait, il fit dans son rapport une description éloquente et réaliste, beaucoup trop réaliste, des souffrances des Arabes… »

Laisson là la controverse : le bruit à Paris autour des morts du rapport serait-il simple péripétie politique ? Pélissier, grâce à son écriture « trop réaliste », ressuscite soudain sous mes yeux les morts de cette nuit du 19 au 20 juin 45, dans les grottes des Ouled Riah.

Corps de la femme trouvée au-dessous de l’homme qui la protégeait du bœuf hurlant. Pélissier, pris par le remords, empêche cette mort de sécher au soleil, et ses mots, ceux d’un compte rendu de routine, préservent de l’oubli ces morts islamiques, frustrés des cérémonies rituelles. Un siècle de silence les a simplement congelés.

Asphyxiés du Dahra que les mots exposent, que la mémoire déterre. L’écriture du rapport de Pélissier, du témoignage dénonciateur de l’officier espagnol, de la lettre de l’anonyme troublé, cette écriture est devenue graphie de fer et d’acier inscrite contre les falaises de Nacmaria. (pp. 109-110) *1

 立ち去らねばならない。腐臭は強烈だから。だが、記憶はどのように追い払えよう。太陽にさらされた死人の身体。身体は言葉になる。そして言葉は移動する。とりわけ、ペリシエの長い報告書の言葉はパリに到達し、議会で読まれ、論戦を引き起こす。罵る野党、困惑する政府、激怒する好戦論者――パリ中に恥と不名誉がばらまかれ、四八年の革命〔七月王政を倒し第二共和政の道を開いた二月革命〕の兆しが芽生えようとしていた…

 同じダフラの駐屯部隊の中佐カンロベールは後にこう判断する。

 「ペリシエは間違いを犯した。名文家の彼自身よく知っているように、報告書に書かれたアラブ人の苦悶のさまは表現力豊かで、あまりにもリアルにすぎる…」

 論争は放っておこう。報告書の死者が引き起こしたパリでの騒ぎは、政局の変化だけだったろうか。ペリシエの「あまりにもリアル」な文のおかげで、四五年六月十九日から二〇日の夜にかけて、ウレド・リヤーフの洞窟の死者は、突然私の目の前で生き返る。

 女の身体のうえに男が覆いかぶさっている。男は、鳴き狂う牛から女を守ろうとした。ペリシエは良心の呵責ゆえに、この女の屍体を日にさらすことはしなかった。それを記す彼の言葉はいつもの報告書の文体だが、慣例の儀式の機会を奪われたイスラーム教徒の死者たちを忘却から守っている。一世紀の沈黙が死者たちを凍らせている。

 言葉があばき、記憶が掘り起こすダフラの窒息死した人たち。ペリシエの報告書、スペイン人士官の告発的証言、動揺した匿名兵士の手紙――これらの書きものは、ナクマリーヤの断崖を鉄とはがねで引っ搔いて書く文字となる。(pp. 102-103)

Mon premier émoi religieux remonte à plus loin : dans le village, trois ou quatre années de suite, le jour de la « fête du mouton » débute par la « complainte d’Abraham ».

Aubes d’hiver frileuses, où ma mère, levée plus tôt que d’habitude, allumait le poste de radio. Le programme arabe comportait invariablement, en l’honneur de la fête, le même disque : un ténor célèbre chantait une mélopée dont une dizaine de couplets mettait en scène Abraham et son fils.

Cette écoute, dont la régularité annuelle a scandé mon jeune âge, modela, je crois, en moi une sensibilité islamique.

Dans la pénombre de l’aurore, je me réveille sous la tendresse de la voix du chanteur, un ténor que Saint-Saëns finissant sa vie à Alger, avait encouragé, alors qu’il débutait comme muezzin. L’artiste, déroulant les couplets, interprétait tous les personnages : Abraham qui, dans un rêve lancinant ses nuits, voyait l’ange Gabriel exiger, au nom de Dieu, le sacrifice du fils ; l’épouse d’Abraham ignorant que son garçon, paré de sa djellaba de fête, était emmené à la mort ; Isaac lui-même qui avance dans la montagne avec innocence, étonné que le corbeau sur la branche lui parle de trépas…

Suspendue au drame biblique qui commençait, je ne sais pourquoi ce chant me plongeait dans une émotion si riche : la progression du récit à la fin miraculeuse, chaque personnage dont la parole rendait la présence immédiate, le poids de la fatalité et de son horreur qui pesait sur Abraham, contraint de voiler sa peine… Autant que la tristesse du timbre (mon corps, entre les draps, se recroquevillait davantage), la texture même du chant, sa diaprure me transportaient : termes rares, pudiques, palpitants d’images du dialecte arabe. Cette langue que le ténor savait rendre simple, frissonnait de gravité primitive.

La femme d’Abraham, Sarah, intervenait dans le couplet, comme ma mère, quand elle nous décrivait ses joies ou ses craintes, ses pressentiments. Abraham aurait pu être mon père, qui, lui, ne parlait jamais pour livrer son émotion, mais qui, me semblait-il, aurait pu… L’émoi me saisissait aussi devant la soumission du fils ; sa vénération, sa délicatesse dans le poids de la peine et cette perfection même me plongeaient dans un autre âge, à la fois plus naïf et plus grand :

 

« Puisque tu devais me tuer, ô mon père,
Pourquoi ne me l’as-tu pas dit ?
J’aurais pu étreindre ma mère
à satiété !…
Prends garde, en te baissant pour me sacrifier,
de ne pas tacher, de mon sang, le pan de ta toge !
Ma mère, quand tu lui reviendras, risquerait
de comprendre trop vite ! »

 

J’aimais la fraîcheur du chant d’Isaac qui déroulait en strophes lentes la dramaturgie du récit. Palpitation de cette musique…

A la même époque, le récit d’une tante qui débitait en multiples variations une biographie du Prophète, me rapprocha de cette émotion…

Le Prophète, au début de ses visions, revenait de la grotte tellement troublé qu’il « en pleurait », affirmait-elle, troublée elle-même. Lalla Khadidja, son épouse, pour le réconforter, le mettait « sur ses genoux », précisait la tante, comme si elle y avait assisté. Ainsi, concluait-elle toujours de la même manière, la première des musulmanes et des musulmans était une femme, peut-être même avant le Prophète lui-même, qu’Allah l’ait en sa sauvegarde ! Une femme avait adhéré à la foi islamique, historiquement la première, « par amour conjugal », affirmait ma parente.

D’une voix triomphante elle faisait revivre maintes fois cette scène ; j’avais dix, onze ans peut-être. Auditrice réticente soudain, car je n’avais vu de manifestation d’amour conjugal que dans la société européenne :

— Est-ce donc cela un Prophète ? m’offusquais-je. Un homme que sa femme met sur ses genoux ?

La tante avait un sourire discrètement attendri… Des années plus tard, je m’attendris à mon tour : pour un autre détail qu’elle rapportait. Bien après la mort de Khadidja, Mohamed ne pouvait dominer son trouble en une circonstance particulière : quand la sœur de sa femme morte approchait de la tente, le Prophète, bouleversé, disait que la sœur avait le même bruit de pas que la défunte. A ce son qui ressuscitait Khadidja, le Prophète se retenait mal de pleurer…

L’évocation de ce bruit de sandales me donne-rait par bouffées un désir d’Islam. Y entrer comme en amour, un bruissement griffant le cœur : avec ferveur et tous les risques du blasphème. (pp. 241-243)

 私が初めて宗教的感情を経験したのはずっと前に遡る。村にいた頃、三、四年続けて「羊の祭」が「アブラハムの哀歌」で始まったことがある。

 冬の寒い夜明け、いつもより早く起きた母がラジオをつける。アラビア語の番組は祭日を記念して、変わることなく同じ曲をかけていた。名高いテノール歌手が十番ほどもあるアブラハムとその息子の物語の歌を歌う。

 少女時代、毎年この曲を聴くことでイスラームに対する感性が培われていったのだと思う。

 夜明けの薄明りのなか、歌手の甘い声で目が覚める。そのテノール歌手は礼拝呼びかけ人ムアッジンを始めた頃、アルジェで生涯を終えようとしていたサン゠サーンスに見出されて歌手になったという。歌の番ごとに、歌手は登場人物をすべて歌ってみせた。アブラハムは夜毎彼を悩ます夢を見るが、ある夢のなかで、天使ガブリエルが神の名において息子を犠牲に捧げよと命じる。アブラハムの妻は、祭り用のジェラバ〔広い袖とフード付きのゆったりした外衣〕を着た息子が死へと導かれるとはつゆとも知らない。イサクは無邪気に山道を行き、途中、木の枝のカラスに死を告げられてびっくりする…

 この聖書物語に私はじっと耳を傾け、この歌を聴くとなぜだか分からないが深い感動に浸されるのだった。物語が少しずつ進み、そして奇蹟による結末。まるで実在するかのようなそれぞれの人物の言葉。運命の重さと苦悩をひた隠さねばならないアブラハムにのしかかる恐怖… 悲しげな声の響き(私の身体はシーツのなかでよりいっそう縮こまった)、歌詞の筋立て、その多彩さに私はうっとりした。方言アラビア語のあまり使わない言い回し、控えめな言葉、光景が目に浮かぶような表現… テノール歌手がいとも簡素に歌うこの豊かな言語は、素朴な荘重さを響きわたらせていた。

 歌のところどころに登場して喜びや恐れ、悪い予感を語るアブラハムの妻サラは、さながら私の母といったところか。するとアブラハムは父で、感情にまかせる言葉は決して発しない。だが私が思うに彼だってやはり… 私は服従する息子にも心を揺り動かされた。苦悩の重圧のなかで見せる父への敬意、繊細なやさしい心。その完璧さはもっと素朴でもっと偉大な時代へと私を導いていった。

 私をあやめねばならないなら、ああ、お父様、

 なぜ、それをおっしゃらなかったのです?

 お母様を力のかぎり、嫌というほど

 抱きしめられたでしょうに…

 私を犠牲に献げるとき、お気をつけください、

 長衣の裾を私の血で汚さないように!

 お父様が家に戻られたとき、お母様は

 一瞬のうちに気づいてしまうでしょうから…

 

 とりわけ、物語の劇的展開をゆっくり進めていくイサクの歌詞が好きだった。この部分を聴くと胸が高鳴ってくる…

 同じ時期に、叔母の一人が大預言者ムハンマドの生い立ちをいろいろな語り口で話してくれたが、この時も似たような感情の昂りを覚えた…

 幻を見たばかりの大預言者は洞窟から戻ると、困惑のあまり「泣いてしまった」と、叔母はきっぱり言ったが、叔母もまた混乱していたのだろう。預言者の妻、ラッラ・ハディージャは夫を慰めようとその頭を「膝のうえに」のせた、と実際に見たかのように話したのだった。こんなふうに、いつも同じやり方で叔母はお話を終えた。一番最初のイスラーム教徒は女だった、おそらくムハンマド以前にもそうだった、どうぞアッラーの庇護がありますように、と! 歴史上初めて、「夫婦の愛の絆によって」女の人がイスラームの信仰に従ったのだと、いつも言っていた。

 勝ち誇ったような声で、叔母はこの場面を何度も何度も話してくれた。私は十歳か十一歳くらいだった。しかし突然、私は熱中できなくなってしまう。というのも、夫婦の愛情を表に出すなど西欧にしかあり得ないことだから。

 「預言者ってそんな人なの?」私はむっとして聞いた。「奥さんの膝のなかに頭をうずめるような男の人なの?」

 叔母は控えめにやさしく微笑んだ… 数年後、叔母がしてくれた別の話で、私もまた微笑むことになる。ハディージャに先立たれて数年後、ムハンマドはある状況のなかで不安を感ぜずにはいられなかった。死んだ妻の妹が彼の天幕に近づいてきた時、その足音も妻と同じだと気づいておおいに取り乱した。それはハディージャを思い出させた。大預言者はまたもや、涙を抑えることができなかった…

 叔母の話のこの履物の音を想像すると、私のなかに突発的にイスラームに対する欲求がわいてくるのだった。まるで恋愛のなかへ入っていくような、心を引っ搔くようなこのざわめき。想像すると胸が熱くなり、どんな冒瀆を冒してもよいと思うくらいに。(pp. 244-247)

Je me souviens combien ce savoir coranique, dans la progression de son acquisition, se liait au corps.

La portion de verset sacré inscrite sur les deux faces de la planche de noyer, devait, au moins une fois par semaine, après la récitation de contrôle de chacun, être effacée. Nous lavions la planche à grande eau comme d’autres lavent leur linge ; le temps qu’elle sèche semblait assurer un délai à la mémoire qui venait de tout avaler…

Le savoir retournait aux doigts, aux bras, à l’effort physique. Effacer la tablette, c’était comme si, après coup, l’on ingérait une portion du texte coranique. L’écrit ne pouvait continuer à se dévider devant nous, lui-même copie d’un écrit censé immuable, qu’en s’étayant, pause après pause, sur cette absorption…

Quand la main trace l’écriture-liane, la bouche s’ouvre pour la scansion et la répétition, pour la tension mnémonique autant que musculaire… Monte la voix lancinante des enfants qui s’endorment au sein de la mélopée collective.

 

Anonner en se balançant, veiller à l’accent tonique, à l’observance des voyelles longues et brèves, à la rythmique du chant ; les muscles du larynx autant que du torse se meuvent et se soumettent à la fois. La respiration se maîtrise pour un oral qui s’écoule et l’intelligence chemine en position d’équilibriste. Le respect de la grammaire, par la vocalise, s’inscrit dans le chant.

Cette langue que j’apprends nécessite un corps en posture, une mémoire qui y prend appui. La main enfantine, comme dans un entraînement sportif, se met, par volonté quasi adulte, à inscrire. « Lis ! » Les doigts œuvrant sur la planche renvoient les signes au corps, à la fois lecteur et serviteur. Les lèvres ayant fini de marmonner, de nouveau la main fera sa lessive, procédera à l’effacement sur la planche — instant purificateur comme un frôlement du linge de la mort. L’écriture réintervient et le cercle se referme.

Quand j’étudie ainsi, mon corps s’enroule, re-trouve quelle secrète architecture de la cité et jusqu’à sa durée. Quand j’écris et lis la langue étrangère : il voyage, il va et vient dans l’espace subversif, malgré les voisins et les matrones soupçonneuses ; pour peu, il s’envolerait !

 

Ces apprentissages simultanés, mais de mode si différent, m’installent, tandis que j’approche de l’âge nubile (le choix paternel tranchera pour moi : la lumière plutôt que l’ombre) dans une dichotomie de l’espace. Je ne perçois pas que se joue l’option définitive : le dehors et le risque, au lieu de la prison de mes semblables. Cette chance me propulse à la frontière d’une sournoise hystérie.

J’écris et je parle français au-dehors : mes mots ne se chargent pas de réalité charnelle. J’apprends des noms d’oiseaux que je n’ai jamais vus, des noms d’arbres que je mettrai dix ans ou davantage à identifier ensuite, des glossaires de fleurs et de plantes que je ne humerai jamais avant de voyager au nord de la Méditerranée. En ce sens, tout vocabulaire me devient absence, exotisme sans mystère, avec comme une mortification de l’œil qu’il ne sied pas d’avouer… Les scènes des livres d’enfant, leurs situations me sont purs scénarios ; dans la famille française, la mère vient chercher sa fille ou son fils à l’école ; dans la rue française, les parents marchent tout naturellement côte à côte… Ainsi, le monde de l’école est expurgé du quotidien de ma ville natale tout comme de celui de ma famille. A ce dernier est dénié tout rôle référentiel.

Et mon attention se recroqueville au plus profond de l’ombre, contre les jupes de ma mère qui ne sort pas de l’appartement. Ailleurs se trouve l’aire de l’école ; ailleurs s’ancrent ma recherche, mon regard. Je ne m’aperçois pas, nul autour de moi ne s’en aperçoit, que, dans cet écartèlement, s’introduit un début de vertige. (pp. 259-261)

 私は想い出す。コーランを順々に覚えていくことは何と身体に結びついていることか。

 少なくとも一週間に一度、胡桃材の書板の両面に聖なる章句の一部が書かれ、それを暗唱したか教師が確認したあと、その章句を消す。大人が下着や敷布を洗うように、私達は書板をたっぷりの水で洗う。板が乾くまでの時間は、とりあえず吞み込んだものをしっかり自分のものにする消化の時間のように思えた…

 身体を使うことで知識は指に、腕にしみこんでいく。書板を消すことは、口に入れたコーランの一部分をあとからゆっくり嚥下するようなものだ。コーランはそれ自体不変と考えられている書きものの写しだが、一度休んだらまた休みを置きゆっくり身体に浸透させることで、初めて私たちの前にその全体が明らかになっていくのだろう…

 蔓草のような文字を手がたどるとき、口は何度も音節を区切って発音し、記憶力と筋力の両方を緊張させる… 集団で繰り返す単調な旋律のさなかで、まどろみを始める子どもたちの執拗な声が上昇していく。

 

 たどたどしく章句を読みあげながら身体を揺らしバランスをとる。抑揚の強弱、長母音と短母音の区別、朗唱のリズムに気を配る。喉と上半身の筋肉は動くと同時に意志に従う。息づかいは口から出る言葉のために抑制され、知性の獲得は綱渡り師の姿勢で少しずつ先に進んでいく。

 私が学ぶこの言語は、意識的に姿勢を作る身体とその身体に支えられる記憶を必要とした。子供の手はスポーツの練習時のように大人と同じ意志をもって文字を書き始める。「め!」すると書板のうえで動く手が、同時に誦み手でもあり書き手でもある身体に文字を送り返す。つぶやき終えた唇を閉ざすと、手は再び板を洗い文字を消す――それはそっと屍衣に触れるような浄めのひととき。そしてまた文字が書かれ、円環は閉ざされる。

 こんなふうにしてコーランの言葉を学習するとき、私の身体は内部に螺旋を描き、何と神秘にみちた都市の構築物を、堅牢に聳える建築を見出すことか。外国語を読み書きするときには身体は旅をし、隣人や疑い深い女たちなどお構いなしに秩序を破壊する空間を行ったり来たりする。何かのはずみに飛んでいってしまいそうだ!

 

 これら二つの言語はその習得方法をまったく違えて同時進行しながら私のなかに根を下ろしていったが、年頃になるにつれて空間の二分割を経験することになる(私の場合、影よりも光を選ぶ父の選択がそれを解決した)。最終的な決定が関わっているなどとは思ってもいなかった。同じ年頃の娘たちが閉じ込められる牢獄のかわりに外部と危険を選んだのだ。この可能性は陰険なヒステリーすれすれまで私を追いつめていった。

 外ではフランス語を書き、話す。発する言葉にはいかなる生身の現実も反映されない。一度も見たことのない鳥の名を覚え、木の名を習ってもその木だと実際に分かるのに十年以上もかかった。地中海の向う側に行ってはじめてその匂いを嗅いだ花や草の名が何とたくさんあったことか。この意味で、どんな語彙も私にとっては欠如となり、謎など一つもないエキゾチシズムであり、他言すべきではない眼への屈辱のようなものを感じていた… 子どもの絵本の情景、絵のなかの子どもたちの姿は純然たる絵空事以外の何物でもなかった。フランス人の家庭の母親が娘や息子を学校に迎えに来る、フランスの町の通りを両親がごく自然に並んで歩く… こんなふうに学校の世界は、私の生まれた町の日常から、そして私の家族の日常から削除されてしまった。言葉が現実の何かを指すという役割が否認されてしまうのだ。

 そして私の意識は最も奥深い影のなか、アパルトマンの外へ出ることのない母のスカートにぴったりくっついて縮こまっていた。それ以外の他所に学校という活動の場があった。それ以外の場所に私の追求するもの、私のまなざしは定まっていった。この乖離が裂け目となって眩暈が始まるなどと私は、そして周囲の人間の誰も気づかなかった。(pp. 263-266)

Après cinq siècles d’occupation romaine, un Algérien, nommé Augustin, entreprend sa biographie en latin. Parle de son enfance, déclare son amour pour sa mère et pour sa concubine, regrette ses aventures de jeunesse, s’abîme enfin dans sa passion d’un Dieu chrétien. Et son écriture déroule, en toute innocence, la même langue que celle de César, ou de Sylla, écrivains et généraux d’une « guerre d’Afrique » révolue.

La même langue est passée des conquérants aux assimilés ; s’est assouplie après que les mots ont enveloppé les cadavres du passé… Le style de saint Augustin est emporté par l’élan de sa quête de Dieu. Sans cette passion, il se retrouverait nu : « Je suis devenu à moi-même la contrée du dénuement ». Si cet amour ne le maintenait pas en état de transe jubilatoire, il écrirait comme on se lacère !

 

Après l’évêque d’Hippone, mille ans s’écoulent au Maghreb. Cortège d’autres invasions, d’autres occupations… Peu après le tournant fatal que représente la saignée à blanc de la dévastation hilalienne, Ibn Khaldoun, de la même stature qu’Augustin, termine une vie d’aventures et de méditation par la rédaction de son autobiographie. Il l’intitule « Ta’arif », c’est-à-dire « Identité ».

Comme Augustin, peu lui importe qu’il écrive, lui, l’auteur novateur de « l’Histoire des Berbères », une langue installée sur la terre ancestrale dans des effusions de sang ! Langue imposée dans le viol autant que dans l’amour…

Ibn Khaldoun a alors près de soixante-dix ans ; après un face à face avec Tamerlan — sa dernière aventure —, il s’apprête à mourir dans un exil égyptien. Il obéit soudain à un désir de retour sur soi : le voici, à lui-même, objet et sujet d’une froide autopsie.

 

 

Pour ma part, tandis que j’inscris la plus banale des phrases, aussitôt la guerre ancienne entre deux peuples entrecroise ses signes au creux de mon écriture. Celle-ci, tel un oscillographe, va des images de guerre — conquête ou libération, mais toujours d’hier — à la formulation d’un amour contradictoire, équivoque.

Ma mémoire s’enfouit dans un terreau noir ; la rumeur qui la porte vrille au-delà de ma plume. « J’écris, dit Michaux, pour me parcourir. » Me parcourir par le désir de l’ennemi d’hier, celui dont j’ai volé la langue…

L’autobiographie pratiquée dans la langue adverse se tisse comme fiction, du moins tant que l’oubli des morts charriés par l’écriture n’opère pas son anesthésie. Croyant « me parcourir », je ne fais que choisir un autre voile. Voulant, à chaque pas, parvenir à la transparence, je m’engloutis davantage dans l’anonymat des aïeules !

 

Une constatation étrange s’impose : je suis née en dix-huit cent quarante-deux, lorsque le commandant de Saint-Arnaud vient détruire la zaouia des Beni Ménacer, ma tribu d’origine, et qu’il s’extasie sur les vergers, sur les oliviers disparus, « les plus beaux de la terre d’Afrique », précise-t-il dans une lettre à son frère.

C’est aux lueurs de cet incendie que je parvins, un siècle après, à sortir du harem ; c’est parce qu’il m’éclaire encore que je trouve la force de parler. Avant d’entendre ma propre voix, je perçois les râles, les gémissements des emmurés du Dahra, des prisonniers de Sainte Marguerite ; ils assurent l’orchestration nécessaire. Ils m’interpellent, ils me soutiennent pour qu’au signal donné, mon chant solitaire démarre.

 

La langue encore coagulée des Autres m’a enveloppée, dès l’enfance, en tunique de Nessus, don d’amour de mon père qui, chaque matin, me tenait par la main sur le chemin de l’école. Fillette arabe, dans un village du Sahel algérien… (pp. 300-302)

 ローマの占領から五世紀後、アウグスティヌスという名のアルジェリア人はラテン語で自伝を試みる。幼少時を語り、母への愛、内縁の妻への愛を打ち明け、若い頃の無軌道な恋愛を悔やみ、最後にキリスト教の神への情熱に身を焼き尽くす。そして彼はまったく悪意なしにカエサルヤスッラ、さらに「アフリカ遠征」を記した作家や回想する将軍たちが用いるのと同じ言語を磨きあげる。

 同じ一つの言語が征服者から同化された人々へとわたってゆく。無数の言葉が過去の屍体の山に覆いをかけたあとは、言語はしなやかに変貌をとげる… 聖アウグスティヌスの文体には神の探求の情熱が取り憑いている。この激情なしでは彼は何もまとっていないと感じただろう。「自分は何もない窮迫の国土になってしまった」と。もし、この神への愛をもって法悦のトランス状態を保てないならば、彼は自らを引き裂くように苦悩のうちに書いただろう!

 

 ヒッポ・レギウスの司教のあと、千年の月日が北アフリカに流れる。侵略の、占領の隊列、また隊列… バヌー・ヒラールによる壊滅的な破壊に象徴される決定的転換期から少し経って、アウグスティヌスと比肩すべき人物、イブン・ハルドゥーンが自伝をしたため、数々の偉業達成と瞑想の生涯を閉じる。

 革新的書物『ベルベル人史』の著者にとって、アウグスティヌス同様、祖先の地に流血の果てに居座った者の言語で書くということは何ら問題ではなかった! 愛と強姦のうちに強いられた言語であろうとも…

 イブン・ハルドゥーンは齢七〇になろうとしていた。チムールとの会見後――これが彼の最後の功績となる――、故国から遠いエジプトの地で死を迎える。その時突然、自分自身に戻りたいという欲求に身を任せるのだ。自分で自分を冷徹に解剖してゆくことになる。

 

 

 私はと言うと、ごくありきたりな文を書いていても、その隙間に対立する二つの人々の昔の戦争の余韻が忍び込む。私の書きものはオシログラフのように、戦争のイマージュ――征服であっても解放であっても思いつくのはついこの前の戦争だ――から、矛盾したどっちつかずの愛の表現へと揺れ動く。

 私の記憶は黒い腐植土のなかに潜り込む。それはざわめきに乗り、手にするペンの届かないところに錐で穿つような穴をあける。「私は私自身を踏破するために書く」とミショーは言っている。昨日の敵の、私が言語を盗んだ相手の欲望をもって自分を踏み歩くこととは…

 敵の言語で記された自伝はフィクションのように織られてゆく。少なくとも、書くことによって息づいた死者たちが忘却されまいと、効かない麻酔をかけ続けている限りは。

 「私自身を踏破するために」と信じていたのに、結局はもう一枚の別のヴェールを選んでいるだけだ。人の眼に見えない透明さを獲得しようとして、歩けば歩くほど祖母たちの無名の深みに吞み込まれてゆく!

 

 奇妙な事実を確認しなくてはならない。私は「一八四二年」に生まれた。サンタルノー指揮官が私の出身部族、ベニ・メナーセルの修道場ザーウィヤを破壊しに来て、そこで今はない果樹園やオリーヴの林にうっとりしながら、「アフリカの地で最も美しいところ」と兄への手紙に記した時に。

 この焼き討ちの火の輝きのおかげで、一世紀後に私はハーレムから出ることができた。この火は今なお私を照らし、話す力を与えてくれる。自分の声を聞くまえに、ダフラの洞窟に閉じ込められた人々の、サント・マルグリット島の囚人の喘ぎとうめき声が聞こえてくる。彼らは欠くべからざるオーケストラの演奏を支えてくれる。私に呼びかけ励ましてくれる。そしてひとたび合図が出れば、私の独唱が始まるのだ。

 

 いまだ凝固したままの「他者」の言語は、幼年時代から私をネッソスのチュニックでくるんだ。それは、毎朝私の手をつなぎ学校へ行く父の愛の贈り物。アルジェリア、サヘルのある村に住むアラブ人の女の子…(pp. 308-310)

世界文学全集のためのメモ 2 『猫を抱いて象と泳ぐ』 小川洋子

日本語編 1

小川洋子
1962-

『猫を抱いて象と泳ぐ』
2008

フランス語訳
Yôko Ogawa, Le petit joueur d’échecs (traduit par Rose-Marie Makino-Fayolle, Arles: Actes Sud, 2015)

「あなたに初めてチェスを教えたのがどんな人物だったか、私にはよく分かりますよ」

 ある日、対局の途中で不意に老婆令嬢が口を開いた。喋り方は令嬢の名のとおり上品だったが、その声は彼が付けたあだ名の〝老婆〟に相応しく老いていた。

「駒の並べ方、動き方を教えてくれたのが誰だったか、それはその後のチェス人生に大きく関わってくると思いません? チェスをする人にとっての指紋みたいなものね」

 話を続けながら老婆令嬢は、ナイトをc3に跳ね出した。

「一度刻まれたら一生消えない、他の誰とも違うその人だけの印になるんです。自分では思うがままに指しているつもりでも、最初に持たせてもらった駒の感触からは逃れられない。それは指紋のように染み付いて、無意識のうちにチェス観の土台を成しているのよ。勇敢な指紋は勇敢なチェスを、麗々しい指紋は麗々しいチェスを、冷徹な指紋は冷徹なチェスを指すのです」

 リトル・アリョーヒンはビショップをb4へ展開した。

「あなたの先生はきっと耳のいい方ね。辛抱強くいつまでも、駒の声にじっと耳を傾けていられる方。自分の声よりも駒の声を大事にできる方。あなたのチェスを見ていれば分かります」

 そうなんです、マスターはそういう人だったんです、と思わずリトル・アリョーヒンは声を上げそうになり、慌てて両手を口で覆い、唇をきつく閉じた。レバーが傾き、〝リトル・アリョーヒン〟の左手がテーブルの縁でコツンと音を立てた。一瞬、ミイラのハッとする気配が暗闇の中にも伝わってきたが、老婆令嬢は平然とポーンをe3に進めた。

 マスターはいつまででも待つことができる人なんです。かしたりうんざりしたりしないんです。こんな僕の数歩先に立って、じっと待って、道しるべになってくれる人。俺はここにいるぞと決して叫ばない人。自分の気持は全部自分の中に押しとどめて、それがあふれ出さないようにおやつを一杯食べて、それで死んじゃった人……。リトル・アリョーヒンは産声を上げなかった時の唇をよみがえらせるようにして、言葉を呑み込んだ。

「人形にだってやはり、最初にチェスを教えてくれた人はいるはずよね」

 相変わらず老婆令嬢は落ち着いていた。リトル・アリョーヒンはズボンのポケットに右手を突っ込み、ポーンの駒袋を握り締め、気持が鎮まるのを待った。チェスをするたび、盤上にマスターの面影が映し出されていたなんて、自分の指にマスターが刻んでくれた指紋が残っているなんて、どうして今まで気づかなかったのだろうと彼は思った。甘い匂いに包まれた回送バスの中でマスターにチェスを教えてもらえた幸運を、神様に感謝した。

「できれば私も、あなたの先生のような方にチェスを教わりたかった。あなたのチェスは、相手にそう思わせるようなチェスね」

 リトル・アリョーヒンは老婆令嬢にマスターの話をしたかった。テーブルチェス盤やポーンや回送バスについて教えてあげたかった。老婆令嬢の先生がどんな人だったか、聞いてみたかった。しかし彼の願いは何一つ叶わないのだった。話し掛ける代わりにリトル・アリョーヒンは、ルークでa3のポーンを取った。ミイラのワンピースのひだが、さっと揺らめく音が聞こえた。

「まあ、何て凄い手なの」

 老婆令嬢はつぶやいた。(pp. 171-174)*1

― Je vois très bien le genre de personne qui vous a initié aux échecs, vous savez, lui dit-elle un soir au cours du jeu.

Son élocution, en véritable demoiselle, était distinguée, mais sa voix était bien celle d’une demoiselle, comme le garçon l’avait surnommée en son cœur.

― Vous ne croyez pas que celui qui vous a enseigné la manière d’aligner ou de déplacer les pièces influe grandement sur votre vie de joueur d’échecs ? Pour celui qui pratique les échecs, c’est comme une empreinte digitale.

Tout en continuant à parler, la vielle demoiselle fit bondir son cavalier en c3.

― Une fois qu’elle est imprimée, l’empreinte ne disparaît pas de toute la vie, elle est différent des autres et devient la marque unique de cette personne. Même si l’on pense jouer à sa fantaisie, on ne peut échapper à la sensation des pièces telle qu’on nous l’a fait découvrir. Cette empreinte gravée au fond de nous constitue à notre insu la base de notre idée des échecs. Courageuse, elle donne un jeu courageux, émouvante un jeu émouvant, et perspicace un jeu perspicace.

Le petit joueur d’échecs se lança avec le fou en b4.

― Votre professeur devait avoir une bonne oreille. Il était certainement capable d’écouter avec persévérance la voix des pièces. Il devait leur accorder plus d’importance qu’à sa propre voix. Je le sais à vous voir jouer.

C’est exact, le maître était ainsi, faillit crier le petit jouerur d’échecs, qui porta précipitamment ses mains à sa bouche en serrant les lèvres. Le triple levier s’inclina, la main gauche de “Little Alekhine” vint heurter le bord de la table. Sur le moment, il sentit dans l’obscurité le sursaut de Miira mais la vielle demoiselle imperturbable fit avancer le pion en e3.

Le maître est capable d’attendre indéfiniment. Il ne se précipite pas, ne se lasse pas. Debout à quelques pas de moi, il attend patiemment et c’est ainsi qu’il devient un repère. Il ne crie jamais pour montrer où il se trouve. Il garde tout ce qu’il ressent à l’intérieur de lui, mange beaucoup de choses sucrées pour ne pas se faire déborder et c’est pour cette raison qu’il est mort... Le petit joueur d’échecs ravala ses paroles en serrant les lèvres comme à sa naissance quand il avait été incapable de pousser son premier cri.

―Cette poupée a certainement été elle aussi initiée aux échecs.

La demoiselle était toujours aussi paisible. Le petit joueur d’échecs plongea la main dans la poche de son pantalon, serra le sac de pièces, attendit de se calmer. Chaque fois qu’il jouait aux échecs, l’ombre du maître planait sur l’échiquer, et le maître avait laissé son empreinte sur les doigts du garçon. Comment ne s’en était-il pas aperçu plus tôt ? Il remercia Dieu de lui avoir accordé le bonheur d’apprendre les échecs dans l’autobus saturé d’odeurs sucrées.

― Moi aussi j’aurais aimé, si cela avait été possible, apprendre les échecs avec votre professeur. Votre jeu est tel qu’il donne cette envie aux autres.

Le petit joueur d’échecs aurait bien voulu lui parler du maître, tout lui dire au sujet de la table d’échecs, Pion et l’autobus dans l’arrière-cour du dépôt. Il aurait voulu lui demander qui avait été son professeur. Mais aucun de ses souhaits ne pouvait être exaucé. Au lieu de lui parler, avec la tour il prit le pion en a3. Il perçut le mouvement vif de la robe de Miira.

― Eh bien, quel coup terrible ! murmura la vielle demoiselle. (pp. 157-159)

「ねえ、前から一度、聞いておきたいと思っていたんだけど……」

 紙ナプキンを白衣の胸元に引っ掛けながら総婦長さんは言った。

「もっと別なところでチェスを指してみたいと考えることはない?」

「別なところ、とは……」

「つまり、もっと強い人を相手にするってことよ」

 リトル・アリョーヒンはどう答えていいか分からず口ごもり、総婦長さんは勢いよくロールキャベツにかぶりついた。

「いつか来た、ほら、何とかっていう国際マスターみたいな人」

「ええ、でも……」

「だってここじゃあ、お年寄りとしかできないもの」

 総婦長さんは口をもぐもぐさせた。相変わらず白衣の中にはたっぷりと肉が詰まり、キャップは身体の一部のように頭と馴染んでいた。

「あなたなら相当高いレベルの試合にも当然出られる、って国際マスターが言ってたじゃない」

「入居者から何か苦情があったのでしょうか。僕のチェスについて……」

 心配になって彼は尋ねた。

「馬鹿ねえ。そんなわけないでしょう。ただ、もしあなたが物足りなく感じていたら気の毒だと思ったの。まだ若いんだし、人生最強の時をこんな山奥で……」

「物足りないなんて考えたこともありません」

 空のお盆を抱えた手に力を込め、慌てて彼は否定した。

「そう?」

 その間もずっと総婦長さんはロールキャベツを頰張っていた。トマトソースの匂いが二人の間に立ちこめていた。

「はい。世界のあらゆる場所に、チェスをやりたい人はいるんです。世界チャンピオンを決定する試合会場にも、町のチェス倶楽部にも、老人マンションにも、〝リトル・アリョーヒン〟の中にも。皆、自分に一番相応しい場所でチェスを指しているんです。ああ、自分の居場所はここだなあ、と思えるところで」

「身体のサイズに関係なく?」

「僕は小さいから人形に入っているわけじゃありません。チェス盤の下でしかチェスが指せないでいたら、いつの間にか小さくなっただけです。ずっと昔からチェス盤の下が僕の居場所なんです」

「なるほど……」

 総婦長さんはスプーンで皿の中をかき回し、しばらく視線を宙に漂わせて何か考えたあと、最後の一個のロールキャベツに取り掛かった。

「人形を出たら、きっと僕はチェスを指せませんよ。そういう構造になっているんです、頭も身体も。国際マスターとの対局はもちろん素晴らしい体験でした。でも僕にその素晴らしさを映し出して見せてくれるのは、盤上じゃなく、盤下なんです。僕はもう、盤の下からは出られません。いくら願ってもビショップが、斜め以外、真っ直ぐには動けないのと、あるいは、屋上に取り残された象が地面に降りてこられないのと、同じです」

「象?」

「はい、象です」

 すっかり部屋を出て行くタイミングを逃したうえに、余計なことを喋りすぎてしまった気がして、リトル・アリョーヒンはうつむいた。(pp. 345-348)

― Dites-moi, il y a une question que je voulais vous poser depuis longtemps... lui demanda-t-elle en accrochant la serviette en papier à sa blouse blanche. Vous n’avez jamais eu envie d’aller jouer aux échecs dans un autre endroit ?

― Un autre endroit ?...

― Je veux dire, de jouer avec des partenaires plus forts.

Ne sachant quoi répondre, il bredouilla, tandis que l’infirmière en chef attaquait avec entrain ses feuilles de chou farcies.

― Comme celui qui est venu un jour, vous vous souvenez ? Ce soi-disant maître international dont je ne me rappelle plus le nom.

― Oui, mais...

― Enfin, ici vous ne pouvez jouer qu’avec des viellards.

L’infirmière en chef remuait ses mâchoires avec conviction. Comme d’habitude, sa chair plantureuse débordait de sa blouse blanche et sa coiffe adhérait à sa tête comme si elle faisait partie de son corps.

― Le maître international n’a-t-il pas dit qu’un joueur tel que vous devait pouvoir tout naturellement participer à des tournois d’un niveau supérieur ?

― Avez-vous eu des réclamations ? Au sujet des échecs... lui demanda-t-il, inquiet.

― Non. Vous savez bien que non. Je pensais seulement que ce serait dommage si vous pensiez que le niveau est insuffisant. Vous êtes encore jeune, et au plus fort de votre vie, au fond de ces montagnes...

― Je n’ai jamais pensé que c’était insuffisant, l’interrompit-il précipitamment en mettant toute sa force dans ses mains qui serraient le plateau vide.

― Vraiment ?

Pendant ce temps-là, l’infirmière en chef avait toujours la bouche pleine de feuilles de chou farcies. Une odeur de sauce tomate s’élevait entre eux.

― Oui. Partout il existe des gens qui veulent jouer aux échecs. Dans les salles de tournois où l’on détermine qui sera le champion du monde, comme dans les clubs d’échecs en ville, les résidences seniors, dans “Little Alekhine” aussi. Chacun joue aux échecs à l’endroit qui lui convient. Là où il pense que c’est sa place.

― Indépendamment de sa taille ?

― Ce n’est pas à cause de ma taille que je rentre dans l’automate. Je ne pouvais jouer aux échecs ailleurs que sous une table, c’est ainsi que j’ai fini par ne pas grandir, c’est tout. Ma place a toujours été sous l’échiquier.

― Je vois...

L’infirmière en chef, tournant sa cuillère dans son assiette, resta pensive un moment, les yeux au ciel, avant de s’attaquer au dernier rouleau de chou.

― À l’extérieur de l’automate, je serais sans doute incapable de jouer aux échecs, vous savez. C’est ainsi depuis toujours, pour ma tête comme pour mon corps. Bien sûr, jouer une partie avec un maître international a été une expérience merveilleuse. Mais pour moi, le merveilleux était dessous, pas dessus. Il ne m’est déjà plus possible d’en sortir. C’est comme pour le fou qui, même s’il le souhaite, ne peut se déplacer en ligne droite : il ne peu le faire qu’en diagonale ; ou comme pour l’éléphante laissée sur la terrasse et qui n’a jamais pu redescendre sur terre.

― L’éléphante ?

― Oui, l’éléphante.

Ayant l’impression que non seulement il avait laissé passer le moment de s’en aller, mais qu’en plus il avait trop parlé de chose superflues, le garçon baissa la tête. (pp. 315-317)

*1:引用は小川洋子『猫を抱いて象と泳ぐ』(文春文庫、2011年)による。

世界文学全集のためのメモ 1 『ドラ・ブリュデール』 パトリック・モディアノ

文学全集の配本が定期的に届く生活に憧れて、ひとりで世界文学全集の企画を始めてみることにした。

いろいろな場所で、いろいろな時代に、いろいろな言語で書かれた、強度のある言葉に触れてみたい。それが続いて、ぼくの世界文学のコレクションができればいい。

とりあえず第1期フランス語編として、8ヶ月かけて、フランス語の作品8つと、フランス語訳のある日本語の作品4つを読んでみようと思う。日本語で読みながら、何ヶ所かずつ日本語とフランス語で引用していく。

このブログを始めたとき最初に引いた立原道造の戒めに従い、今回はまたひたすら引用だけをすることにしたい。


フランス語編 1

Patrick Modiano
パトリック・モディアノ
1945-

Dora Bruder
『ドラ・ブリュデール』
1997

日本語訳
『1941年。パリの尋ね人』白井成雄訳、作品社、1998年

Ce sont des personnes qui laissent peu de traces derrière elles. Presque des anonymes. Elles ne se détachent pas de certaines rues de Paris, de certains paysages de banlieue, où j'ai découvert, par hasard, qu'elles avaient habité. Ce que l'on sait d'elles se résume souvent à une simple adresse. Et cette précision topographique contraste avec ce que l'on ignorera pour toujours de leur vie — ce blanc, ce bloc d'inconnu et de silence. (p. 28) *1

 彼らはこの世に生きた証拠などろくに残していない人たちだ。ほとんど無名と言ってよい。私は彼らが住んでいた場所を偶然見つけたが、そうした場所、つまりパリのいくつかの通りや、二、三の郊外の風景から切り離して浮かび上がらせることができない人たちだ。多くの場合、彼らについてわかることと言えば、せいぜい住所くらいだ。だが地理的には正確にわかっても、それと対照的に、彼らの生活は永遠にわからずじまいだろう――この空白、未知と沈黙のこの厚い壁。(p. 36)

J'ai écrit ces pages en novembre 1996. Les journées sont souvent pluvieuses. Demain nous entrerons dans le mois de décembre et cinquante-cinq ans auront passé depuis la fugue de Dora. La nuit tombe tôt et cela vaut mieux : elle efface la grisaille et la monotonie de ces jours de pluie où l'on se demande s'il fait vraiment jour et si l'on ne traverse pas un état intermédiaire, une sorte d'éclipse morne, qui se prolonge jusqu'à la fin de l'après-midi. Alors, les lampadaires, les vitrines, les cafés s'allument, l'air du soir est plus vif, le contour des choses plus net, il y a des embouteillages aux carrefours, les gens se pressent dans les rues. Et au milieu de toutes ces lumières et de cette agitation, j'ai peine à croire que je suis dans la même ville que celle où se trouvaient Dora Bruder et ses parents, et aussi mon père quand il avait vingt ans de moins que moi. J'ai l'impression d'être tout seul à faire le lien entre le Paris de ce temps-là et celui d'aujourd'hui, le seul à me souvenir de tous ces détails. Par moments, le lien s'amenuise et risque de se rompre, d'autres soirs la ville d'hier m'apparaît en reflets furtifs derrière celle d'aujourd'hui. (pp. 50-51)

 私は一九九六年十一月にここまで書き上げた。日中は雨模様のことが多い。明日は十二月で、ドラの脱走から五十五年が経ったことになる。夜のとばりが早く降りるが、その方が都合がよい。雨降りの日の陰鬱な単調さを、夜が消し去ってくれるからだ。雨の日は、いま本当に昼間なのだろうか、どんよりと暗い日食のような、昼とも夜ともつかない空模様が夕方までつづくのではなかろうか、と思えてくる。やがて、街灯やショーウインドーやカフェに明かりがともる。夕暮れの空気は肌を刺し、ものの輪郭がくっきりと浮き上がってくる。交差点は渋滞し、人々は急ぎ足で街をゆく。こうした多様な光と雑踏に囲まれていると、ドラとその両親がいた都会、今の私より二十歳若いときに父がいた同じ都会に私がいるのだとは、とても信じられない。あの時代のパリと今日のパリをつなぎ、当時の細々こまごました出来事をあれこれ想い出そうとするのは私一人ではないかと思えてしまう。時にこのひもは細くなり、切れそうになる。昨日のパリが今日のパリの陰に隠れ、ちらりとしかほの見えなくなるような夜もある。 (p. 62)

L'été 1941, l'un des films tournés depuis le début de l'Occupation est sorti au Normandie et ensuite dans les salles de cinéma de quartier. Il s'agissait d'une aimable comédie : Premier rendez-vous. La dernière fois que je l'ai vue, elle m'a causé une impression étrange, que ne justifiaient pas la légèreté de l'intrigue ni le ton enjoué des protagonistes. Je me disais que Dora Bruder avait peut-être assisté, un dimanche, à une séance de ce film dont le sujet est la fugue d'une fille de son âge. Elle s'échappe d'un pensionnat comme le Saint-Cœur-de-Marie. Au cours de cette fugue, elle rencontre ce que l'on appelle, dans les contes de fées et les romances, le prince charmant.

Ce film présentait la version rose et anodine de ce qui était arrivé à Dora dans la vraie vie. Lui avait-il donné l'idée de sa fugue ? Je concentrais mon attention sur les détails : le dortoir, les couloirs de l'internat, l'uniforme des pensionnaires, le café où attendait l'héroïne quand la nuit était tombée... Je n'y trouvais rien qui pût correspondre à la réalité, et d'ailleurs la plupart des scènes avaient été tournées en studio. Pourtant, je ressentais un malaise. Il venait de la luminosité particulière du film, du grain même de la pellicule. Un voile semblait recouvrir toutes les images, accentuait les contrastes et parfois les effaçait, dans une blancheur boréale. La lumière était à la fois claire et trop sombre, étouffant les voix ou rendant leur timbre plus fort et plus inquiétant.

J'ai compris brusquement que ce film était imprégné par les regards des spectateurs du temps de l'Occupation – spectateurs de toutes sortes dont un grand nombre n'avaient pas survécu à la guerre. Ils avaient été emmenés vers l'inconnu, après avoir vu ce film, un samedi soir qui avait été une trêve pour eux. On oubliait, le temps d'une séance, la guerre et les menaces du dehors. Dans l'obscurité d'une salle de cinéma, on était serrés les uns contre les autres, à suivre le flot des images de l'écran, et plus rien ne pouvait arriver. Et tous ces regards, par une sorte de processus chimique, avaient modifié la substance même de la pellicule, la lumière, la voix des comédiens. Voilà ce que j'avais ressenti, en pensant à Dora Bruder, devant les images en apparence futiles de Premier rendez-vous. (pp. 79-80)

 一九四一年夏、占領の当初から撮影がつづいていた映画が「ノルマンディー館」で封切られ、それから町の一般の映画館で上映された。『初めての逢いびき』[アンリ・ドゥコワン監督、一九四一年八月封切り、ダニエル・ダリュー主演]という愛らしいコメディーだった。前回この映画をたとき、軽妙な筋立てや主役の陽気な調子からは説明のつかない不思議な印象を受けた。映画の主題はドラと同じ年頃の娘の脱走の話だが、ドラはひょっとしたら、とある日曜日、この映画を観に行ったのではなかろうか。映画の主人公は聖心マリア学院を思わせる寄宿学校から逃げ出す。逃亡の途中で、おとぎ話やロマンスにでてくるあの美しい王子さまに出会う。

 この映画はドラの実人生で起きたことを、甘ったるく毒にも薬にもならない形に仕立て直したものであった。この映画がドラに脱走を思いつかせたのだろうか? 私は映画の隅々まで目を凝らした。共同寝室、寄宿舎の廊下、寄宿生の制服、夜のとばりが降りた頃ヒロインが待ち合わせをしているカフェ……。だが現実と一致するものは何も見つけられなかった。それもそのはずで、大部分のシーンはスタジオで撮影されたのだ。だが私の感じる不安は強かった。不安感はこの映画特有の明度、雨の降っているフィルムの状態そのものからきていた。映像すべてにヴェールがかかっているようで、寒々と白っぽく、画面上のコントラストは時に強く、時に弱かった。明るすぎると同時に暗すぎ、音声は押し殺されたようになったり、あるいは逆に、強く、不安をそそるように響いたりした。

 突然、この映画には占領下の時代の観客の眼差しが深く刺し通っているのだ、と自覚した。観客はあらゆる層にわたり、その多くは大戦後まで生き延びることはなかったのだ。ひとときの息抜きであった土曜日の夕べ、彼らはこの映画をたあとで、どこか未知の世界へと連れていかれたのだ。上映中の時間だけは、戦争のことも外部の脅威も忘れていた。映画館の暗闇の中で、すし詰めになりながら、スクリーンいっぱいに映し出される映像を追いかけるのだった。もう怖いことは何も起こりはしないのだ。そしてこの皆の眼差しが、一種の化学変化の作用でフィルムの材質そのもの、光、役者の声音を変質させてしまったのだ。『初めての逢いびき』の一見軽薄そうな映像を前にし、ドラ・ブリュデールに思いをせながら、私が強く感じたのはこんなことだった。 (pp. 97-98)

On se demande pourquoi la foudre les a frappés plutôt que d'autres. Pendant que j'écris ces lignes, je pense brusquement à quelques-uns de ceux qui faisaient le même métier que moi. Aujourd'hui, le souvenir d'un écrivain allemand est venu me visiter. Il s'appelait Friedo Lampe.

C'était son nom qui avait d'abord attiré mon attention, et le titre de l'un de ses livres : Au bord de la nuit, traduit en français il y a plus de vingt-cinq ans et dont j'avais découvert, à cette époque-là, un exemplaire dans une librairie des Champs-Élysées. Je ne savais rien de cet écrivain. Mais avant même d'ouvrir le livre, je devinais son ton et son atmosphère, comme si je l'avais déjà lu dans une autre vie.

Friedo Lampe. Au bord de la nuit. Ce nom et ce titre m'évoquaient les fenêtres éclairées dont vous ne pouvez pas détacher le regard. Vous vous dites que, derrière elles, quelqu'un que vous avez oublié attend votre retour depuis des années ou bien qu'il n'y a plus personne. Sauf une lampe qui est restée allumée dans l'appartement vide.

Friedo Lampe était né à Brême en 1899, la même année qu'Ernest Bruder. Il avait fréquenté l'université d'Heidelberg. Il avait travaillé à Hambourg en qualité de bibliothécaire et commencé là son premier roman, Au bord de la nuit. Plus tard, il avait été employé chez un éditeur à Berlin. Il était indifférent à la politique. Lui, ce qui l'intéressait, c'était de décrire le crépuscule qui tombe sur le port de Brême, la lumière blanc et lilas des lampes à arc, les matelots, les catcheurs, les orchestres, la sonnerie des trams, le pont de chemin de fer, la sirène du steamer, et tous ces gens qui se cherchent dans la nuit... Son roman était paru en octobre 1933, alors qu'Hitler était déjà au pouvoir. Au bord de la nuit avait été retiré des librairies et des bibliothèques et mis au pilon, tandis que son auteur était déclaré « suspect ». Il n'était même pas juif. Qu'est-ce qu'on pouvait bien lui reprocher ? Tout simplement la grâce et la mélancolie de son livre. Sa seule ambition ― confiait-il dans une lettre - avait été de « rendre sensibles quelques heures, le soir, entre huit heures et minuit, aux abords d'un port ; je pense ici au quartier de Brême où j'ai passé ma jeunesse. De brèves scènes défilant comme dans un film, entrelaçant des vies. Le tout léger et fluide, lié de façon très lâche, picturale, lyrique, avec beaucoup d'atmosphère ».

À la fin de la guerre, au moment de l'avance des troupes soviétiques, il habitait la banlieue de Berlin. Le 2 mai 1945, dans la rue, deux soldats russes lui avaient demandé ses papiers, puis ils l'avaient entraîné dans un jardin. Et ils l'avaient abattu, sans avoir pris le temps de faire la différence entre les gentils et les méchants. Des voisins l'avaient inhumé, un peu plus loin, à l'ombre d'un bouleau, et avaient fait parvenir à la police ce qui restait de lui : ses papiers et son chapeau. (pp. 92-94)

 なぜ災難はほかの人たちではなくこの人たちに降りかかったのだろう。筆をすすめながらも、不意に同じ作家仲間の人たちに想いをはせることがある。今日はドイツのある作家の想い出が浮かんだ。その名は、フリード・ランペ。

 最初、私の注意を惹いたのは彼の名前であり、それから『夜の果てに』という彼の一冊の本の題名だった。この本は二十五年以上前に仏訳され、当時、シャンゼリゼの本屋に一冊あるのを見つけた。この作家のことは何も知らなかった。だが本を開く前から、その語り口と雰囲気が想像できた。まるで前世でもう読んだことがあるかのようだった。

 フリード・ランペ。『夜の果てに』。この名前と題名は明かりのともった窓を想像させた。そこから人は目を離すことができない。窓の後ろには、あなたが忘れてしまった誰かが何年もあなたの帰りを待っているようにも思える。また逆に、もう誰もいず、がらんとした家にランプだけが点されているようでもある。

 フリード・ランペは、一八九九年、エルネスト・ブリュデールと同じ年に、ブレーメンに生まれた。ハイデルベルク大学に通い、ハンブルクで司書として働き、そこで最初の小説『夜の果てに』を書きはじめる。その後ベルリンの出版社で働いた。政治には無関心だった。彼の興味を惹いたのは、ブレーメン港の黄昏たそがれ時、白色あるいは藤色に輝くアーク燈、水夫たち、プロレスラー、オーケストラ、市街電車の警笛、鉄道橋、蒸気船の汽笛、夜の闇の内に相手を探し求める人たち……、を描写することであった。

 一九三三年十月、小説が発表されたとき、ヒトラーはすでに権力の座にあった。『夜の果てに』は書店や図書館から回収され廃棄処分にされた。そして作者は「要注意」のレッテルを貼られた。彼はユダヤ人でさえなかった。なにがいったい非難の対象になったのだろう? ようするにこの本のもつ魅力と憂愁がいけなかったのだ。作者の唯一の願いは(これは手紙の中で打ち明けられているのだが)、「港のあたりの夜の数時間、八時から真夜中までの感じを出す」ことだった。「私は今、青春時代を過ごしたブレーメンの街を想っています。映画のように短い場面が次々と現われ、いろいろな人の人生が絡みあいます。全体として軽やかで流れるようで、絵画的、叙情的にごく緩やかに結ばれ、豊かな雰囲気をかもし出します」。

 大戦末期、ソ連軍進軍の際、彼はベルリン郊外に住んでいた。一九四五年五月二日、町中で二名のソ連兵に身分証明書の提示を求められた。そして近くの庭に連れ込まれた。良い奴か悪い奴か区別もされないまま殺されてしまった。近所の人たちが少し離れた一本の白樺の木蔭に彼を埋葬した。そして警察に身分証明書と帽子を遺品として届け出た。 (pp. 112-115)